三 新たな仕事
――あれは人間ではない。人間ではない子供たちが、人間の味方をしてくれているだけだ。
そう囁かれ始めたのは、いつからだろう。もう昔のことで思い出せない。
――化け物! あんたがいるからみんな殺された!
いつだっけ。そう罵られたのは。
――殺し屋の分際で。
そう言われ続けてもう聞き慣れた。みんなが向ける嫌悪の目にも、もう慣れた。
――殺さないでっ!
――どうして……どうして⁉ なんで助けてくれなかったの⁉
時には縋りつかれたこともあったっけ。
――殺し屋! お前が死ね!
助けた人に殺されかけたこともあった。
――死ね! 死ね! 死ね! 頼む消えてくれ!
うん……もう消えてなくなりたい。俺だって、疲れたよ。こんな世界。
――綺麗だなぁ。なぁ、愛を忘れるなよ、愛桜。忘れないように、私が一生分、愛すから。
「っ……」
愛桜は目を覚ました。
「はぁー……」
一旦体を起こし、顔を覆って長いため息を吐く。見た夢のせいか、抜けない疲れのせいか、気分が悪い。
顔を上げ、周囲を見渡すと、まだ真っ暗で日が昇る気配もない。再び布団に潜ろうとして、携帯電話が振動していることに気づく。
ハッとして電話を取ると、
「チッ。遅い」
舌打ちをしてイラつきを隠しもしない相手が出た。
「すみません」
「仕事だ。メールを見ろ」
それだけで不機嫌な声は途切れ、ツーと音が鳴る。電話は切れたようだ。
どうやら相手は電話に出るのが遅くて相当苛立ったらしい。愛桜は相手に嫌われているようだから、イラつくのは無理もないと思う。合わない相手は誰にだっているものだ。
それを表に出すのは、大人としてどうかと思うが。
ともかく、仕事が入った以上は応じるまでだ。早速メールが届き、内容を見る。
内容 ユニコーンの捕獲
担当 愛桜、灰鳴、灯の三名
場所 山
注意事項 子供が捕まっているとの情報あり
出発は午前五時。準備をして裏門で待て。
今回は急ぎの仕事ではないため、すぐに出る必要はないらしい。携帯の画面に表示されている時間を見ると、今は午前三時十七分。カミトカゲを駆除した後、帰って来てからおよそ一時間しか経っていないが、あと一時間は寝ていられそうだ。正直、睡眠不足は解消されないだろうが、いつもの事だから気にならない。
愛桜は目覚まし時計をセットし、横になった。
******
愛桜がやっている仕事は、端的に言えば狩猟だ。
普通の狩猟と異なるところは、狩る対象がただの動物ではなく、『ディオディール』と呼ばれる生物であることだ。この生物は十年前に初めて存在が確認されたが、未だ生態は不明である。確かなことは、存在が地球上のどの生物にも当てはまらないという事だ。
ディオディールはドラゴンやユニコーンのような伝説上の生き物に似ていて、実際、そうとしか言い表されない個体も確認されている。もちろん、ファンタジーの世界のように火を吹いたり雷を放ったりもする。発見当初は世界中の誰もがその存在に心躍らせ、興味を引かれていたが、すぐに困惑と混乱が広まった。
ディオディールは、人を喰らったのだ。
発見から半年後には、ディオディールの目撃情報が多くなり、喰われる人や遭遇して怪我をする人も増加した。更には、ディオディールが町を襲い、住んでいた人間を一人残らず喰ったという話は一つ二つではない。
「ドラゴンが出た」「ユニコーンを見た」「フェニックスを見つけた」「あれは人魚ではないか」「ケルベロスに襲われた」「ペガサスを捕まえた」「ミノタウロスに殺されそう」
通報は絶え間なく続き、危険生物と認識されるのにそう時間はかからなかった。
そして、あっという間に世界は恐怖や不安に包まれた。
その一方、時間が経てば異なる見方をする人も出てくる。
ある人は、人間に裁きを下すために神が遣わした神獣だと崇め始めたのだ。
そして、世界では崇拝と恐れの意を込めて、地球に現れた伝説上の生物を『ディオディール』と称した。今では略して『ディール』と呼ばれることが多い。
ディールを危険視する者、崇拝する者、興味本位に面白がる者――多種多様な意見が飛び交い、十年経った今では共存すべきだと保護する考えも広まり始めている。
さて、そんなディールだが、人に危害を加えるなら駆除しなければならない。そして生態研究のためには捕獲もしなければならない。それは単なる猟師では務まらなかった。
ディールの発見当初、猟師はまだ何も明かされていない生物の駆除を任され、多くが命を落とした。
猟師が次々と仕事を辞退し、警察や自衛隊が対処する中、ディールと戦えるだけの力を持つ者が現れた。
それが、愛桜達だ。
愛桜は十二歳の時からディールを狩猟する団体に入り、生計を立てている。
******
午前四時二十九分。
愛桜は目覚まし時計のアラームが鳴る前に目を覚ました。
愛桜はアパート暮らしだが、このアパートには同業の少年少女しか住んでいない。共にカミトカゲ駆除に行った炎もここに住んでいて、隣の部屋だ。
愛桜達が受ける仕事は時間も内容もバラバラで、共に仕事をする時もあれば、単独で仕事をすることもある。必然的に寝る時間もバラバラになるため、お互いが気を遣ってなるべく音は立てないように過ごしている。
愛桜も迷惑にならないよう、アラームが鳴る前に起きるようにしているが、そもそも体内時計が正確なため、アラームはほとんど必要ない。一年に一度か二度、稀に起きれないことがあるため、時間をセットするようにしているだけだ。
部屋を出ると、今回共に仕事をする灯もちょうど部屋を出たところだった。二部屋跨いだ先で目が合う。
「おはよう」
「おはよう、愛桜くん」
優しい顔つきの灯は十六歳の少女だ。ショートヘアで髪色は黒だが、地毛は明るい赤色で目立つのが嫌だから染めているらしい。
アパートの二階に住んでいる二人は、一緒に階段を降りて集合場所の裏門で待機する。
しばらくすると、枕を抱えた眠そうな男が合流する。もう一人のメンバーの灰鳴だ。灰鳴は十八歳で、同じアパートに住んでいる人の中では最年長だ。背が高く、肩まである髪の毛はハーフアップに結んでいる。釣り目のキリッとした目だが、よく寝るため、いつも眠そうに枕を抱えている。
「おはよー。朝早すぎー」
不満を漏らしながらゆっくり歩いて来るが、既に集合の一分前だ。
「相変わらず、よく遅刻しないな」
灰鳴はいつも時間ギリギリなくせに、決して遅刻はしない。感心するほど時間ぴったりだ。
「灰鳴、髪跳ねてるよ」
灯は盛大に跳ねている前髪を直してあげている。
「うぃ」
灰鳴はされるがままに大人しくしていると、迎えの車が来た。
車に乗って、一時間。ユニコーンが確認された山の麓に停車した。
車から降りると、この件の担当者が駆けて来た。
「ここから先は車が入れない。仕事を終えたら連絡してくれ」
そう言われ、名刺と信号弾を渡される。連絡は基本的に電話だが、紛失や破壊された場合は信号弾を打ち上げることになっている。
「分かりました」
愛桜は受け取って辺りを見回す。
麓にはだいぶ人が集まっていた。
捕獲したユニコーンは研究に回されるため、この場にも生態研究のための研究班が十数人いる。研究班は白衣を着ているため分かりやすい。他にも、安全に運ぶための回収班、野次馬を制止する整備班、それと、捕まっている子供の両親らしき人もいる。
仕事でこんなに人が集まっているのも珍しい。特に野次馬が多い。子供が巻き込まれているだけあって、注意喚起のためにした情報開示が逆に興味を引いたのだろう。
「命知らずだなー」
灰鳴が野次馬を眺めて言った。
「十年前と違って今じゃ被害はだいぶ抑えられてるからな。自分が襲われない限り危機感は薄れるさ」
「時の流れ、恐るべしー」
「そうだね」
と、灯が灰鳴の間延びした声に頷いだタイミングで、全員耳を塞ぐ。
カンカンカンカンッ、と金属がぶつかり合う爆音が響き渡ったのだ。
それも一つではない。複数の音が不協和音を奏でている。
「う……頭がくらくらする」
「俺も……帰っていい?」
あまりの音の大きさに、灯と灰鳴はフラフラしている。特に灰鳴は車に戻る勢いだ。
「……そういうわけにはいかなだろ」
帰りたくなるのは愛桜も同じだが、仕事だと自分に言い聞かせて堪える。というか、車に戻ったところで誰も帰してくれないだろう。
カンカンカンッ、カンカンカンカンッ、とまた音が鳴る。
「ディオディールは神聖なる神の使いだ! 捕らえるべきではない! 撤退しろ!!」
今度は拡声器を通して太い声が響き渡り、その声に続き、抗議の声がいくつも上がった。
「そうだそうだ!」
「撤退しろ!」
『撤退しろ!』『ディオディールは神の使いだ!』『神殺しをするな!』などの文字が大きく書かれたプラカードを掲げ、声は止まない。
こういう事はたまにある。
「信者か」
愛桜が呟くと、担当者が迷惑そうな顔をして言う。
「気にせず行ってくれ」
『信者』とは、ディオディールを神の使いと信じる人のことだ。ディオディールが発見された当初からそういう声はあったが、六年ほど前から勢力を拡大し、今では宗教団体となり全国各地に拠点が置かれている。その団体では神の使いを殺すことに反対し、事あるごとに妨害を行っている。ディオディールに殺された人がいても、それが神の意だと本気で信じているような輩だ。
「殺し屋め! 今すぐ撤退しろ!」
十数名の信者による怒声が続くが、それを止めるのは愛桜達の役目ではない。ここは整備班に任せ、三人は山の中に入る。
「っ! 子供だと⁈ なんて罰当たりなんだ! この、人間のフリをした化け物め!!」
山に入って行くのを見た信者の怒声を浴びながら、愛桜達はさっさと歩みを進めた。言うのは勝手だが、石を投げるのは止めて欲しい。そんなもの余裕で避けられるし、狙いを外した石が整備班や研究班に当たって気の毒だ。
子供が戦い、命を奪う行為は十年前ならありえない。だから、幼い頃から戦っていることに今でも拒絶を示すのだろう。しかし、愛桜達は幼い頃から生きるために戦って、気づけば狩りに特化していただけのことだ。子供というだけで、ここまで忌み嫌われるのは心外だ。
「若くして強すぎるのも考え物だな。早く年を取りたいー」
抱えている枕をギュッと抱きしめる灰鳴。
「その台詞、たぶん今しか言えないだろうな」
「ふふっ、そうだね。若さは一瞬で過ぎ去るよ」
まだ背に怒声が聞こえる中、愛桜と灯は灰鳴の発言に笑みを浮かべてそう言った。




