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捕食者のサガシモノ  作者: 星 ひかり


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18/18

十八 進化の弊害

『起きろ! 起きろ! 俺を出せ! 起きろ!』


 愛桜は、ウェンディゴが喚き散らす声で起きた。

 目が覚めてよかった、とまだ覚醒し切っていない意識の中で思う。これでウェンディゴが愛桜から出れば本当の意味で捕獲完了だ。


 目を開けると、薄暗い中で見えたのは座席の後ろだ。座らされていて、背もたれと椅子は柔らかい。車の中だろうか。


「ん……」


 意識がはっきりしていくにつれ、頭の痛みも鮮明になる。

 殴られた所がまだズキズキと痛む。


「愛桜ごめん」


 横から声が聞こえた。

 灰鳴が、殴ったことを謝ったのかと思ったが、腹に打ち込まれた拳でそうではないと分かる。


「っ……」


 愛桜は拳を両手で受け止めて防いだが、今度は顔面に拳が迫る。

「待てっ」

「それは無理」

 顔面への攻撃も避けた愛桜は、戸惑いながら周囲を見た。


(車内?)


 ウェンディゴを閉じ込める場所に着いたと思っていたがそうではなかった。

 見覚えのある車内で、振動がないという事は停車している。


(どういう――)


 状況を聞こうにも灰鳴の次の一撃が腹に直撃し、また意識が遠のく。


『出せ! 俺を出せ! どうしてこうなった?! なんでっ』


 ウェンディゴは悲痛な叫びを上げていて、ますます状況が分からない。


(出せ? 意識が戻った時に出ればよかったのに……。出られない、のか?)


 考えて、ふっ、と愛桜の意識は飛んだ。


               ******


『なぁ、出してくれ。頼むよ』

(うるさい黙ってろ。考えるから)


 意識が戻り、ウェンディゴの哀願する声が頭に響いた。

 意外な事にウェンディゴは愛桜の言うことを聞いて黙り、何も話さなくなる。


 愛桜は目を瞑ったまま動かない。

 意識が戻ったことがバレて、また灰鳴に殴られたくないため、気絶しているフリだ。


 先程は、ウェンディゴに操られている状態だと思って、気絶させたのだろう。

 今はまだ車内で、ウェンディゴを自由にできる状態にないという事だ。

 それと、ウェンディゴはなぜか愛桜から離れられないようだ。まずはその事実を確認したい。


(おい。お前は俺に憑依したんだよな?)

『これは憑依とは呼ばないな。同化だ』

(どういうことだ?)

『俺は今まで、人間に憑依して、心を乱してきた。そして相手が受け入れ始めると同化し、俺の力を使えるようにして、それを利用して数多を殺してきた。だがな、憑依も同化も、俺の意志で解除できたんだ。それが今はできない』

(だからその理由を知りたいんだけど)

『あぁ、そうか。お前は俺たちに詳しいからそんなこと既に知っていたな。でも、お前の知識は古い。他のディールは知らないが、俺は進化してきた。成長してきた。だから、意識がない内は憑依を解除できなくなるっていうのは、もう克服している。だからお前の作戦は元々失敗だったんだよ! ハハハハハッ!』

(お前、殺されたいか?)

『できないくせによく言う。俺はお前の記憶を見て全て知っている。でも確かに、俺も余裕がない。あの時俺は、お前に同化できると思った。甘い蜜に誘われて群がる虫のように、俺にはお前が甘い密に思えた。まんまと誘われて、同化できたと思ったが、それが俺にとっては罠だったようだ。最初はな、同化どころか思うがままに操れて、それはもう、気分は最高潮だったさ。でも、ただの同化じゃない、双方の意志の元に成り立つ同化だったのさ。俺の予想だがな』

(双方の意志か……)

『理解が早すぎて気持ち悪いな、お前は』

(つまり、解除するには、俺とお前が解除しようと思わなければできないということだな)


 愛桜が憑依させようと思い、ウェンディゴも同化しようと思っていたから、あっさり同化できたらしい。そんな同化だったから、解除にも双方の意志が合わないとどうすることもできないようだ。


『進化の弊害だな、これは』

(お前が都合よく物事が進むと驕っていたから、訳が分からないまま易々と同化しただけだろ。人間、欲をかくと大抵うまくいかないものだ。ギャンブルみたいに。あぁ、お前は人間じゃなかったな)

『いいや、進化だ。俺相手に煽れると思うなよ、下等生物が。現に俺は、お前を意のままに操れる』

(お前こそ、記憶を見た割には俺を舐めすぎだ。そんなもの、今克服した)

『は? そんなわけがない』


「なら、試してみるか?」

『いいだろう。後悔して絶望しろ!』


 気を失ったフリは終わりだ。

 目を開けた愛桜は、最初に殴られないよう、隣にいる灰鳴に思い切り頭突きした。


「っ……愛桜」


 これで数秒稼げる。

 目を回した灰鳴が回復する前に、愛桜は自分の左腕を強く掴んだ。

 千切れかけ、回復し始めていた腕は、一気に傷が開き、服を赤く染めていく。


「何をっ――」

「灰鳴! 俺だ」

 反撃しようとする灰鳴に、愛桜は睨むように強い視線を送る。


「…………………そうか。炎は生きてるぞ」

 灰鳴は長い沈黙の後、身構えた体の力を抜き、そう言った。


「あのくらいで死ぬほどヤワじゃないだろ」

 愛桜が自信を持ってそう返すと、

「何?! え? 愛桜?! 愛桜も俺の事心配しないのか?!」

 炎が騒ぎ、そこでようやく同じ車に乗っていた事に気づく。

 刺したのは愛桜なのに、その愛桜が心配していないのは流石にショックが大きかったらしく、戸惑っている。

「あ、いや。悪いとは思ってる。ごめん」

「心配はしてなかったと、そう言う事だな………」

 炎は、珍しく落ち込んだようで、どんよりした空気を纏っている。


 しかし、立ち直せることは簡単だ。


「炎は強いから、信じてた」


 そう言っただけで、炎はパァッと明るい顔を上げ、先ほどの落ち込みが嘘のように思えるほど得意げに鼻を鳴らす。


「え? そう? まぁね! 俺のことだからこれくらいへっちゃら!」


(チョロい……)


 そう思ったのは恐らく、愛桜だけではないだろう。


 車内には梗香と灯も乗っていた。

「愛桜、どうしようかと思った」

「愛桜くん、腕、大丈夫?」

 二人とも心配してくれているが、愛桜が操られていないことに対する安堵が大きく、胸を撫で下ろした。


「あ、あぁ。問題ない。こうすれば殴られる前に話聞いてもらえると思って。それに、今ウェンディゴと賭けてたんだ」

「まさか、愛桜が戻って来るとは思わなくてな」

 灰鳴が申し訳なさそうに頭を掻くが、操られているかどうかなんてすぐには分からないし、炎を斬った時は見境なしに攻撃するような状況だった。だから、判断は正しい。

「いや、いい判断だ。それよりも、こんなにすぐ俺だと分かってもらえると思わなかった」

「分かるよ。何年一緒にいると思ってるんだ」

「それもそうだな」

 灰鳴とは五年ほどの付き合いだ。分からないと言う方が薄情なのかもしれない。しかし、愛桜だと分かったのは、ディールと戦って長年培ってきた勘もあるのだろう。

 

「ちょっと、イチャつくのはいいけど、賭けって何よ」


 梗香が少しできた()に割って入って来た。


「別にイチャついてないけどな。ウェンディゴの支配を克服したかどうか賭けてたんだ。俺の勝ちだな」


『どうしてっ』

 勝ち誇って笑みをこぼすと、ウェンディゴが悔しそうに歯噛みした。同化している間はウェンディゴの姿は見えず声だけだが、悔しがる姿が目に浮かぶ。


「俺はイメージしただけだ。同化が双方の意志によって成り立つなら、お前だけ操れるのは矛盾している。だから、お前が持つイメージより強く、俺の行動をイメージした。お前のイメージを俺のイメージで相殺するつもりだったが、鮮明に強くイメージした方の通りになるらしい」

 双方で意志が異なる場合、より意志の強い方が勝つ。

 恐らく、ウェンディゴが離れたいなら離れることは出来る。愛桜の閉じ込めようとする意志に勝ればの話だが。

 

 愛桜がウェンディゴとの会話を声に出して話すと、愛桜を見る仲間の視線は険しいものになっていた。


「ウェンディゴと普通に話せるのね……」


 梗香が若干引いて呟いた。言われてみれば、ウェンディゴと会話したことがあるのは愛桜だけだった。

 ウェンディゴは話しかけて人を惑わす。それを警戒しているおかげで、いつまた操られるのかと、愛桜まで警戒されてしまう。


「今のところは話しても問題ないから安心してくれ」


 同化している時点で安心はできないだろうが、必要以上の緊張は無駄に気力を使うだけだ。言葉にした分、少しは肩の力を抜いてくれるといいのだが。


 ともかく、愛桜は一旦落ち着いて座る。狭い車内で立つことができず、膝を曲げた中腰の姿勢だったから少し疲れた。それは他の四人も同じで、愛桜が座るのと同時に四人も座ることにする。

 

 ようやく、話が聞けそうだ。


「それで、なんで車の中なんだ?」

 愛桜が今知りたいことはそれだった。


 ウェンディゴを憑依させたら狩猟団体本部へ行き、ウェンディゴの憑依を解除させて引き渡す予定だったはずだ。

 車の中だから本部に向かう途中だとは思うが、運転手がいない。ただ休憩で席を外しているだけなら違和感はないが、それにしては仲間の張り詰めた緊張が妙だ。


「本部に行く途中なんだけどね……準備ができてないみたい」


 灯が感情を抑えて控えめに答え、続いて灰鳴が呆れ果てたようにため息交じりに言う。


「はぁー……俺たちのことを信用してないんだろ。本当に憑依させたのかとか、それなら愛桜に会った瞬間何されるか分からないとか、上手くウェンディゴの引き渡しができても、誰かが操られるんじゃないかとか。それでどうするべきか言い合ってるよ」


「ばかばかしい」

 梗香も足止めを喰らって苛立っており、だいぶ棘のある声だ。


「それで、立ち往生か」


 なるほど、とため息を吐いた愛桜に、灯が頷く。


「元々、捕獲したウェンディゴを研究所に移す予定だったらしいけど、ちゃんと準備ができてないとか。場所のセキュリティもそうだけど、身体を乗っ取られるかもしれないのに、誰が対応するのかとか決まってないみたい」


 炎も珍しく、取り柄の明るさが消え、苛立ちを隠さず舌打ちをする。

「チッ。ウェンディゴの存在は知れ渡ってたんだから、捕獲するつもりならそれくらい準備しとけって思うけど!」 


「人命優先で準備もないのに捕獲を命じたのは良い判断よね」

 梗香の皮肉が、車内に落ちた。


 それを聞きつけてではないだろうが、運転手が乗り込み、車を走らせる。

 運転手は無言だった。何も話してはいけないと言われたのだろう。それを察して愛桜たちも話しかけることはせず、何も分からないまましばらく移動した。


 車が停車すると、運転手が後部座席のドアを開けた。降りろ、という事だろう。

 愛桜たちは車を降り、辺りを見回す。


 目の前にあったのは山だ。


 そこで、見たくなかった顔が待っていた。


 嫌な予感しかしない。


 ディールの狩猟は、山や林など、人がいなくて外から見えない場所で行うことが多い。街中(まちなか)での狩猟は周りの人を巻き込む可能性があるし、ディールは人気のない山や林を根城として生活しているからだ。


 目の前には山。そして見たくなかった顔――監督官がいる。


 監督官は、愛桜たちが車から降りたのを見るなり睨んできた。

 そして、ニヤリと口角を上げ、言い放つ。


「仕事だ」


 通達をされた愛桜たち五人は、この状況に入った仕事に驚きもせず、揃って同じことを思う。

 

 ――うん、それしかないと思った。


 愛桜に対する嫌がらせのような仕事はいつもの事だったから。

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