十二 第二区からの応援要請
――五人で仕事に当たることは滅多にない。そのはずだった。
「まさか、休ませてくれないとはー」
灰鳴は、アパートの前で仁王立ちする監督官を見つけ、眠くて半分閉じかけていた目を開いて言った。
五人は、ワームを依頼通り自分たちで駆除したことにして、アパートに戻ったところだ。
(ワームは既に殺されていて駆除したのは自分たちではないのだが、愛桜の判断でそれは報告していない。)
「チッ。遅い」
戻って来た五人を見て、早速悪態をつく監督官。
支給日以外は滅多に顔を見せない監督官がなぜいるのか。理由はすぐに察しがついた。
急ぎの仕事だ。そして、今回の仕事の担当は監督官なのだろう。
梗香は稀にある連続の仕事に、顔が引きつる。
愛桜はほとんど毎日仕事があるが、他の人は多くても週に三回しか仕事がない。しかし、それでも年に数回、連続で仕事が入る時がある。簡単な仕事ならまだいい。顔が引きつったのは、五人揃って行かなければならないほど難しい仕事が連続したからだ。
深刻で、早急に済ませなければならない仕事。そうでなければ監督官が直々にここまで赴くはずがない。
「これは……」
灰鳴は引きつった笑みを浮かべ、炎は後退りを開始する。
「に、逃げるなら今しかないよな? な?」
背を向けて走り出そうとした炎。しかし、逃亡はグイッと首根っこを掴まれたことで阻止される。逃げようにも身動きを封じられて動けない。
「あ、灯~」
炎は叱られる犬みたいに涙目になって首根っこを掴んだ灯を見つめたが、離してくれない。
「だ……ダメだよ。どうせ逃げられないのに」
「行くしかない。ご丁寧に現場への直行便もあるんだ」
愛桜は言って、視線を監督官に向けると、黙っていた監督官は駐車場に停めてある車を指差す。
「その通りだ。全員ここから車で五時間移動してもらう。必要な武器があればすぐに持ってこい」
「獲物と場所は?」
すかさず聞いた愛桜に、監督官はニヤリと笑った。
「ウェンディゴの捕獲。場所は港町だ」
「分かりました。」
愛桜は、仲間の顔を見渡す。
「ウェンディゴは精神系で厄介なディールだ。物理攻撃は難しいけど効かないわけじゃない。詳しいことは移動中に話すから、それぞれ必要な物を用意して。何日か宿泊することになりそうだ。――炎、渋っても行くことには変わりないんだから、もう諦めろ」
ずっとジタバタしている炎を掴む灯がすごい困り顔だ。
「分かったよ……」
炎は力なく頷いて、準備をしに自分の部屋にトロトロと入って行った。
他のメンバーもその後を追って、各々準備に取り掛かる。
愛桜は、監督官の横を通りながら小声で嫌味を一つ。
「また無茶な仕事ですね」
監督官は何も反応しなかったが、嫌味が届いていればいいと思う。
ワームが殺されていたからまだよかったが、戦闘後だったら次の仕事ができるほど体が万全ではない。
今回はたまたま仕事ができる状態だったが、もうこんな事は起こらないだろう。
他に頼める強いハンターはいなくて、愛桜たちがやらなければ殺される人が増えることは分かっている。だから、どのような状況だろうと仕事は引き受けるが、身近にいる人を失いたくない気持ちは強い。
灰鳴、炎、梗香、灯とは歳も近いし、同じ場所に住んで短くない。出会ってからはそこそこ長い付き合いで、戦友だ。人の死に慣れているが、大切な人の死には慣れていない。それはいくら死を積み重ねようと、慣れることはないだろう。
だから愛桜は、仲間が危険にさらされる無茶な仕事には、嫌味の一つくらい言いたくなるのだ。
******
「五時間かぁ。たぶん第二区よね?」
車に乗り込んですぐ、梗香が聞いてきて、愛桜は渡された資料をめくりながらその質問に答える。
「あぁ、応援要請だ。港町で被害は二十三人。一番最初の被害は一年前くらいだな」
移動中に読んでおけと渡された資料は、被害二十三件について事細かに書かれている。
精神攻撃系のディールは珍しく、愛桜も相手にすることは滅多にない。それを知っていたのか、対処できるよう資料をまとめて寄こされた。
資料をまとめたのが監督官なのは驚きだが、マメなところは度々見かけていて、それが監督官を完全に無下にできない理由にもなっている。
愛桜たちを嫌って無駄な事をしなければもっと昇進しているのではないかと思うほどだ。
そんな、意外にも仕事はできる監督官の資料によると、一年前のとある事件がウェンディゴの一番最初の被害とされている。
「一年前って、それまでよく放置してたわね」
愛桜も不思議に思いページをめくると、事件の経緯が書かれていた。
「ディールの被害だって分からなかったみたいだ」
「そんなことある?」
怪訝な顔をする梗香に、愛桜は最初の被害について話す。
「一年前、殺人事件が起きた。相続問題で姉が弟を殺したらしい」
「よくある話ね」
愛桜は頷いた。
「そう、よくある話だ。だからこの事件がウェンディゴによるものだと分からなかったんだ。家族間の諍いによる事件として処理された。その事件の後から、町で殺人事件が急激に増えておかしな言動をする人も多くなった。それで、ディールの仕業じゃないかって噂も流れて、それが近くのハンターの耳に入って、狩猟団体が調査することになったらしい。そしたらウェンディゴの可能性が高いってことで、俺たちに応援要請が来たみたいだ」
「それじゃあ、他の被害もよくある事件なの?」
「子が親を殺したとか、親が子を殺したとか、飲んだくれの夫に妻が殺されそうになって逆に殺してしまったとか。銀行強盗も、強盗殺人も、誘拐も強姦も、聞くだけじゃディールの影もないようなものばかりだな」
愛桜はページをペラペラめくって、目に入った事件を挙げていった。
僅か一年の間に、よくこんなにも事件を起こせたものだ。
「それ、よくウェンディゴの仕業って分かったわね」
梗香の疑問に、愛桜はまたページをめくった。
「理由は二つ。一つは、おかしな言動をする人が言ったんだ。殺さないと殺される。殺さないと不幸になる。って独り言みたいに」
それを聞いて、灯が青ざめた。
「不気味だね」
「灯はこういう話苦手だもんな。でも、相手はディールだ。ウェンディゴは人を誑かす。人の弱みに付け込んで、殺すように仕向けるんだ。独り言は、ウェンディゴの声に支配されて言っていたんだろうな」
「待った待った! ウェンディゴって、人の言葉を話すのか?」
炎が急に大声で割って入って来くるから、愛桜は少し驚きながら聞き返す。
「知らなかったのか?」
みんな知っていることだと思っていた愛桜は、キョトンとした。
「いや知らないわよ」
「知らないねー」
「知らないな!」
「知らなかった」
予想に反していくつもの声が重なって返って来た。
(……知らなかったのか)
愛桜にとっては知らない方が驚きだ。
「みんな、会ったことはないんだっけ?」
「そもそも希少すぎてホントにいたんだって感じね」
梗香の言葉に他の三人も頷く。
そう言われてみれば、ディールを漁っていた時期があった愛桜でも遭遇しなさ過ぎて存在を疑ったことがあったような……。
「まぁ、俺も会ったのは一回だけだし。たぶん、言葉は理解できるから脳に直接届けてるんだと思う。テレパシーのような能力があると思ってくれればいい。他のディールと同じで声を発することはできない。詳しいことは俺もよく知らないんだけど、人に憑依するけど物理的な攻撃は滅多にしてこないディールだよ」
「滅多に、か……今フラグ立ったわね」
こういった時は大抵、滅多にしない物理攻撃をしてくるものだ。
深刻な顔をする梗香と対照的に、深く考えていない炎は、頭に「?」を浮かべながら、
「てか、なに? 憑依? そこらへんもうちっと詳しく」
と、軽い口調で言った。
「正確に言えば、人間の精神に入って惑わすんだ。始めのうちは言葉を囁いて、よき理解者だと思わせる。それを積み重ねていくと、ウェンディゴの言葉が自分の本音だと思い込むようになって、その言葉に従うようになる。誑かすって言っただろ? 嫌いな人でもいれば、そいつを殺した方が自分のためになるって思い込ませるんだ」
「だから、ほとんどが殺人事件なのね」
納得した梗香に、愛桜はもう一つ付け加える。
「ウェンディゴは死体を食べるからな。死体が出るように仕向けるんだろう。ウェンディゴの仕業だって断定できた二つ目の理由がそれだ」
「なるほど、死体が食べられていたから、ディールの仕業だって疑ったのね」
「そういう事」
愛桜は、話しながら一通り目を通し終えた資料を閉じる。
梗香は腕を組んで考え込む。
「実体はあるのよね?」
「ある。ただ、憑依していない時しか実体は見えないし、動きが速いから捕まえるのは難しい」
ここまで聞いて、灰鳴と炎、梗香、灯にもようやくウェンディゴというディールの正体が見えてきた。
灰鳴はひとつ、息を吐く。
「これは、確かに俺たちじゃなきゃ無理かもなー……」
「でも、俺たちにうってつけでもあるかもな」
愛桜は笑みを浮かべる。
「どういうことだ?」
「精神に入れるのは条件があって、『自分に恐怖を持った人間』が条件だ」
それを聞いて、梗香も口の端を上げた。
「つまり、ウェンディゴを怖がらなければいいのね」
「そういうことだ」
だから、うってつけ。
日頃からディールを相手にしていて恐怖心を抱かない五人だから、精神に入られる心配はない。
「でも、それはいいとしてどうやって捕まえるんだ?」
炎が聞くと、愛桜は黙り込んだ。
そこが一番問題になるところだ。殺したことはあっても生きたまま捕まえたことはない。加減を誤れば死んでしまう。
「……それは、考えておく。俺も捕獲は初めてだから。そのための資料だしな」
愛桜は、資料を軽く叩いて言った。
読み込んで、作戦を練るしかない。
「俺たちは何でもするから手荒く使ってなー」
そう言った灰鳴の気の抜けた声は、伝播してこちらの気も緩ませる。
資料から目を離して灰鳴を見ると、すごく眠そうにしていた。車の揺れが気持ちいいのだろう。抱えた枕に顔を埋めそうになっている。
話の途中なら起こすのだが、一通り話し終えたし、このまま愛桜も休むことにする。
「とりあえず、寝ようか」
ワームとの戦闘はなかったが、森の中ではずっと気を張っていたし、歩いて少し疲れた。休める時に休まなければ、と同じ考えの五人はすぐに眠りにつく。
「ねるー」
炎はいつもの明るさがなく静かだ。騒ぐ気力はもうないのだろう。
「灯、半分寝てるもん」
梗香は隣に座る灯を見て、ふふっと笑う。
愛桜も後ろに座った灯を見てみると、ほとんど目が開いていなかった。
「どうりで、静かなわけだ」
「うぅ……ごめん。何とか、話はちゃんと聞いてたよ……?」
そう言った直後、カクンと力が抜けて梗香の肩に寄りかかる。眠気が限界だったようだ。梗香がそっと頭を撫でている。
そんな梗香も、あくびをして眠そうだ。
「車の揺れって、どうしてこう眠気を誘うのかしらね」
ワームと戦闘はせずに済んでいるから身体的にはそこまで消耗していないはずだが、イレギュラーな場面に遭遇して精神的に負荷が掛かっていたのだろう。
それに関して愛桜は、自分が何も言わず独走したことも原因の一つだと反省している。
「あの人のこと、何も言えなくてごめん」
静かに謝る愛桜を責める人はいない。
そもそも、眠気に誘われてその言葉を聞いている人がいるのかも怪しい。
しかし、
「大丈夫。みんな信じてる……」
眠ったはずの灯から、微かに発せられた言葉。
愛桜の謝罪が聞こえていたのか、それともただの寝言か。
どちらなのかは分からないが、それは誰よりも愛桜のことを気にかけている灯らしい言葉だった。




