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捕食者のサガシモノ  作者: 星 ひかり


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11/18

十一 出会い

 ハンターの配置は、ディールが最も目撃される『中央区』を中心として、その周りを囲むように八区域に分かれている。

 ディールを専門とするハンターの数は、およそ五千人いるが、中央区は毎日のようにディールの目撃情報が入るため、その半分が配置されている。逆に、離れた第八区では月に一度情報が入るくらいで、広い範囲だがハンターは五十人しか配置されていない。

 この十年で中央区の人口は激減しているが、まだ市町村が成り立っており、ディールが出るたびに殺すハンターの功績は大きい。


 愛桜、灰鳴、炎、梗香、灯の五人が配置されているのは中央区だ。

 子供のハンターに人間離れした強さがあるのは既知の事実だが、愛桜たちはその中でも並外れている。

 いわゆる精鋭だ。


 狩猟団体が仕事を振り分ける時、目安でこう考える。


 大人十人で倒せるディールは子供五人で。

 子供五人で倒せるディールは中央区の子供一人で。


 つまり、愛桜たちならほとんどのディールを一人で倒せることが多い。

 だから、五人で仕事に当たることは滅多にない。

 それほどの力を持つディールは滅多にいないのだ。

 そのはずだった。


               ******


 紅葉の季節。


 五人での仕事が入った。ワームの駆除だ。

 ワームは、巨大な毒蛇で、一般の被害は三件報告されている。

 被害が拡大する前に急いで近くにいたハンター十名を向かわせたが、全滅したそうだ。


 ワームはハンター十人を喰った。それで満足したのか、森の住処に戻って行ったらしい。

 愛桜たち五人はその森に行き、ワームを捜していた。


 森は紅く色づいていて、とてもきれいだ。昼過ぎで天気も良い。山に入れば一度足を止めて周りの景色を眺めたくなるような陽気だ。

 しかし、五人はそんな景色を目に入れず仕事に集中している。

 

「見つけたよ」


 ワームの痕跡を辿っていると、灯が指を差した。

 その方向を見ても、四人にはワームがいることは分からない。しかし、ワームが木を薙ぎ倒して進んでくれたおかげで道ができており、進んだ先にいることは分かる。道は遠くまで続いていて、その先は視力が高い灯だから見える光景だ。

 

 そして、


「ちょっと、様子がおかしい……」


 灯は、動揺する声でそう言った。


「どうした?」

 愛桜が聞くと、今度は動揺を隠した揺らぎのない声が返ってくる。

「人、がいる」

「人?」

 立ち入り規制がかかっている森に迷い込んだ人でもいるのかと思ったが、そうではないことは次に言った灯の言葉で分かった。


「ワームはもう……死んでる」


 死んだワームと、その場所にいる人。

 五人の間に緊張が走る。

 人がワームを殺したのか、と頭をよぎったが、見ない事には分からない。


「行こう」

 とにかく行くしかない。

「いつもと状況が違うようだ。慎重にな」

 緊張で体が強張るのも良くないので、愛桜は声をかけた。

 

「了解」

「分かったわ」

「オーケー」

「うん」

 

 灰鳴、梗香、炎、灯の返事が返ってくるが、その声色は、緊張が全くほぐれていないものだった。

 あまりに硬い返事で、愛桜はもう一度声をかける。


「いつも通りにな」


「分かってる」

「うん、分かっているわ」

「分かりまくってる。あんまり言われると集中が途切れる」

「あ、少し緊張がほぐれたね」


 愛桜の言葉を、少し面倒に感じたように次々と発せられる声。

 良かれと思って言っているのは分かるのだが、四人もプロだ。各々程よい緊張感を持ったところだったので、愛桜の声かけは逆効果となった。

 反対に、四人からしてみれば愛桜は動揺も緊張もなく、いつも通り過ぎて心配になるくらいだ。


 ともあれ、灯の言う通り緊張はほぐれた。それが良い結果に繋がるといいのだが。


               ******


 ワームが見える場所まで行くと、気づかれないように少し離れた場所で様子を伺う。


 死んだワームと、傍に佇む人間。

 その光景に、五人は息を呑む。


「人間……だよな」


 灰鳴が堪えきず声を溢した。


 二十メートルほどのワームの巨体が見えるが、人の動きは木が邪魔で捉えられない。

 何をしているのかは分からないが、どう見ても人間だ。


 それでも、信じられなかった。


 ディールの近くにいるなど、その危険性を子供でも知っているこの時代にありえない。ワームの出現が確認されてからこの森は規制がかかっており、人は入れないはずだ。入れるとしたら規制がかかる前で、三日ほど前になる。


「ワームを殺したのって」

「あの人?」


 梗香と灯が、怪訝に言った。

 視線が愛桜に集まる。


(どうしようか……)


 愛桜はワームと人間を見つめ、考える。

 しばらく考え込んでいると、答えの出ない愛桜に痺れを切らした梗香が静かに言う。


「今、勝手な狩猟は禁止されてるわよね? 愛桜、珍しいわね。考え込むなんて」


 遠回しに言ったが、つまりは、状況報告を上げた方がいいということだ。

 規定通り行動するなら、こういう時は基本的に担当者に報告して指示を仰ぐことになっている。


 愛桜はよほどのことがない限り規定通り行動する。普段はそうだ。雇われている身で勝手はできないと分かっているし、子供ながら上手く社会を渡れるように(わきま)えている。

 しかし今は、規定に従いたくないと思ってしまった。


 愛桜には、他の四人に分からないことが分かっていたから。


               ******


 木に隠れて僅かしか見えないが、その人間を見た時、愛桜の脳はものすごい速さで回転を始めていた。


 人間……体型から幼子ではない。男でもない。仕草から老人ではない。恐らく同い年くらいの少女だ。

 そして、ワームの血は固まっておらず、死んでから時間が経っていない。

 少女は、ワームを殺した。間違いない。


 ワームを殺すほどの力を持った少女は、殺した後もその場に留まっている。少女がいるのは、ワームを殺すことが目的ではない。では今、少女は何をしているのか。


 少女は、ワームを――。


 愛桜には分かる。そして、それは愛桜にしか分からないだろう。

 普通なら想像もしないようなことだ。

 それは、他の四人には受け入れられない行動で、愛桜だけが受け入れられる。

 報告できない。誰かが知ればあの少女は拘束されるか、最悪の場合は殺される。


 少女はきっと、愛桜と同じだから。


「……俺が行く」


 考えて出た答えは、それだった。

 他の四人のためにも愛桜はそう決めて、すぐに少女の所に向かう。

 少女は敵か味方か分からない。それでも一人で行く。


「ちょっ――」


 灰鳴は離れる愛桜を止めかけた手を戻し、嘆息する。

「はぁ……まぁ、あいつが行くなら、大丈夫なんだろうけど」


               ******


 グチッ、ベキッ、ブチッ、ブチブチッ、ネチョッ、クチャッ。

 少女に近づけば近づくほど、その音は大きくなっていった。


「こんにちは」


 愛桜が声を掛けると、少女は肩を震わせて木の陰に隠れてしまう。

 縮こまった少女は、決して振り返らない。

 きっと怖いのだろう。辛いのだろう。苦しいのだろう。


「……こんなこと、いつかはバレる」


 愛桜は何をどうするべきか迷って、脈略もなく話し始めた。

 

 少女は震えて動きもしない。


「君も、分かってるだろ?」

「……分かってる。でも、私にはこれしかないから。みんなを助ける。そのために、ディールをこの世界から消す」


 背を向けたまま、口を開いた少女。

 震えて怯えているようで、何の力もなく弱々しく見えて、それでいて、声だけには芯があった。


 愛桜は少女のことを何も知らない。分からない。

「君は……」

 分からないが、少女は、みんなを助けると言った。助けるためにあの行動をしていたと。

 だから、これだけは分かる。


 あの行動を誰かのためにできるのは、きっと――。


「君は、優しい。でも、優しさは自分を犠牲にした上に成り立つものだ。優しさは自分を蝕んで、いつか、身を滅ぼす。それは結局誰のためにもならないよ」

「だから?」

 少女の声は、愛桜を蔑むようにとげとげしかった。

「だから、やめろ。なんて、俺が言ったところで、何も変わらないか」

 愛桜は分かっていた。あの行動は、覚悟がいる。続けるには覚悟がいる。そんな覚悟を持った人に何を言っても、何も届かない。


(本当に、どうしよう)


 対処すべきか、放って置くべきか。内心困っていると、


「フッ。よく分かってるね」


 少女の纏う空気が変わった。震えが消えている。


「悲しいね……」

 少女が発した言葉は、泣いているような切なさを帯びている。

「あなたは、そんな悲しくて、辛くて寂しい優しさしか知らないんだね」


 少女は、初めて愛桜に振り向き、顔を見せる。

 その顔は血で真っ赤に染まっていた。ワームの血だ。


「人は、そんなに悲しい生き物じゃないよ。自分を犠牲にしない優しさもある。あなたの目には自分を犠牲にする優しさのように見えているのかもしれない。でも、優しさはもっと幸せなものだって思うよ。あなたも、そんな優しさに触れられるといいね」

「……君は、」

「もう行くね」


 愛桜の言葉を遮り、少女は背を向けた。


「待て!」


 咄嗟に出た声。

 何か言いたいことがあるわけでもなく、話を聞きたいわけでもない。だから後に続く言葉などないはずなのに、すんなりと言葉が出た。


「俺と、来ないか?」


「行かないよ。私は、誰かといることが怖いの。だから、行くね」


 少女は即答して、去って行った。


「……っ」


 もう出てくる言葉はなく、何も言えず開きかけた口を閉ざして見送るしかない。


(来てたら、どうするつもりだったんだよ……)


 先のことなど考えていなかった自分が嫌になる。

 来ない方がいいに決まっているし、来てもどうすることもできないというのに。


「はぁ……」


 愛桜は肩を落とした。

 こんなにも動揺したのはいつぶりだろうか。あんなものを見てしまって、冷静さを欠いていた。普段よりうるさい心臓の鼓動に、今更気づく。


「俺以外にも、いたんだな……」


 愛桜は、後ろで仲間が待機していることも忘れ、少女が去って行った方をしばらく眺めていた。


               ******


 残された四人は二人の様子を見ていたが、炎は今にも飛び出して行きそうな勢いでいた。


「もどかしい!」


 叫びたい気持ちを押し殺し、静かに言った。


「何を話しているんだろうな」

 灰鳴が聞いても、そんなこと誰にも分からない。


「……愛桜にしか、見えないものがあるから」

 灯は、分かっていても、置いてけぼりにされたようで、それが少し寂しい。


「そうね。私たちは、まだ見ていることしかできない」

 梗香は自分の未熟さ故に判断を(ゆだ)ねることしかできず、悔しくなる。


 しばらくすると、人影はどこかへ行き、愛桜が戻って来た。


「それで、何があったの?」

「何も。あそこにいた人がワームを狩った。それだけだった」

「でも、ワームよ? 私たち五人が駆り出されるほど危険なディールよ?」

「そうだな。それくらい力のある人もいるってことだ」


 愛桜は、まだ心を乱すざわめきを徹底的に隠し、いつも通りの自分を演じる。

 炎はそれを察したのか、急に顔を近づけて来た。


「なんか怪しいなぁー。愛桜、何か隠してるだろ」

「まぁな。今は言えない」


 いつも通りを繕う。下手に誤魔化すのではなく、言えないことは言えない、そう言って。


「ふぅーん。なら仕方ないか!」


 炎はぴょんっと近づけていた顔を離して、それ以上は追及しなかった。

 他の三人もそうだ。言えないと言われれば、それが愛桜の判断で、最善のことだと信じてくれている。


「そのうちまた会うと思う」

「何で?」

「ディールを狩っているなら、また獲物が被る時が来るかなって」


 ただの勘ともいえるが、愛はそれだけ伝えておいた。次に会った時、みんながあまり驚かないように。


「もしかして、あの人も俺たちと同類なのか?」

「そうだな。俺と同類だ」


 灰鳴の問いに、愛桜はあえてそう答えた。

 『俺たち』ではなく『俺』、と。


 この時、その意味を気にかける者は一人もいなかった。

 愛桜が心の内に隠した途方もない辛さも、見破れる者はいなかった。

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