十 メガちゃんパーティー
さぁ、お待ちかねの『メガちゃんパーティー』だ。
支給日のイベントは全て終わり、炎は嬉々としてメガウエハースを開封する。
場所は、地下室がある部屋の一階だ。
そこには、梗香、灰鳴、灯も集まっている。
愛桜は休んでいるが、炎は大好物を前に待つことが出来なかったので、四人でパーティーを始めることにした。
「おほーうっ」
炎はなんだか変な声を上げ、目をキラキラさせてメガウエハースを取り出す。
「梗香ぁ~。マジでありがとうなぁ」
炎は、本当に嬉しそうに目を潤ませる。
「これで支給日に遅れたことチャラにしようとした私って……。なんか良心が痛むわ」
「灯もぉ~。買ってきてくれてありがとうなぁ」
もう泣き出すのではないだろうかと思うほど、感極まる炎。
「本当に好きなんだね。喜んでもらえて私も嬉しいよ!」
罪悪感に胸を押さえる梗香と、微笑む灯。
下心があった者と、なかった者。
その二人には、炎の喜ぶ顔を見た時の表情に大差があった。
「もう食べようぜー。灯が淹れてくれたお茶が冷める前にー」
灰鳴は、その様子を少し面白く思いながらも、炎が泣き出す前にさっさと始めたくてカップを手に持つ。
カップの中身は、灯が淹れてくれたお茶だ。メガウエハースに合うように少し苦めのお茶を選んで淹れてくれた。
「そうね! 一仕事お疲れさま!」
「うん、お疲れさま!」
「みんなお疲れ! いない愛桜には悪いけど、メガちゃんパーティー開幕だぜ!」
灰鳴に続き三人もお茶を手にして、少し高い位置に掲げることで乾杯とする。
こうして、メガウエハースを美味しく食べるだけの会、メガちゃんパーティーが始まった。
******
「う、うまい!」
炎が大声で大好物を堪能しているところ、灯はメガウエハースを小さく切り分けて他の三人で分ける。
メガウエハースはサイズが大きいため、一人で一個食べるには量が多い。だから、そのまま齧りつくのも、一個丸々完食できるのもメガウエハースに取り憑かれている炎だけだ。
パーティーと言っても、ただメガウエハースを食べるだけなのでパーティーっぽいことは特にしない。
始まるのは他愛のない会話だ。
「そういえば、数日前にも出たらしいわね、紅猫」
そう切り出したのは、梗香だ。
灰鳴は、気になっていた噂の話が出て、一旦食べるのを止める。
「俺も聞いたー。ディールが跡形もなく消えたらしいねー」
メガウエハースをハムスターのように齧って食べ進めていた炎は、
「なんと! また出たの俺知らなかった!」
と、噂に食いついた。
「噂は、噂でしょ?」
灯は、そういう噂は苦手で、不安げに梗香を見る。
「でも、噂があった時に調査班に聞いたら、実際にディールは消えてたって言っていたわ」
「都市伝説にしては現実と合ってるよねー。一晩でディールを塵と化す化け猫だっけー?」
「紅い猫だから紅猫っていうけど、見れるものなら見てみたいわね」
興味津々に話す梗香と灰鳴。
怖がりの灯は、少し震えた声で言う。
「怖く、ないの?」
「灯、都市伝説だから怖く感じるのよ。実際、紅猫がディールって言われたら怖くないでしょ?」
「……それは、そうだけど」
梗香の言ったことに頷く灯だが、ディールなのか、化け物なのか、あるいは幽霊の類なのか、それは誰にも分からず、不安は拭えない。
「俺は珍しい猫は見てみたい!」
「炎は単に猫好きなだけだろー」
「猫は正義!」
炎は、違う角度から紅猫に興味があるようで、灰鳴にツッコまれた。
臆病で心配性の灯は、炎のその気楽さを見て、
(私もこれくらいに捉えられたらなぁ)
と、少し羨ましく思ってしまう。
紅猫で盛り上がる四人だが、ディールに纏わる都市伝説は数多くある。その中でも紅猫の都市伝説は有名で、頻繁に噂が広がるためニュースで取り上げられるほどだ。だから、紅猫の噂はほとんどの人が知っている。
逆に言えば、他の都市伝説はあまり知られていない。
梗香は都市伝説というより情報収集が好きで、どこから情報を仕入れてくるのか他の話題にも精通している。
そして、自分だけが知る情報は人にも共有したくなるのだ。
「都市伝説と言えば、『龍を一人で追い払った子供』とかあったわね」
「その子供、関わると喰われるんだっけ?」
炎が聞いてきて、梗香は驚いた。話題に出したものは、かなりマイナーな都市伝説のはずだ。
意外と知られているのだろうかと、梗香は自分の情報力を疑いながら答える。
「そうそう。人間の味方なのか敵なのか分からないーってやつ」
「そんなのあるんだー」
「あれ、灰鳴は初耳のようね。灯も?」
「私は、そういうの疎いから……」
灰鳴と灯は知らない。それなら、やはりマイナーな都市伝説で合っているのだろうか。
梗香は定まらない都市伝説の立ち位置に、なんだか自信を無くす。
しかし、ネタはこれだけではない。梗香は、自分だけが知っているであろう様々な都市伝説を思い浮かべる。
「そっかぁ。他にも面白い噂はたくさんあるのよね」
次はどれを話そうか悩んでいると、炎が割り込んできた。
「『人間そっくりなディール』とか、『狼男』とかな!」
「へぇー。姿が変わるディールなんていたら、混乱しそうだねー」
「人に紛れて暮らせるんじゃ……」
灰鳴は純粋に噂を面白がっているようだが、灯は不安を煽られて顔を青くした。
炎が出してきたのはどちらもマイナーどころか、人々が真に受けて不安に駆られないよう、規制されている都市伝説だ。
梗香は、ここまできて炎が知り過ぎているのだと気づく。
「炎、噂にずいぶん詳しいのね」
「俺、意外とこういう話好きなんだよな。本当かもしれないし」
なるほど、炎はマイナーな話も知っているほど、都市伝説が好きらしい。
梗香は自分の情報力はやはり高かったのだと自信を取り戻し、突然面白いことを思い付いた。
炎の話からは逸れるが、こんなに面白い発想、口に出さずにはいられない。
「『龍を追い払った子供』は案外、愛桜のことかもね」
「ありえる!」
「そうかもー」
「うん。愛桜くんならって思う」
みんなも同じことを思ったのか、すぐに大きな反応が返って来た。
そんな中、炎は、いち早く現実的な考えを巡らせる。
「でも龍って、一国を滅亡させたんだろ?」
炎は都市伝説が好きだからこそ、事実かどうか気になって答えを求めたくなるのだろう。
それにしても、せっかく面白いことを思い付いたのに、熱が冷めるのが早すぎる。
梗香の熱も、炎につられてすっかり冷めてしまった。
「小さい国だったらしいけど、昔そうだったみたいね」
「だったらやっぱり噂でしかないよなぁ。いくら強いとはいえ、愛桜もそこまでできないだろ」
炎は、残念そうにメガウエハースにかぶりついた。
「だねー」
「そっか……」
灰鳴と灯も、話を聞いて納得してしまった。
二人はなんとなく、炎と同じように小さく切ったメガウエハースを口に運ぶ。
ハンターの主力として仕事をする子供たちだが、その中でも愛桜は規格外だ。愛桜の戦いぶりを見れば、大抵の人は愛桜より強いハンターはいないのではないかと思うはずだ。
それでも、龍には及ばないだろうというのが結論だ。
愛桜が無理なら、誰がやっても無理だと思う。それほど、ディールを相手にした時の愛桜は強い。
「愛桜くんならどうするのかなって、少し思うけど」
灯はポツリと言って、お茶を飲む。
「それは俺も気になるー」
「俺も俺も!」
「今度聞いてみようかしら」
もし、最も強いハンターが龍に挑むなら。
どう戦うのか、同業者として気にせずにはいられない。
そんな風に話をして約二時間。集まった四人で雑談に花を咲かせたのだった。
******
愛桜は、次の日の朝に目を覚ました。怪我はほぼ完治して体も軽い。
起き上がってふと、普段ないものが目に入る。
テーブルの上に、メガウエハースが置いてあった。
小さく切り分けられたものが皿の上に乗っていて、ラップがかかっている。
皿の近くには紙が置いてあり、何か書かれているようだ。
見てみると、炎、灰鳴、梗香、灯からのメッセージだった。
愛桜抜きでメガちゃんパーティーやったぜ! 四人で抜け駆けごめんな! 炎
ゆっくり休めたか? 無理するなよー。 灰鳴
甘いもの、必要でしょ? 疲れていてもご飯はちゃんと食べるのよ。 梗香
私は明日仕事ないから、何かあったら呼んでね。いつもお疲れさま。 灯
愛桜は、龍の討伐を一人でするならどうする?
最後の文は灯の字だが、後ろに名前が書かれていない。四人からのメッセージということなのだろう。
(なんだ? これ)
愛桜は、突然の問いかけを不思議に思いながら、考えてみる。
(龍か……懐かしいな……)
あれは、狩猟団体に入る前だったと思う。一度、龍と対峙したことがあった。
あの時は討伐できなかったが、今ならどうなるのだろう。
――それは、愛桜自身やってみないと分からないことだった。




