第四話
それにしたって今日は色々あって疲れたや。女ものの着物と男ものの履き袴のカップルが夜道を帰路につく。そこいらの店で買った氷菓子をガブリと咥え、桜楼閣に戻る道をゆく。そのうちに楼閣が見えてくるのだがその下にババアと何人かの若男が屯っていた。少し小走りに近づいてみればなにやら揉めているようだった。
「おーい、ババア。どうしたんだい」
剣士に袖を後ろに引かれながら、ババアに声をかける。
「ああ、あんたの客だよ」
「え、また依頼人?めんどうやなぁ」
「テメェが伊代か」
男たちはそういうと、腰の刀を鞘から引き抜いた。
「は?ちょっ」
「伊代、下がって」
剣士が引っ張っていた男の袖を後ろに思いっきり下げてくる。その行動に思わずよろめき男たちの刀の攻撃をギリギリで回避する。
「女将さん、どの辺までしていいんですか?」
「死ななきゃ好きなだけ」
その言葉に剣士は前へ踏み込み、刀を振る。振り下ろした刀が相手の刀とぶつかり、甲高い金属音が周囲に響く。鍔迫り合いのような腰の入れ合いが始まる。終始刀の押し付け合いで行くのかと思いきや剣士は刀に伝う力の気流をずらすことで相手の体勢を崩す事に成功していた。鬼ごとをする子供のように敵を追いかけ懐から刀で切りつける。明らかに周囲の男たちと異なる速さで刀を振り回す。全ての攻撃は峰によって当てられているだけではあるが成人男性とは言え一般人が逸般人の行動に耐えられるはずもなく。悲しいことに男たちは一人として反応できずに倒れていくのであった。
「それで一体なんの用なんだったんだい?」
「俺の下っ端がお前のしょうもない探偵ごっこで犯人扱いされて日陰を歩くことしかできなくなったんだ。その責任を取らせにきた」
「日陰って君らこの街にいるのだから普通に夜が生活時間だろう?あと君の下っ端とかいうやつは多分この前この街の女に手を出そうとしたクソガキのことじゃないのか?そういう輩に手加減はしないだろう、普通は。というか、どうして俺のことがわかったんだ」
「この街で探偵屋なんてしているやつはそんなにいねぇ。それに人生にやる気の無さそうな顔でこの街を生きているやつはさらにすくねぇ。テメェはそんな実力や才能があってどうしてそんな顔ができる?」
その言葉は男には理解し難いものであった。彼からしてみれば才能に溺れる人生も実力に酔いしれる道徳も持ち合わせちゃいなかった。男は何かを頑張るという経験がなかった。それは自慢でもなく嫌味でもない。ただ、しないのではなくできないという話であった。故に彼は探偵として人の助けになる事にした。人が何かに努力できるような状況を作り出すのが彼の仕事であった。それが一度は人を裁くという結果に繋がったとしても。もちろんこれもまた、自分が努力しているだなんて発想には至らないわけであるが。
「そんなわけだ。自分の家族の世話ぐらい自分でできるようになれよ」
男は剣士の対の肩を引っ張って、見世に入っていく。
「あいつはもういいのかい?」
「良いんだよ。どうせ襲う気はないようだしね」
剣士は自らが切り捨てた男たちを心配そうな目で見守っている。
「いくぞー、伊織」
二人は各々の自室に帰って寝床の準備を始める。伊織の部屋は先に語られたババアが用意してくれた部屋で、伊代の部屋は古くから、それこそ拾われたその時から使っている長年連れ添った部屋であった。探偵の朝は早い。よって、伊代は未だ情事が行われている見世で早めに眠りにつくのであった。