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第二話

 桜楼閣の中に入ったところでババアに声を掛けられる。


「おい、伊代。仕事の方は終わったんかい?」


「ああ、ババア。さっき終わったところだよ。それでちょっと奥の部屋を借りたいんだが構わないか?」


「ンア、構わないさね。ただ夜には開けておくれよ」


「はいよ」


そのまま、奥の通りの階段を上り、奥の部屋に入っていく。奥の部屋には花魁の姉様方がおり、彼女らには剣士が女であることをすぐに気づいたんだろうが、可愛い弟が綺麗な女を連れてきたことにキラキラした目を向けることになる。


男からすれば瞳よりも彼女らの奢侈(しゃし)とはいえないにしても色彩豊かで綺麗な着物を纏っている花魁姉様の姿がキラキラしているように見えているのは隣の剣士を見ればその考えは間違っているわけではないのだろう。


そういえば、隣の剣士は何故か室内でさえ唐傘を携えている。


「おいおい、嬢ちゃんはなんで唐傘をここで持っているんだい?見世の前においてこれば良いのでは」


「これは私の大切なものなんです。申し訳ないですが持たせてください」


 そう言うわけで彼女は刀と唐傘を腰に抱えて畳の上に正座する。なんだなんだと思考する。流浪人はいついつ雨が降っても良いように唐傘を用意するものなのでしょうか。まぁ、色白長身の御姿に真っ赤な唐傘が曇天の暗い昼空に映えると言うものだろう。


 そして、伊代の後ろには姉様方がいらっしゃる。ここで姉様方の紹介を始めよう。ここではいわゆる源氏名が彼女たちに当てられている。まずは伊代の頭にそのたわわな乳房を置いている長身の女性が夕顔(ゆうがお)である。舞が得意で後述する賢木(さかき)の音楽に合わせて踊ることが多少ある。次に伊代の胡座(あぐら)の上にちょこんと座っている小柄の女の子が葵という。絵が得意で、聞いた話にゃ蔦重こと、蔦屋重三郎にプロデュースを頼んだこともあるとか無いとか。そしてそして、蔦重が興味を示したこともあったりなかったり。最後にその二人を嗜めている少し年上、妙齢の女性は賢木という。様々な楽器を嗜んでおり三味線なんかは珠玉の味だとかなんだとか。


 この三人の女性、花魁のことをこの見世だけでなく、吉原全域で三姫と呼んでいるそうだ。そしてまた、この三姫の世話係を任せられているのが伊代というこの男であった。ちなみにこの男の性別は吉原では公然が周知している内容であり、暗黙の了解であった。そして、剣士が伊代の性別を知って腰を抜かしたのはまた別のお話。


「さて、ちょっとうるさいのがいるがここで構わないかね。話してくださいな」


「はい、まぁ色々話せない事情もあるのですが、単刀直入にいわせていただきます。私をここで働かせてはいただけないでしょうか?」


「なんやそんな話なんかい」


 男の方はこの話に拍子抜けといった表情を浮かべる。この人からしてみれば吉原に見物客でも無い女が入る理由はそれぐらいやと思っとったから、まぁそんなもんかという感じであった。男は「なんや、えらい仰々しく申すもんやから何か大変なことでもあるんか」と思っておったそうだ。


「おい、ババア、ババア〜!」


「なんやうるさいな、聞こえとるっちゅうねん」


 足音一つ立てずにババアが上がってくる。ただ気配だけがそこにあるので異様という他ない後継ではあった。なにやらこれは女の情事の際に気を散らさないようにする技術のようで匠の技というものらしい。


 「そいでな…」と男はババアに相談する。詳しい話が聞けんのかと剣士の方を向くババア。そこからは剣士が自分の故郷の話や何故浪人なんてことをしているのかを話していく。剣士は有名な剣術家の家の娘だったそうだが、何故か父親である師範に家を追い出されてしまって、鎌倉からやってきたということらしい。彼女の名は伊織といい、三姫は「えらいかっこええ名前やね」などと盛り上がっている。


 ババアは「あい分かった」と応え、首を縦に数回ふる。

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