64 あなたを守ります
「はい。お話し…しましょう」
暖炉の前で、私は膝の上に手を重ねた。
「……まず、あの山は闇に、最も近い場所だと、踏んでおります」
私たちは、暖炉の前に座る。
火はないのに、なぜか暖かかった。
「あの山を選んだ理由は魔物の発生件数が多いから、でもありますが……感情が溜まりやすい場所、だからです」
「感情……?」
殿下の眉が、わずかに寄る。
「恐怖、後悔、憎しみ。 誰かを失った者、守れなかった者、捨てられた想い……」
言葉を選びながら、続ける。
「そういうものが、長い時間をかけて沈殿していく場所が、あります。
あの山が、まさしくそれなのです」
殿下は黙って聞いている。
「そして……それを“餌”にする存在がいます」
「……洞窟の、あれか」
「はい」
私は頷く。
あの、恐ろしいほどの魔力が集まった洞窟。
「さきほど感じたのは偶然ではありません。あの存在は………おそらく人の心の弱さに反応するのだと、思います」
私に、雑念があったから……。
だから、あれは私を引き込もうとした。
アルテイア様のように、感情をコントロールしなければ………。
「そして、クルーディア様があそこにいらっしゃった理由は、私にもわかりません。
ですが、以前のクルーディア様と、纏っている雰囲気が違う。それは、わかりました」
暗くてよく見えなかったけれど……間違いない。
「それに——」
私は、視線を上げ、はっきりと言った。
「放置すれば、帝国全土が。魔物が増えるだけではありません。
人が、人として平和に暮らせなくなってしまう」
殿下の表情が、硬くなる。
「……それを止めるのが、君の役目か」
「ええ」
小さく、頷く。
「それが、女神としての、私の役目です」
きっぱりと。
今まで胸にあった迷いは、もう消えていた。
なぜか、“大丈夫“に感じる。
だけど。
これは私だけの問題じゃない。
「ですが…………それには、貴方を巻き込んでしまう。私は、それが………不安です」
貴方は我が国で一番尊い存在。
それに………私が一番怖いことは。
セシル様、貴方をなくすことなんです。
そうは、口が裂けても言えないけれど。
「…巻き込んでくれ。どんなことにも。覚悟はあるから。俺は、ルアリナ…君を守りたいんだ」
———私を?
どうして、私なんかを。
“好意”があるから?
でも、彼は皇太子よ。
責任がある。
それに………。
わからない。
どうして、貴方は私に手を差し伸べてくれるのだろう。
貴方の考えが私にはわからない。
でも、それでも。
「絶対に、大丈夫だから」
そう言ってくれる貴方が。
どれほど、私をすくってくれるのか、貴方にはわからないでしょう。
「わかり、ました。でも、本当に危険だと思ったら、逃げてください。これは、お願いです……では……よろしく、お願いします」
私が、貴方を守りますから。
「あぁ、もちろんだ…君を、君を守るよ」
そう言って微笑む彼を、私はもう一度だけ見つめる——。
この人と、共に。
この帝国を……——守るのだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも、続きが気になると思っていただけたら。
評価やブックマーク、お願いします。




