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できることなら、もう一度貴方の隣に。〜“殿下”、私を忘れてください〜  作者: 桜夜.Ari
第五章 寄せられる違和感、選ばれる覚悟

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57 行かなければならないのに、私は

行かなければならない。




それは、もう分かっている。



分かっているのに。



足を進めるたび、胸の奥で、何かがきしむ。



白霧村を出る道は、いつもと変わらない。

踏み慣れた土。

朝露に濡れた草。

変わらない景色が、かえって苦しかった。





本当に、行くの?




心の奥で、弱い声がする。


行かなければならない。

世界のために。


アルテイア様に託されたから。

魔物が増え、封印が揺らいでいるから。


理由なら、いくらでも並べられる。





けれど。



その理由のどれひとつとして、


「セシル様に会いたい」



とは、言えなかった。






……言えない。


言える訳がない。


会ってしまえば、終わる気がした。



これまで必死に守ってきたものも、


自分が積み上げてきた努力も、


全部、簡単に壊されてしまいそうで。







「……怖い」





声に出した瞬間、自分で驚いた。








戦い。


世界が滅ぶこと。


もちろん、怖い。

すごく怖い。






でもそれ以上に、



思い出してしまうことが怖い。



優しかった声。

当たり前みたいに隣にいた日々。

忘れたはずの温度。


もし、目が合ってしまったら。もし、あの声で名前を呼ばれてしまったら。




私は、逃げられなくなる。


使命なんて捨ててしまうかもしれない。


だめなの、わたしは、女神なんだから。







足が、止まる。



こんなふうに迷っている時間すら、許されないのに。


私はどれほど自分勝手なのだろうか。







世界は、待ってくれない。

魔物は、感情を汲んでくれない。

封印は、躊躇を理解してくれない。






分かっている。


分かっているのに、胸の奥が、泣くみたいに痛んだ。



私は、ずっと同じことをしている。


守りたいと言いながら、距離を取って。

傷つけたくないと言いながら、独りで決めて。

「これが最善だ」と、自分に言い聞かせて。


同じことを繰り返して、何一つ成長せずに。


何も失わなかったことなんて、一度もなかったのに。





いつまで、怖がっているつもりなの。

いつまで、逃げる理由を探しているの。




不意に、アイリスの顔が浮かぶ。


優しくて、かわいくて、侯爵令嬢というのに相応しい——愛されるべき存在。


いつも、彼女の周りには人がいた。






じゃあ、わたしは?


私は、女神の生まれ変わりで。


ここにいる私だけが世界の行く末を知っていて。

それでもなお、普通の、人みたいに、未練を抱えていて。



普通になんか、なれないのに。







怖くても。


心が追いつかなくても。


それでも、行かなければならない。




きっとこれは、使命だからというだけじゃない。

誰かに命じられたからでもない。


これ以上、同じ後悔を見たくないから。



これは、私の思いなのか、それとも、魂に残ったアルテイア様の思いなのか。



わからないけれど。



「……私は」


唇を噛みしめる。


「私は、世界を守る」


そのためには、なんだってする。


みんなの笑顔を守れるのなら。


セシル様を。


お母様を、お父様を、お兄様を、妹を、アイリスを。






あの人の隣で、何も言えずにいた自分のように。


私は、もう。


“選ばなかった”結果で、誰かを失う未来を、選びたくない。


アルテイア様のように、エーテリウス様のように。


胸を張って成し遂げたい。



深く、息を吸う。


震えは、消えないし、不安も、消えない。


それでも。


足は、再び前を向いた。


「……少し、白霧村を離れるわ。今まで、ありがとう。本当、2人には感謝してるわ」


帰ってこれない可能性があるから。


「もう…いくのね。……ルアリナ、絶対に戻ってきなさい。私たちにできることは全てするから」

「ルアリナ、帰ってこなかったら許さないからね!絶対よ!」



2人は、泣きながら見送ってくれた。


ありがとう。


私のために泣いてくれる人が、こんなにいたなんて、なんでもっと早く気づかなかったんだろう。




行こう。


セシル様のもとへ。





この想いが、どんな結末を連れてくるのか。



それは、分からない。



けれど。


逃げたまま世界を救うなんて、そんな都合のいいこと、もうできないから。






『行ってきます』

なんていい加減なことは言えなかった。


だけどせめて、私の感謝を伝えたい。




「ありがとう、2人とも」




2人のおかげで、私は、いろんなことを学んだ。 

いろんなことを知れた。


ありがとう。


本当に。



きっと貴女たちに会うことがなかったら、きっと私は何もできなかったと思うから。






さようなら。


私は、前を向いて歩き出した。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


もしこの物語が、少しでも貴方の心に残ったのなら。



続きが気になると思って頂けたらブックマークや評価をしてもらえると嬉しいです。

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