表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
できることなら、もう一度貴方の隣に。〜“殿下”、私を忘れてください〜  作者: 桜夜.Ari
第五章 寄せられる違和感、選ばれる覚悟

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/68

56 同じ結末を選ばないために、今度こそ

山から流れてくる霧が、家々の屋根をなぞるように漂い、鳥の声だけが、ゆっくりと目覚めを告げる。


———そう、本来なら。








鏡自分の顔が、わずかに歪む。


……空気が、重いような気がする…。




張り詰めた、感じ。


どうして……?


言葉にするほどの異変じゃないけれど、肌に触れる感覚が、いつもと違う。


まるで、見えない糸が絡みついてくるみたいに。


「ルアリナ?」


背後から、聞き慣れた声がした。



振り向くと、籠を抱えたフィアナさんが立っている。


「どうしたの? ぼーっとして」

「……いいえ。ただ、少し…」



言いかけて、言葉を飲み込む。


勘違いかもしれない、いらぬ心配をさせてしまうかも。


でも。


「空気が、張り詰めた感じがするの」



フィアナさんは空を見上げて、首を傾げた。


「…そう?私は何も感じないけれど…」


やっぱり、感じているのは自分だけ。

胸の奥が、原因不明の不安で疼く。


何かが、起ころうとしてる?


その考えが浮かんで、すぐに打ち消す。


フィアナさんは気づいていない。

村の人たちも、変わらない日常を送っている。

笑って、話して、畑を耕して。


それなのに。



何かが静かに軋んでいる。


そんな感覚だけが、消えなかった。





夜。

白霧村は、音を失ったように静まり返る。


ルアリナは、自室の窓を少しだけ開けて、外を見た。

月明かりすら、ぼんやりと滲んでいる。


………やはり、おかしい。


胸の奥で、女神の力が、かすかに反応する。


ざわ、と。



魔力の流れが、遠くで乱れた気がした。




「……アルテイア様」



ふと、その名が零れた。




“危機は、もうすぐ”。




あの言葉が、今になって重く響く。



その瞬間。

風もないのに、空気が一瞬、渦を巻いた。


ルアリナは、息を止める。


だが、霧はすぐに元へ戻り、静寂だけが残った。


……今のは、何。


心臓が、早鐘を打つ。


見えない。聞こえない。触れられない。



それでも、確かに。


何かおかしい。


そんな感覚だけが、胸に沈んだ。


私は、怖くなって窓を閉める。

震える指先を、そっと握りしめた。


いつもは美しく見える月も、今はなんだか不気味だ。


「……動かなきゃ」





 

白霧村に、噂が流れ始めたのは翌日だった。


「なにか、変だよな」

「魔力の波動がおかしいわ」





「魔物が突然増え始めてるわ」

フィアナさんが、心配そうに言った。

私は、何も言えずに頷いた。


……やっぱり。


体がはっきりと警鐘を鳴らしていた。


空気が、張りつくように重い。


既視感。



あぁ、アルテイアの記憶で見た光景と、似ているんだ。

世界が静かに飲み込まれていく、前触れ。



私は裏山の神殿へ走った。


アルテイア様の像の前へ行き、自身の手を絡める。


アルテイア様の居る精霊界へ行かなければ。


根拠はない。

けれど、確信だけがあった。


次の瞬間、空間が歪み、光が滲んだ。



「……ルアリナ」




聞き慣れた、けれど久しい。


「アルテイア様……!」


アルテイア様は微笑む。


だが。


いつものような、柔らかな微笑みはなかった。



どこか張りつめていて。



「もう……時間がないわ」


開口一番、その言葉だった。


「魔物の数が、異様に増えていることは、知っているでしょう?…封じは、限界に近いの」

「…やっぱり……!」


ルアリナが呟くと、アルテイアは小さく目を伏せた。


「私の記憶で見せたでしょう。あの森…」「……一番、魔物被害件数が多かった場所、ですよね」


アルテイアは、頷き、遠くを見るように続ける。



「“始まり”と同じ場所。ノクテリオスが力を取り戻しつつあるの。…ノクテリオスは、本来ならまだ封印を解かれるはずじゃなかったの。………それはつまり………裏でだれかが…糸を引いているかもしれないわ」




…嘘。


わかってた。


けれど、こんなに早くに……?

私では、力不足では……?


アルテイア様は全てを察したように、微笑む。


「ルアリナ、大丈夫。貴女は強いわ。生前の私より、ずっとね。だから、大丈夫。何があるか分からないわ。けれど、貴女なら…貴女たちなら大丈夫」




それから、はっきりと告げた。


「ルアリナ。セシルと行きなさい」


胸が、強く跳ねた。


「……アルテイア様」


アルテイアは、すぐには視線を合わせなかった。

「貴女がどれほど迷っているか。どれほど、彼を遠ざけているか。……貴女の気持ちは、分かっているわ」



その声は、女神のものではなかった。

過去を抱えた、一人の存在の声だった。


「怖いでしょう。選ぶことが。近づくことが」

「……」


「私も、そうだった」


アルテイア様の弱い部分。

今も、記憶の中でも、彼女は強かった。

じぶんの意思を持ち続けて。


弱音なんて吐かなかった。


たくさん葛藤をしまい込んで、口には、しなかった。




それに比べて、私は。






逃げて、ばかりだ。





アルテイアは、ゆっくりとルアリナを見る。

その瞳には、懐かしさと、深い後悔があった。



ルアリナの指先が、きゅっと握られる。



「貴女たちと私たちは、本当に似ているの」

アルテイアは、ほんの少しだけ笑った。


「だから、もう……同じ結末を、見たくないの」


沈黙が落ちる。


世界の向こうで、何かが蠢く気配がした。



「お願い、ルアリナ」


アルテイアの声が、震えた。


「急いで。今度こそ……間に合ってほしいの」


それは、女神の命令ではなかった。

届かなかった願いを、託す声だった。



「世界を救うためでもいい。理由なんて、後からでいい」


「でも、一人で背負わないで」



私は、無意識に唇を噛む。


怖い。

逃げたい。



それでも。




胸の奥で、確かに感じる。


———今度は、同じ道を辿ってはいけない。



「……はい」


アルテイア様のように。


弱音なんて吐かない自分になりたい。


この帝国を、救うために。


「セシル様のもとへ、行きます」



アルテイアは、ほっと息を吐いた。



「ありがとう」


そして、静かに言った。



「力を合わせることが、一番…大事なの。それが、闇にとって最大の打撃となる」



光が、霧に溶ける。


怖い。


でも。


……行かなきゃ。



これは、運命じゃない。


選択だ。


世界を、守るための。



世界が、再び静かに軋み始めていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます。



少しでも、続きが気になると思っていただけたら。

評価やブックマーク、お願いします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ