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できることなら、もう一度貴方の隣に。〜“殿下”、私を忘れてください〜  作者: 桜夜.Ari
第四章 交差する、それぞれの思い

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54 消えぬ違和感 【セシル視点】

彼女の体が消える。

転移魔法では、追うこともできないじゃないか…。




その事実が、胸の奥に小さな棘のように残る。


「……以前、か」


無意識に、その言葉をなぞるように呟いていた。


以前。

彼女は確かに、そう言った。



だが、俺の記憶には——彼女と“以前の距離”など、存在しない。


数ヶ月前、馬車の中で帝都で見かけた銀髪の女性。

倒れた男を救った、あの日。

書店街での偶然の再会。


あとは、話した記憶がない。

会っても、俺は彼女の後ろ姿を見ることしかできなかった。


目が合ったのは、ほんの数回。


初めて会った時、君がぶつかったとき、それから、今日。


それだけだ。



それ以上は、何もない。


俺は。

——はずなのに。


胸の奥が、ひどくざわつく。


まるで、なにも覚えていないような感覚。

俺は立ち尽くしたまま、ゆっくりと拳を握った。




思い返す。


彼女は時折、“知っている”ような目をする。


俺を見つめる時、懐かしむようで、同時に距離を取るような——。

あの矛盾した眼差し。


そして、今日。


「以前のような距離ではいられません」

  

言い間違いだと、彼女は言った。だが……本当にそうだろうか。


言葉は、思考より先に出ることがある。隠していることほど、ふとした瞬間に零れ落ちる。


「……俺は、何を忘れている?」


答えは、当然返ってこない。


それでも、頭の奥に、靄がかかったような違和感が残る。

思い出そうとすると、必ず“途中”で思考が途切れる。


まるで、そこから先へ進むことを拒まれているかのように。


——女神。


不意に、その言葉が浮かんだ。

彼女は、女神だと、母上は言っていた。

国を守るため、力を貸してくれる存在。


……女神とは、何ができる?


癒し?奇跡?

平和?


そして——。


魔力は人と比べ物にならぬほど。


——ならば。


もし仮に。ほんの、仮の話だ。



彼女が、誰かの記憶を奪うことができるとしたら。



俺は、その対象になり得ただろうか。


「……馬鹿な」


思わず首を振る。


彼女が、そんなことをする理由がない。


……いや。


理由が“ない”と、なぜ断言できる?



彼女は、俺の幸せのためと言った。

関われば不利益になると。

必要のない存在だと。


まるで、“知っている未来”があるかのように。


体験したことがあるかのように。



胸が、ひどく痛む。


もし——。もし本当に、俺が何かを忘れているのだとしたら。


それは、彼女と過ごした時間なのではないか。


だから、理由もなく惹かれるのだとしたら?

失ったはずのものを探すように、彼女を追ってしまうのが、そうだとしたら?



だから、拒まれているのに、諦めきれないのだとしたら?




「……なんてな」




そんなもの、俺の都合のいい妄想だ。

馬鹿だな、俺は。




自嘲するように、息を吐く。



もしそうだとしても、真実を知って、彼女を追い詰めるつもりか。


彼女は女神だ。

俺の記憶を奪うことなど容易いのかもしれない。


だが全て俺の都合のいいように解釈しているだけだろう。




だが一つ、はっきりしたことがある。


俺は今日、初めて——


彼女が背負っているものの重さを、ほんの一端だけ、感じてしまったのだ。


そして同時に。


彼女を、愛しい と思った。


「……ルアリナ」


届かぬと分かっていても、その名を、もう一度だけ呼んだ。




俺がもし、何かを忘れてしまったとしても、この想いだけは、ここに残っているのだから。




ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


もしこの物語が、少しでも貴方の心に残ったのなら、続きが気になると思って頂けたら、ブックマークや評価をしてもらえると嬉しいです。



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