28 思い出さないで
数日後。
帝都の書店街の一角で、私は偶然セシル様と再会する。
会わないだろうと思っていたのに。
偶然なのか必然なのか。
……それとも、運命なのか。
「また会ったな」
声をかけられ、私は一瞬、動揺したが、すぐに微笑みを浮かべた。
何故声をかけるのっ!
「ええ。偶然、ですね」
セシル様は微かに笑い、私の視線の先を見る。
「その本…魔法に関するものか?」
「はい。少し研究しているので」
「君の魔法はすごかった。あの日、倒れた男性に迷いなく手を差し伸べた———まるで、女神のように」
その言葉に、私の手がわずかに震えた。
“女神”
彼が無意識に触れた言葉に、心臓が跳ねる。
まさに自分の魂の正体。
そして女神という名そのものが使命である。
「す……過ぎた誉め言葉です」
言葉を濁して本を棚に戻した。
彼の視線。
彼の仕草。
何気ない一言に込められた優しさ。
それらが、かつて愛した“セシル様”そのものだった。
けれど———。
思い出さないで。
私のことを思い出したら、きっとあなたは傷つく。
私の中には、“女神の生まれ変わり”としての使命がある。
そして、一度しまった想いを封印したいという自己防衛でもあった。
それから時々、セシル様と会うこともあった。
本当に暇なのかと思うぐらい頻繁に。
セシル様と距離を取り、目が合いそうになると逸らし、会話も必要最低限。
微笑みはするが、それは本当の感情ではなかった。
本当の感情を出してしまったら、戻れなくなってしまう。
蓋を閉じられなくなってしまう。
だが———。
それでも、彼の心は、止まらなかった。




