11 会ってはいけない
——さっき見た馬車。
あれは間違いなく、セシル様だった。
姿形だけじゃない。
あんな短い一瞬でも、私を見つけた時の“目”が、忘れられない。
まさか気づかれた……?
いや、大丈夫。
声もかけられなかったし、あれだけの人混みだもの。
——バレてない。
そう、自分に言い聞かせるように、私は息をついた。
買い物を終え、家に戻ってベッドへ身を投げる。
「……はぁ」
胸の奥にたまっていた息が、一気に流れ出る。
思考は混乱しているのに、体だけが妙に重かった。
気づけば、ゆっくりと意識が沈んでいった。
◆ ◆ ◆
「……て! ……きて! ルアリナ! 夜ご飯だよー!あ、やっと起きた!」
「え……?寝てた!? 本当にごめんね。でも……ついさっき朝食を……」
カトレアは、悪戯が成功した時みたいにニコニコしている。
そして——。
「ルアリナ、一日中寝てたもんね!」
「……ぇ?」
私の頭に、理解が追いつく前に言葉だけが落ちてくる。
「ちょ、ちょっと待って。一日中……?」
「そうだよ〜。いくら揺すっても起きなかったし!」
そんなはず、ない。
私は呼ばれたらすぐ起きる方なのに。
ぼう然とする私を見て、カトレアはさらに楽しそうに笑った。
「ふふっ、ほんっとよく寝てた!」
そのタイミングで、フィアナさんが部屋に姿を現す。
「ルアリナ、おはよう」
「ごめんなさい……フィアナさん。お手伝いできなくて……」
深く頭を下げると、フィアナさんはふわりと目元を和らげた。
「大丈夫よ、魔力が多い人は、魔力を循環させるために眠るのよ。ルアリナは魔力が多すぎるから、普通のことよ」
その優しいまなざしに、胸の奥がきゅっと痛んだ。
——お母様も、こんな風に見つめてくれたな。
元気にしているだろうか。
帝都にいる家族は、私のことを忘れてしまったのだろうか。
当然か。
会いたい。
でも、会ってはいけない。
私が姿を現せば、また誰かを傷つけてしまう。
そう思うと、胸に小さな穴が空いたみたいに、ひどく寂しかった。




