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深夜の寒さと不思議な出会い

「寒っ!!!!!」


「くそっ、冬でもないのに、なんでこんなに肌を刺すように冷えるんだ!?地球温暖化はどこへ消えた!? 数時間前までは初夏を思わせる25℃もあったのに…」


時刻は夜の10時20分。 舎人とねりは、激しいペダリングで自転車を駆っていた。 軋むチェーンの音と、風を切る音だけが、深い闇と鋭い冷気を切り裂く。 家からコンビニまでは、徒歩ならばおよそ17分。 自転車を用いれば、通常でもその時間を8分ほど短縮でき、だいたい9分程度で到着する計算だ。 しかし今夜の彼は、その計算時間ですらも短縮せんとするかのような、狂気じみた速度で、黒く濡れたアスファルトを蹴っていた。


───こんなにも身体の芯から震えるような時間帯に、なぜわざわざ外出しているのか?


その理由は、数時間前の晩餐の時間に遡る。 あの、運命的とも言える高額な寿司との出会いと、その後の出来事に。


---


「ごちそうさまでしたー」


「さすが三万円という高級寿司コースね。超おいしかったわ~。口の中でとろけるような、なんとも言えぬ味わいだった」


「……ああ、そうだね。確かに」


「ちょっとお兄ちゃん、その反応は冷水シャワー級に冷たすぎない?せっかくの至福の時間が台無しよ、その態度はなに?」


「いや、確かに美味かったよ。舌の上でとろけ、旨味が広がっていくのは認める……だがしかし!現実的に考えて高すぎるんだよ、これは! 二人で六万だろ? こんなことを続けていたら、俺、経済的に破綻するわ」


「7万円もする限定版のアニメブルーレイセットを衝動買いするより、6万円で二人の記憶に残る食事をしたほうが、よっぽど健全で意義のある消費活動だとは思わない?」


「ぐ……!もういいから! ブルーレイの話は墓場まで持って行ってくれ。あれは……まぎれもない購買衝動というやつだ。心の底から反省はしているって……」


気まずい沈黙が流れるのを変えるように、羽衣はごろもがぱちんと、可愛らしく手を叩いた。


「そういえばさ、お兄ちゃん」


「ん?風呂? お前先に入っていいよ、俺はもうちょっとオンライン上の敵を──」


「ちがうわよっ!お風呂の話じゃなくて……」


「晩ご飯のあとは、当然の流れとして“デザート”が食べたいよねって、極めて真っ当な提案をしたのよ!」


「デザート? ……言っとくけど、冷蔵庫の中には希望も夢も、そして甘いものすら何もないぞ」


そう言いながら舎人は冷蔵庫の扉を開けた。 中にはデザートどころか、生命の終わりを迎えんとするレタスの亡骸と、賞味期限が太古の昔に沈んだであろう謎の物体がひっそりと眠っているだけだった(冷凍庫に眠るピザは例外として)。


「……わかったわ。もう閉めて。目が痛くなりそう」


冷蔵庫の中の絶望的な光景に、羽衣は思わず目を覆いたくなった。


「何もないなら、ないで仕方ないわね。ねえ、お兄ちゃん、買ってきて♡」


羽衣は、上目遣いで顎を少し上げ、無防備に首のすらりとしたラインを見せながら、“あざと可愛いポーズ”を決めてお願いしてきた。


「は? 論外だ。なんで俺がこんな深夜の寒空の中を──」


「だって、世界一可愛い妹の切実なるお願いだから♪ね? ね? お兄ちゃん、買ってきて♡ 甘~いデザートを買ってきて♡」


「却下だ。もう時間も遅いし、外は死ぬほど寒い。欲望は抑制しろ、我慢というものだ」


「我慢なんてできるわけないでしょう!あっさりとした上品な寿司の後には、当然、脳みそが要求する啊、こってりとした甘美なものが必要なの! これは生理的な欲求よ?」


「俺は別にそんなの感じてないし。それに今からそんな糖分の塊を摂取したら、そりゃあ太るわ、夜だし」


「…………」


その一言を聞いて、羽衣は数回、ゆっくりとまばたきすると、静かに、しかし危険なほどに低い声で口を開いた── 「……あのさぁ、お兄ちゃん」


その声は、先ほどまでの甘えた調子から一転、冷たい刃物のようだった。


「さっきから少し気になってたんだけど、ひょっとして私のことを、太ってるって思ってる? それ、“女子にとっての死刑宣告”だってこと、理解した上で言ってるの?」


「いや、お前のことを揶揄う意味じゃ──」


「ていうか、私の今のこの体型が“太ってる”范畴に入るって本気で思ってるの?言ってみなよ? はっきりと言葉にしてみなよ? ん?(無慈悲なまでに完成された笑顔)」


「……あー、えーっと……いや! 羽衣は完璧なプロポーションで、むしろ女神の所業だと思います、ハイ!!」


舎人は反射性地飛び起き、完璧な姿勢で敬礼をした。 生存本能がそうさせた。


「よろしいわ」


羽衣がふんっと小さく鼻を鳴らして満足げにうなずく。 「では、デザート買ってきて」


「嫌です!」


「へー、まだ抵抗するのね」


「今この状況下で正しい台詞は『仕方ない、買ってきてやるよ』ってやつじゃないの?」


「うるせえ、知るか。外が死ぬほど寒いんだ、行く気力が湧かない」


「そこまでデザートが食べたいなら、自分で足を使っていきなり買いに行けよ」


「ええー!論外よ、外は肌寒いし暗いし。この世に二人といない可憐な美少女が、暗い夜道を一人で歩くなんて、ありえないでしょ?」


「下手すると風邪ひくとか、変質者に遭遇するとか、そういう心配は微塵もしてくれないの?」


「しくしく…お兄ちゃんのその冷淡な態度が、胸に刺さるよ…」


「しくしく…羽衣ちゃんかわいそう…世界は不公平…」


妹の完全に演技とわかる嘘泣きを無視して、舎人は呆れ半分で続けた。 「俺の身は俺で心配する。俺だって風邪ひくし」


「でもお兄ちゃんが変質者に狙われる心配はゼロでしょ!」


「ふん!甘いな、妹よ。俺はお前の兄だ。変質者の標icになるかはさておき、逆に“痴女”的な存在に遭遇する可能性だって、ゼロとは言い切れないんだぞ」


「は?嘘でしょ! お兄ちゃんが?」 羽衣は信じられないというより、あきれ果てた口調で言い返した。


「本当だってば、確か先週の放課後に……」 「帰り道でぼんやり歩いてたら、背後から女性的な声で呼び止められたんだ。あの不自然な距離感と囁くような甘ったるい声は、間違いなくナンパの範疇だ」


「絶対嘘。そんなのありえない」


「作り話するにも、もっと現実味があるものにしないと、バレバレよ」


「誇張は多少あるかも知れないが、作り話じゃない!なんでまじめに受け取ってくれないの?」


「……だって、お兄ちゃん、いつも下を向いて歩きスマホばかりで、周りの人なんて眼中にないじゃん」


「スマホの画面の反射でちらっと姿は確認したんだ!絶対ナンパだ!」


まるで低予算のコメディのような話を聞いて、羽衣は心底呆れたように大きく息をついた。


「ねえ、お兄ちゃん」 少し間を置いて、改めて舎人をじっと見ながら尋ねた。 「その“ナンパしてきた”という女性の見た目、ちょっと詳しく教えてくれない?興味あるわ」


「え?まあ、いいけど……間違ってなければ、確か……背は低くて華奢で、何だか…古風な着物のようなものを着てて、髪の毛は雪のように真っ白だった気がする」


舎人の言葉を聞いて、羽衣は頭の中で情報を高速処理し、瞬時に結論を導き出した。 「お兄ちゃん、もしかして……それ、単に道に迷って声をかけてきた、お年を召したご婦人だったんじゃないの?」


舎人が目を閉じて記憶の糸をたぐり寄せ、細部を必死に思い出そうとする。 「言われてみれば……その……確かに、声は少し掠れていた気がする……優雅な着物ってよりは、地味な羽織のような……ただ道を聞きたかったおばあさん……だった、かも?」


「ただ道を聞きたかった高齢の女性を“痴女扱い”するの、どう思う?社会的にどうなの?」


感情の波動が完全に消失したように、羽衣は棒読みで舎人に淡々と問い詰めた。


「そ……その時は、状況が飲み込めなくてさ!でもその後はちゃんと親切に道案内はしたんだぞ!」 「だから、セーフだ」


「ふーん。成程ね。とんだ親切な紳士よ」 羽衣は呆れ顔のまま、そっけない態度で返事した。


---


「よし、話も終わったし、俺はゲームのワールドに戻るわ」


舎人は椅子から立ち上がり、ソファーへと逃避行を開始しようとした瞬間──羽衣が素早く背後に回り、冷たい指尖が舎人の右肩を鷲掴みにした。


「待った!」


「待ってよ、お兄ちゃん。話はまだ核心に達してないわ。ごまかさないで」


「はっきり言う。行かない。もうお前のワガママに付き合うのは、このへんで終止符を打たないと」 舎人は少し強気な態度を取って羽衣に宣言した。


「分かったわよ。そもそも、お兄ちゃんを無理やり外出させたくないし……もっと合理的で、双方が納得できる解決方法を提案しましょうか?」


「え?」


「じゃんけんで決めよう、じゃんけん」 羽衣はさっと手を差し出し、じゃんけんの構えを見せた。 「最も公平な解決手段でしょ?さあ、お兄ちゃんも手を出して」


「えーなんでだよ、俺さっきも言っただろ、自分は別に食べたくない。そんなに食べたいのなら、自分で買いに行くという選択肢があるだろ。責任転嫁はやめてくれ」


「けち……」 羽衣はぷくっと頬を膨らませて、明らかに不機嫌そうに拗ねた。


「それってつまり、お兄ちゃん、私に負けるの恐れてんでしょ?」


「なにっ!?」


「だってゲームでもいつも私に負けてるし~。勝てる見込みなんてゼロに等しいじゃん、残念だね~」 「弱っちいお兄ちゃん、ざ~こ♪雑魚~♪」


「なんだと!! その言葉、訂正を求めるぞ!!」 「プロゲーマerを志すこの俺が、妹如きに負けるだと!?舐めるなよ!」 「さあ、始めよう!!じゃんけん……」


羽衣の挑発に完全に乗せられ、舎人は自信満々に立ちあがり拳を構えた。 羽衣の口元に、ほんの少しだけ小悪魔的な微笑みが浮かぶ。


「待ってよ、お兄ちゃん」


「なんだ、降参か?今さら遅いぞ、羽衣!」


「違うわ。今回はルールを変えよう。『負けた方がデザート買いに行く』じゃなくて、『勝った方が名誉の買い出しに行く』ってことでどう?」


舎人は数秒間考え、「……いいぜ、それで。後でグチるんじゃないぞ」


「もちろん♪じゃあね」


「いくぞ!最初はグー、じゃんけん……」


「じゃあ、プリンとチョコレートケーキ、あとチーズケーキ買ってきてね」


「三つもかよ!!!」


「バランスが大事なのよ、バ・ラ・ン・ス。純粋な甘味、ほろ苦い大人の味、そして濃厚な乳脂肪の旨味。これぞ女子のデザートにおける三位一体、至高のトリニティ。常識でしょ」


「……分かったよ、行けばいいんだろ、行くよ!」 舎人は完全に折れたように、重い足取りで自転車の鍵をつかんだ。


「ついでに、あったかい緑茶もお願い~♪ ホットでね、ホット! 常温とか許さないから!」


「誰のせいで俺がこんな夜更けに冷気の底へ放り出されると思ってるんだ……」 「じゃあ行ってくる」


「いってらっしゃい,浮気は厳禁よ,まっすぐ帰ってきてね」 舎人は思わず天を仰ぎ、短い嘆息を漏らした。


ぶつぶつと厭世観たっぷりの独り言を呟きながら、舎人は玄関のドアを開け、冷たい闇に飲み込まれていった。


---


「よし、コンビニの灯りが見える。あと少しだ」 「羽衣の言うがままのデザートをさっさと調達して、さっさとこの身を切るような寒さから撤退する」


数分後、舎人はコンビニに到着した。 自転車を駐輪場に勢いよく止め、震える身体を抱えるようにして速やかに店内に駆け込んだ。 舎人を除けば、深夜の時間帯らしく客はまばらで、数人の客が、無言で陳列棚の商品を眺めている。 店内の蛍光灯の明るさは、外の暗闇との対比で,かえって現実離れした非日常感を醸し出していた。


「プリンとチョコ、お茶は確保...あとはあの厄介なチーズケーキだけだ」 「どこだ…?」


舎人はお菓子コーナーの棚を上から下までくまなく目で掃引し、ようやく最下段で目的のチーズケーキらしきものを発見した。 しかし、パッケージのデザインが普段見慣れたものと明らかに異なり、表面には異国の文字が躍っている──。 「英語?いや…キリル文字?ロシア語か?まあ、いいか、中身は大差あるまい。たぶん」


わざわざ翻訳アプリを起動するのも面倒だ。 そう判断した舎人は、一抹の疑念を抱きつつも、その異国風のチーズケーキをカゴに放り込み、レジへと向かった。


客が少ないため、レジの列は短く、並んでいたのは舎人と、その前に立つ、フードを深く被った白いパーカー姿の人物、ただ一人だった。


(小柄だな……すごく華奢で、女の子か? 年齢は……中学生から高校生くらいか?そのパーカー、少し大きめで、すっぽりと包み込むようにその小さな身体を覆っているな)


待っている間、舎人は無意識に前の客を観察した。 何故か気になる。 その佇まいが、周りの空気と微妙に違うような気がした。


その時、店員の困惑混じりの、しかし丁寧な声が、静かな店内に不協和音のように響いた。 「大変申し訳ございません。こちらでは日本円のみのお取り扱いとなります」


「あ、あの……すみません。ちょっと、待って……ください。必ずあるはずで……」


白いパーカーの少女は慌てて鞄の中を必死に探り始めた。 その仕草からは、明らかな焦りと、そして若干の狼狽が伝わってくる。


舎人が首をかしげてレジカウンター越しに覗き込むと、少女が買おうとしているものが見えた──温かそうな親子丼の弁当とペットボトルのお茶。 今夜の、遅い夕食だろうか。 健気な感じがする。


視線を少し左へ移すと、彼女が無力に握っている紙幣が見える。 それは鮮やかすぎる色彩と複雑な模様──赤、藍、紫、茶色が入り混じった、カラフルで、どこか浮世離れした、絵画のような紙幣だ。 コインには、サケやタラのような海の生物が精緻に彫られている。 明らかに、ここ日本では流通していない通貨だ。


(留学生か? あるいは観光客? いずれにせよ、彼女は困っている……)


後ろに新たな客が一人、二人と並び始め、小さな列ができてきたせいか、少女の焦りと焦燥はピークに達していた。 小さな肩が微かに震えている。 見ているだけで居たたまれない気分になる。


「やばい……円、持ってない……どうしよう……」


「お客様、誠に申し訳ございませんが、それではお会計をすることができません」


「えっ…?」


店員の断固とした、しかし仕方のない言葉を聞いて、少女は焦りを通り越して、むしろ絶望に近い、怯えたような、追い詰められた表情を浮かべた。 その上、列に並んでいた客からも、微かにため息混じりの不満が漏れ、少女はさらに縮こまった。


その時、舎人は自己的財布を開け、中身をさっと確認した。 昼間の寿司代で出費が痛いが……。 「よし、足りる」と呟くと、無造作に一歩前に進み出て、店員に言った。 「彼女の分も、俺のが一緒で。お願いします」


「かしこまりました。こちらの分と合わせて,合計1,700円です」


買い物を済ませ、舎人と少女はコンビニの自動ドアをくぐった。 ドアが閉まるのと同時に、昼間の暖かさは完全な幻想だったかの如く,鋭い冷気が舎人の頬を刺し、吐息を白く曇らせた。 早くこの身を切るような寒さから逃れたい。 そう思い駐輪場へと足を速める舎人の背後から、か細い、しかし確かな意志を持った声が聞こえた。


「あ、あの…お待ちください…!」


振り向くと、白いパーカー姿の少女が、コンビニの漏れ出る蛍光灯の明るい光を背に、ぽつんと立っていた。 深く被ったフードの影で、その顔的詳細は見えなかったが、はっきりと彼女がこちらを見ているのが感じられた。 その姿勢には、どこか気高さのようなものさえ漂っている。


「先程は…本当に、ありがとうございました」 少女は深々と、恭しく頭を下げた。 その動作は、どこか古風で品があり、尋常ではない気品を感じさせた。


「いいってことよ。そんな、大した額じゃないし」 舎人は軽く手を振り、できるだけ気楽に、さばさばしたふりをした。 見上げれば、雲はより厚く垂れ込み、冷たい雨の気配が肌で感じられる。 雨が落ちてくるのは時間の問題だ。


「でも!必ず返さなければなりません!」 少女は強く首を振り、小さな拳を胸の前で固く握りしめた。 その力の入れようから、並々ならぬ決意が伝わってくる。 「私の故郷では、『Smá hjálp skal endurgjalda með stórum』…『小さな助けは、大きなもので返せ』と古くから教わります。この恩を、水に流すことなど、決してできません…」


「え?」 異国の、美しい響きを持つ、しかし理解不能な言葉に、舎人は完全に面食らった。


「…きっと、泉のように、何倍にも膨らませてお返しします!」 少女は深い影の中から、確かな意志を宿した、強く輝く瞳を舎人に向けて、そう宣言した。 その瞳の色は、闇とフード的影の中ではっきりとは断定できなかったが、しかし、通常ではない奇妙な輝きを放っているのは明らかだった。 それは、ただ事ならぬ気配を感じさせる。


「今は手持ちの日本円がないのですが、必ず返します。ですので…お名前と、お電話番号を教えていただけませんか?」


(真面目すぎるよ、そこまで堅苦しくしなくても。かえって気まずい) 舎人は彼女のあまりの真摯さと尋常ではない気迫に、かえって気恥ずかしさと少しの戸惑いを覚えた。


その時、ポケットのスマホがブルっと震え、着信音が鳴った。 (羽衣か?催促か?) 舎人はポケットからスマホを取り出し、画面を一瞥する。 《お兄ちゃん今どこ?天気予報によるとすぐにでも雨が降り出しそうよ。早く帰ってきて。》 (やばい、傘なんて持ってくるわけないし)


「えっと、だから本当に大丈夫だから、気にしないでって。いいよ、いいよ!」


「あっ...!お願いです、待って…!」


そう言って舎人が自転車のサドルに跨ろうとしたとたん、一陣の強い風が吹き荒れ、コンビニ的看板を軋ませ、舎人の髪を乱した。


「あっ...!」 風は残酷にも、あるいは必然的に、彼女のパーカーのフードを容赦なく吹き飛ばした。


すると──そこに現れたのは、月明かりとコンビニのネオン、そして街灯の光が混ざり合って照らし出す、きらめくようなプラチナシルバーの長髪だった。 風になびくその髪は、液体金属のように滑らかで、神秘的な光沢を放ち、闇夜の中で一層異彩を放っている。


フードが外れ、初めて露わになった顔は、驚くほど彫りが深く整っており、透き通るような、雪のように白い肌を持っていた。 そして何より──その瞳は、闇の中でもきらめく、薄く清冽な銀色シルバーだった。 まるで万華鏡のように、見る角度によって複雑な光彩を宿し、吸い込まれそうな深遠さをたたえている。


その美貌は、この世界のものとは思えず、まるで絵画から、または異世界から迷い込んだ妖精のようだった。


(なんだ…これは…?普通じゃない…人間離れしている…妖精か、何か…?)


たとえ家に超絶美人の妹がいるとしても、目の前の少女の、非現実的とも言える圧倒的な美しさと神秘的な雰囲気に、舎人は思わず見とれてしまった。 息をのむほどだった。 心臓の鼓動が、なぜか早くなっているのを感じる。


ゴロゴロ……! 空の遠くで低く重たい雷鳴が轟く。 間もなく本降りになることを告げるように、冷たい大粒の雨粒が一つ、また一つと舎人と少女の上に落ちてきた。


舎人は我に返る。 「ほ、ほら、見ろよ,雨だ!俺はもう行くから、お前も早く帰れよ! 風邪引くな!」


「待って、お名前だけでも──!」


少女の必死の呼び声を尻目に、舎人は混乱と、胸の中に湧き上がった不可解な高揚感と、そして冷たい雨を振り払うように、必死の思いでペダルを蹴った。 後ろ髪を引かれる思いと、得体の知れない期待感が入り混じりながら、暗い夜道へと走り去っていった。


銀髪の少女のことが、頭から離れない。



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