婚約者への愛を薔薇に注ぎました
熱したフライパンにバターを塗って溶かし、そこへ食パンを二枚置いた。次にボウルへ割った卵を入れ、少量の香辛料を投入しスプーンで混ぜる。フライパンで焼いているパンを二枚とも裏返し、テーブルの布を取ってベーコンを手にした。まな板に置き、慣れた様子で包丁を持つとベーコンを薄く三枚に切り、残ったベーコンを元の場所に戻した。焼いていたパンを二枚フライパンからお皿へ移動させ、またバターを溶かして食パンを二枚置いた。
次に別で熱していたフライパンに先程切ったベーコンを三枚置いた。肉が焼ける音を聞きつつ、火の調整をしていく。強すぎず、弱すぎずな火加減にしてからフライパンに近付き食パンとベーコンを裏返した。程好く焦げ目がついたベーコンを別の皿に移すとボウルの中身をそのままベーコンを焼いていたフライパンに投入。なるべく四角になるようヘラで形を作り、表面が固まってくると裏返した。
「メルティ。おはよう」
「おはよう。もう少しで朝ご飯が出来るから座って待ってて」
「じゃあ、珈琲を用意させて。僕も一緒に準備をしたい」
「ふふ、ありがとう」
寝癖のついた銀色の髪をそのままに、眠たげに台所へ現れた長身の男は朝食作りをしているメルティナに近付くと頭の天辺にキスを落とした。毎朝の日課の一つ。擽ったそうに笑いつつ、細かく切っていたキャベツを二枚のパンに盛り付ける。次に焼いていた卵をヘラで半分切るとキャベツの上にそれぞれ置いていき、先に焼いておいたベーコンを二枚と一枚に分けて乗せた。後はトマトソースをそれぞれかけ、最後に食パンを上に被せて朝食は完成。珈琲を用意すると言った男性にメルティナは振り向いた。
「今日はお城に呼ばれてるって言ってたわね。お昼はどうする」
「うーん……大した用ではないし、長くいるつもりはないから家で食べる。メルティの手作りが食べたいしね」
「朝食が終わったら、お店を開ける前に買い物に行ってくるわね」
「僕が戻ったら二人で行こうよ」
「いいわよ」
ポットの中を洗い、水を注ぐと魔法を掛けた。あっという間に水から熱湯に変え、珈琲の準備を始めた。
朝食の盛り付けを完了させ、テーブルに持って行き、二人が座る位置に置いた。テーブルに置かれている布を外すと小さなバスケットにナイフとフォーク、スプーンが入っている。フォークを二本取り出し、自分と相手の所に置いた。
「出来たよ」
「ありがとう。良い香りねディオ」
早速頂きましょうと二人は同時に食べ始めた。
――朝食を食べ終え、珈琲も飲み終わるとメルティナはちらりと時計を見やった。
「そろそろ時間ね。食器を洗ったら、私はお店に行くね。エミディオも準備を始めるでしょう?」
「準備という準備はしないよ。強いて言うなら、着替えるだけ」
「うん」
エミディオの食器と自分の食器を重ね、マグカップを二つ同時に持って隣の台所に行き流し台に置いた。水を出して使用した食器とマグカップを洗い、布巾で丁寧に拭いて食器棚にそれぞれの位置に置いた。
メルティナは次に寝室へ行き、化粧台の前に座って自分の見目に問題がないか確認。起床して身支度を整えるのは、此処で生活を始めてから身に付いた習慣。問題なしと判断し、リビングに行って壁に掛けてある鞄を手に持った。
「ディオ、私は先に行くね」
「おう。終わったら店に行くから待ってて」
「ええ」
今頃部屋で着替えをしているエミディオに声を掛け、メルティナは家を出た。今日も昨日と同じ、雲一つない快晴。良い事が起こるようにと願う。
●○●○●○
王都から馬車で十日掛かる位置にある村で魔法薬店を営むメルティナとエミディオ。元々、エミディオ一人だったのが四年前からメルティナも働くようになった。
王国一の魔法使いが作る魔法薬は村だけではなく王都からも、何だったら近隣諸国からも客が来る。売っているのは回復薬や状態異常治療薬、それと日々の健康を維持する薬や時折恋愛に関する薬を欲しがる客もいるので幅広く取り扱っている。
金色が混じった茶色の髪を濃い青のリボンで一つに纏め、村で懇意にしている婦人から頂いたエプロンを身に着け魔法薬店を開店した。扉の横に『OPEN』の木札をつけ、店内に戻ったメルティナはカウンターの横に置いてある一際美しい赤い薔薇に手を伸ばした。
ある魔法によって開花した特別な薔薇。非売品の為誰にも売れない。大金を積んで欲しがる人もいるが断っている。
「ふふ」
薔薇の花弁を撫でながら、既に消えてなくなった気持ちに思いを馳せる。大きくて、必死で、純粋に思っていたからこそ消えて無くなると呆気なく未練も消え去った。エミディオには感謝してもしきれない。
早速扉が開かれた。朝早くから来るのは腰痛持ちのお爺さんで、今回もそうだろうと「いらっしゃいませ~」とのんびり振り向いた。ら、予想していた客とは大きく違った。
「メルティナ……」
「いらっしゃいませ。本日は、どのような薬をお求めですか」
「……」
燃えるような赤い髪、俯き加減や感情の変化によって色の濃度が変わる青の瞳を持つ美丈夫は店主と客の対応を貫くメルティナに俯いた。
暫しこの状態が続くも、先に破ったのは客の方であった。
「……領地にいる祖母が階段から落ちて身体を痛めてしまった。特に腰の痛みが酷いと」
「でしたら、鎮痛薬と腰痛の塗り薬をお渡ししますね」
「ああ……」
嘘ではない。男が嘘を言うのが下手だとメルティナは知っている。
身体を痛めた時に効果的な飲み薬と腰痛に効く塗り薬を準備している最中も男の視線はメルティナに注がれている。気にせず、手際よく準備を進める。
「……エミディオ様とは、上手くいっているのか」
「はい。ディオは平民の生活に不慣れな私に何でも教えてくれました。不満も不便もありません」
「そうか……」
「エヴァングレイ様、飲み薬は十日分、塗り薬は一月分お出ししますね。飲み薬は毎日朝・昼・夜の食後に一錠お飲みください。塗り薬は一日三回まで。代金は2,459ギニーです」
「……もう、クラウディオと呼んでくれないのか」
ピクリ、と手の動きを止めたメルティナは困ったように顔を上げクラウディオと視線を交わした。
「貴方は公爵、私は平民。平民が最高位の貴族を名前で呼べる筈ないではありませんか」
「君だって公爵家の令嬢だったじゃないか!」
メルティナは元々王国の貴族、バレンシア公爵家の長女であった。魔法騎士の称号を持つ父と王国一の美女と呼ばれる母を持ち、優秀な長兄と父譲りの魔法の才を持つ次兄、母譲りの美しい妹。父譲りの金茶の髪と紫色の瞳、容姿も父にそっくりなメルティナであるが魔法に関しても一流の才を持っていた。父と同じ容姿と才能は周囲の人間を父の複製としてしか認識させなかった。
母にそっくりな妹は誰からも愛された。家族や友人、使用人にも、……此処にいるクラウディオにも。
「メルティナ、一度でいいからバレンシア家に戻ろう。公爵も夫人も、皆君が戻るのを待ってる! 勿論私だって」
「もう四年ですよ? 私が実家を出て行ってエミディオ様の妻になったのは。バレンシア家の方はともかく、何故貴方が待っているのですか?」
「な、何故って、それは……私は……君の婚約者だ……」
「一度も愛そうとしなかった婚約者、ですわね」
「違う!!」
メルティナの言葉を勢いよく否定したクラウディオ。
違わない、とメルティナは紙に必要事項を書きながら首を振った。
「バレンシア夫妻もその子供達も、使用人も、貴方も、誰一人として私を愛さなかった。貴方達が常に愛し続けたのは妹のリヴィアだけで、私はお父様と瓜二つなだけの出来損ないだったではありませんか」
「そんなことは決してない! 愛していないのなら、今もバレンシア家は君の帰りを待たない!」
「世間体があるからです。家族仲が良いと持て囃されているのに、長女を冷遇していたと知られれば世間の目が変わってしまうから」
「メルティナ、決してそれはない。リヴィアは生まれつき体が弱かったんだ。だから、どうしても健康な君よりリヴィアに目がいくのは仕方なかったと思うんだ」
「公爵家の方がそうなのは百歩譲って仕方ないにしてもエヴァングレイ様は?」
「わ、私は……」
必要事項を記入し終え、顔をメルティナが上げるとクラウディオは気まずげに視線を逸らした。痛いところを突かれた証だ。
「エヴァングレイ様は私を愛したこと等、一度もありませんでした。私は貴方をお慕いしておりましたが既に過去の話です」
「メルティナ……」
縋るような、祈るような声を聞いてもメルティナの心は揺らがない。カウンターの横に置いてある赤い薔薇に近付き、花弁をそっと撫でた。
メルティナにはある秘密がある。それは同じ生を繰り返しているというもの。
前のメルティナは此処にいるクラウディオを愛した。狂う程に愛していた。誰も彼もがリヴィアだけを愛し、メルティナを愛さなかった中でクラウディオはメルティナに優しくした。父に出来たことが一つでも出来ないと冷たい目を向ける両親や兄達と違い、クラウディオだけは慰め励ましてくれた。
『メルティナはバレンシア公爵じゃないんだから出来なくても良いんだよ。似てるってだけで公爵とは別人なんだから』
この言葉にどれほど救われたかきっとクラウディオは分からない。
家族から愛されなくてもクラウディオがいてくれたら……そう思っていたのに裏切られた。
『何故ですか!! 何故、何故貴方までリヴィアを選ぶの……!!』
天真爛漫で誰にでも愛される妹リヴィア。嫌いたいのに、憎みたいのに、唯一自分を家族として接してくれたリヴィアを憎めなかった、嫌えなかった。リヴィアもクラウディオと同じように父とメルティナは別人という考えを持ってくれていた。常にメルティナをメルティナとして見てくれた。
なのに、クラウディオが真に愛していたのはリヴィアだった。リヴィアに熱い気持ちを伝えるクラウディオを見た瞬間、今まで支えにしていた物が決壊した。戸惑い、否定するリヴィアに酷い言葉を浴びせた。リヴィアに好意を抱くクラウディオを思い付く限りの罵詈雑言を浴びせ、何度も叩いた。女の非力な力で叩かれてもクラウディオはビクともしなかった。クラウディオもずっと否定していた。何が違うのか、とメルティナが叫び続けた。
騒ぎを聞き付けた父に恥を晒すなと打たれ、反省し落ち着くまで部屋に閉じ込められた。
「エヴァングレイ様。この薔薇、とても綺麗だと思いませんか」
「あ、ああ。綺麗だ」
「でしょう? ディオの魔法で咲いているんです」
「エミディオ様の?」
一人部屋に閉じ込められたメルティナの許に食事は運ばれなかった。当日も、翌日も、数日経っても。大切なリヴィアを傷付け、泣かせたから、人を寄越さない。じわじわと弱らせ病死した体を装ってメルティナを処分しようとしている。
毎日リヴィアがメルティナに会いに来ていたが扉の前には常に誰かがいて、メルティナは誰にも会いたくないとされリヴィアは追い返されていた。おかしな話だ。誰も一度もあれから部屋に来ていないのに。
お風呂にも入れず、汚れたまま体が動かなくなっていたメルティナの前に――エミディオが現れた。
王宮で何度か会った王国一の魔法使い。メルティナより五つ年上。現国王の歳の離れた弟であるが、王族籍から抜けて平民として暮らしていると聞いた。
『このまま死にたい?』
会っても短い会話をしただけのエミディオ。彼もクラウディオやリヴィアと同じでメルティナをメルティナとして見てくれる数少ない人。
エミディオの問い掛けに答えようにも声は出なかった。感覚で言うと恐らく十日経っている。十日間、飲まず食わずで声を出していないから出したくても出せない。心の声で答えて、と言うからそうした。
“生きたい。まだ、死にたくないの”
『じゃあ、僕と契約しようよ』
“契約?”
『僕であっても手遅れの君を救う術はない。だけど、一度だけやり直せる』
“どうやって?”
『何歳くらいまで戻るか分からないけど、君の時間を巻き戻せる。僕が君に望むのは……』
あの時エミディオがメルティナに望んだのは、メルティナの愛情だった。メルティナが好きで、妻にしたいと乞われた。
クラウディオと同じでエミディオは嘘を言わない人。本当に戻れるか半信半疑ではあったがエミディオの申し出を受け入れた。
次にメルティナが目を覚ましたら、十五歳の時に戻っていた。十日間お風呂に入らず汚れて異臭を放ち、飲まず食わずの身体はすっかりと元に戻り、健康だった。最後のやり取りはちゃんと細部まで覚えている。家族から受けた仕打ちもクラウディオが本心誰を愛しているかも全て。
「この薔薇がこんなにも綺麗なのは、ディオの魔法だけが理由ではないの。薔薇には――私の貴方への恋心が全て注がれたのよ」
「え…………」
赤く輝く特別な薔薇を咲かせたのは、長年のクラウディオへの恋心。実の妹に嫉妬し、傷付けても尚消えなかったクラウディオへの愛全てが薔薇に注がれ、エミディオの魔法によって開花させた。唖然とするクラウディオ。掠れた声で何故、と問うた。問われたメルティナは困ったように笑って答えた。
「だって、貴方を愛した心があったらエミディオを心の底から愛せないもの。エミディオも貴方への未練を断ち切りたいからってこの薔薇を用意してくれた。エヴァングレイ様、私今とても幸せなんです。バレンシア家にいた時よりずっと。ううん、あの家にいて幸せだった時なんてなかった」
「メル、ティナ……」
「バレンシア家が私に会いたいなんて本当は嘘でしょう? というか、リヴィアが会いたがっているだけでは?」
「違う!! 本当だ!! 信じてくれ、公爵夫妻も兄君達も皆君に謝りたいと、会って話したいと毎日後悔しているんだ。一度でいいから君の方からバレンシア家に戻ってほしいんだ」
「嫌です。バレンシア家が私にしてきた仕打ちを謝罪したところで、実際に受けた仕打ちがなくなる訳ではありません。さあ、代金を頂戴します」
早く払ってと手を出すと次の言葉を言い掛けたクラウディオはぐっと堪え、言われた通りの金額をメルティナの手に置いた。
「ピッタリですね。もしも副作用が出たらすぐに使用を止めてまたいらしてください」
「メルティナ……どうしても戻ってくれないのか?」
「はい。バレンシア家がこのお店に来れないのが何よりの証ではありませんか?」
「……私への気持ちは、もう、少しもないのか?」
「薔薇に全てあげました。そのお陰で綺麗に咲いているでしょう?」
「……っ」
愛しているのはリヴィアのくせに、既に気持ちはない、愛していないと突き付けられたクラウディオは涙を流した。薬を受け取ると泣きながら店を出て行った。
「やれやれ、ね。早く帰って来るといいなあ……ディオ」
薔薇を眺めながら、愛する夫が早く戻るのをメルティナは待つ。
外に出たクラウディオは、自分では二度とメルティナの愛するディオになれないんだと分かっているのに、どうしても諦められない。メルティナを愛しているのは本当なのに、メルティナに言っても信じてもらえない。涙を止めようと袖で拭っても雫はいくつも溢れ出る。馬車に乗り込んでも涙は止まらなかった。
――王宮での用事を終えたエミディオは、一月振りに見た実兄と顔を合わせると回れ右をしてそそくさと退散しようとするも。「待て待て待て! 折角実の兄に会ったというのにそれはないだろう!」と叫ばれてしまえば退散は叶わず。引き止めに成功した国王は苦笑しながらエミディオの前に立った。
「エミディオ。メルティナ嬢とはうまくやっているか?」
「うまくやっていなかったら、四年も夫婦は務まらないですよ」
「それもそうか。……バレンシア家には、まだ会わせる気はないか?」
「ないですよ」
何故ならメルティナが望まないから。メルティナが望むなら何度でも会わせてやる。望まないなら、会わせない。
「そうか……」
「メルティナの元婚約者はまだ妹と婚約してませんね。メルティナ曰く、元婚約者は妹が好きな筈なのに」
十五歳に戻したメルティナを妻にするために、平民になってからは呼び出されない限り顔を出さない国王の所に姿を見せ、王命でメルティナを自分の妻にしてほしいと頼み込んだ。無論最初は理由を聞かれ、断られた。けれど今後も王国の為、兄王に忠誠を誓うと命を保証とした誓約を持ち出した。更にクラウディオが好きなのはメルティナの妹リヴィアでエヴァングレイ家としてはメルティナからリヴィアに代わろうとバレンシア家と関わりを持てるのは同じだと兄王を説得し、無理矢理二人を婚約破棄させメルティナを妻にした。無論バレンシア家から抗議の声が上がったがすぐに消えた。
理由はメルティナだ。メルティナがすぐにでもエミディオに嫁入りすると言って単身出て行ってしまったからだ。
「お前は何時からメルティナ嬢に懸想していたんだ?」
「内緒ですよ。僕の初恋なんですから」
「……クラウディオにとってもそうだったんだがな」
「大事なら、明確に愛情を示してやれば良かったんだ。そうしたら、愛情に飢えていたメルティナが離れることはなかった」
「バレンシア公爵はあれでも……メルティナを愛しているそうだ」
「あっそ」
メルティナが聞いても同じ感想を持つだろう。
公爵と瓜二つなせいで周りからどの様な目に遭っているか最も解していたのに、父にそっくりなだけの出来損ないと言われたメルティナは心を閉ざしてしまい、すっかりと腫れ物のように扱ってしまった。また、妹のリヴィアが病弱なのもあってメルティナから目を逸らしてしまったのも原因だ。
「後悔したって遅いんですよ」
「バレンシア家では、お前の店に足を運べない」
「来られる日が来るのは、メルティナがバレンシア家を許す時です」
そんな日は絶対に来ない。
前の人生でメルティナを死に追いやったのはバレンシア公爵の言葉を勝手に解釈した周りだ。反省するまで部屋に閉じ込めておけと命じた公爵達に、メルティナが部屋から出ないのはメルティナが我儘を言っているから、メルティナに用意された食事は屋敷の誰かが勝手に食べてメルティナが食べた事にし、リヴィアが来ても追い返していたのは勝手にメルティナが誰にも会いたくないからだと言った。
時間を巻き戻す前にメルティナは息を引き取った。死んだメルティナの遺体をバレンシア家の者達に見せたのは、今までの自分達の行いが周りに勘違いをさせ助長させたのだと見せたかったからだ。
案の定、彼等は泣き叫び、後悔しても遅いのにメルティナに謝り続けた。周囲の偽りに気付けなかったお前達が間抜けだったからだと言い放ち、巻き戻しの魔法を使った。
「メルティナ嬢はクラウディオのことをもう愛していないのか?」
「ええ、とっくの前から」
「そうか……メルティナ嬢に後悔がないのならそれでいい」
時間を巻き戻してもメルティナはきっとクラウディオを好きでいた。長年積み重なった気持ちというものは中々捨てられない。
メルティナからクラウディオへの愛を薔薇を咲かせる栄養にした。一途に想い続けたからこそ美しく咲き続ける薔薇を時折複雑そうに見つつも、捨てて正解だったのだとメルティナはよく知っている。
バレンシア公爵家もクラウディオも、どちらも――メルティナには必要ない。
エミディオが側にいれば、それでいい。
国王と別れたエミディオはすぐに店に戻った。丁度、毎日腰痛の薬を買いに来る老人を見送るメルティナがいた。
「メルティ」
「あ、お帰りなさいディオ」
「ただいま」
頬にキスをし、メルティナを抱き締めた。
途中、エヴァングレイ家の馬車を見掛けた。彼はバレンシア家ではないから店に来れる。懲りずによく来るものだと呆れる。
――クラウディオでは、二度とメルティナの好きな相手にはなれないのに。