立ち止まって、振り向いて2
とは言え、野島さんはゲームに集中できていないようで、たまにちらちらと、背後の床で正座しているわたしを見ては、肩を竦める。仕事中の堂々とした様子からは想像もできない姿だ。
「野島さん」
「なっ、なに!?」
「隣で見ても良いですか?」
「いいよ、別に、いいけど、さあ……」
きちんと許可を取ってから、野島さんの隣まで行って、モニターを覗き込む。
ふむ。銃撃戦だ。バトルロイヤルだ。百人のプレイヤーが広大なフィールドに散って、各々武器や防具を揃え、他のプレイヤーとの戦闘が繰り広げられている。
パソコンにはヘッドセットが繋がれていて、さっきまでパーティーを組む相手とボイスチャットをしながらプレイしていたらしいけれど、わたしが来たせいでチャットはミュート、ヘッドセットすら着けていないから向こうからの声も聞こえず、意志の疎通が円滑に行われていなかった。
パーティーを組んでいる相手が何かアイテムを欲して頻りにアピールしているが、動揺している野島さんにはそれが上手く伝わっていないみたいだ。
わたしはゲームに詳しくないけれど、野島さんたちがいつも遊んでいるゲームの内容は知っている。彼らは次々に新しいゲームをプレイするタイプではなく、気に入ったゲームを長く続けている。
このバトルロイヤルゲームと、オープンワールドのアクションアドベンチャーゲーム、そしてサバイバルホラーゲームの三つだ。時たま「同接がどんどん減って寂しい」と嘆いていたりもするけれど、それでも夜な夜な遊び続けるくらい好きなのだろう。
そんな様子を見ていると微笑ましいし、武器やアイテムを集めて戦闘を繰り広げるのは、爽快感があって楽しそうだとも思う。
「……葵ちゃんさあ」
集中できずにいる野島さんが、気まずそうな声色で切り出した。
「はい」
「何度も言うけど、来る場所が明らかに間違っているし、僕いやだよ、きみの恋人に怒られるの……」
「島さん」
「野島さんね」
「野島さん、わたし、恋人なんていませんけど」
「ええっ?」
わたしの発言に、野島さんはびくりと肩を震わせ、ゲーム内で一発誤射をしつつ、椅子ごと後退った。
そして「じゃあこの男は?」とパソコンのモニターを指差す。
そこには銃を二丁背負い、すっぽりと顔を覆う厳ついヘルメットを被り、腰にフライパンを携えた、筋骨隆々の男がいる。
戦闘の真っ最中、プレイエリアはどんどん縮小され、表示されている生存者数も一桁。かなりの終盤に差し掛かっている今、意志の疎通さえできない野島さんが手を止めてしまっては、相手はさぞかし苦労をしているだろう。運よく誰よりも先にプレイエリア中央の山頂に到着したのがせめてもの救いか。
「その人は会社の元同僚で、今は仲良くしてもらっている飲み友だちです」
「しょっちゅう部屋に行くのに? 晩飯作ってるのに? 葵ちゃんの話をすると不機嫌になるのに?」
「はあ、でも付き合ってはいません」
「じゃあなんでしょっちゅう部屋に行くの? 僕知ってるよ、葵ちゃんが飯作るようになってから太ってきたの! きみはそれでいいの? 太らせたいの? 太らせて食べるの?」
物凄い剣幕で捲くし立てる野島さんに若干引きつつ、付き合っていない旨を伝える。
頻繁に会おうが一緒に食事をしようが、身体の関係はおろか接触すらないし、思わせぶりな言葉すら何もないのだ。これは付き合っていない、という解釈でいいはずだ。
「信じられへん……しょっちゅう部屋行って、一緒に飯食って、休日はふたりで出かけて、それで付き合ってないって……そうはならんやろ……退職して地元帰ろかな……」
「帰らないでください」
「じゃあ僕は、葵ちゃんとランチしたとか、仕事帰りに一緒に本屋に行ったって話をしただけで睨まれるの!」
「虫の居所が悪かったんじゃないでしょうか」
「いやいやいや、いつでもどこでもニュートラルな男が、虫に左右されないでしょ! 休みなく働いていたときも、会社で無理難題押しつけられても、休日に一緒にゲームしようって約束してたのに僕が寝坊して五時間待たせたときも、あー大丈夫っすよーって言ってたやつが、虫ごときで睨むわけがない!」
「いや、あるでしょ。あの人も人間ですよ」
それでも譲らない野島さんに「撃たれてますよ」とモニターを指差し、ゲームに戻るよう促す。
ちょっと目を離した隙に、隠れていた小屋のすぐ近くの木の裏まで敵が迫って来ていた。間もなくエリアの縮小が始まり、しかもプレイエリアからほんの少しだけずれてしまっているため、小屋から出なくてはならない。
生き残っているのは四人。回復アイテムがあれば、エリア外のダメージを受けても粘れるだろうが、エナジードリンクが数本のみでは少し心許ない。
そしてボイスチャットが不通のため、小屋から出て応戦するか、エリア外で耐えつつ機会を窺うか、意志の疎通ができない。
仕事中では絶対に見られない動揺にいたたまれなくなり、ヘッドセットを勧め、わたしはさっきまで座っていた背後の床に戻った。
黙っているからボイスチャットのミュートを解除してもいいのに、野島さんはそれをせず、相手の声だけを頼りに連携を取り始める。さすが、毎夜長い時間を共に過ごすゲーム仲間だと思った。
そんなふたりは、あっという間にこの試合の優勝デュオとなった。