五月(謀)
親分!…親分!
俺は組員の声に目を覚ました。
「うはぁ〜!飲み過ぎちまったなぁおい。」
前日に飲み過ぎたせいで頭が痛い。ロックはやはり効く。
「親分!こないだの襲撃!やってますよ!」
俺はこの間の「襲名式襲撃事件」のニュースをテレビで観ていた。どうやらどっかの組を破門になった奴が逆恨みでもして継承するハズだった奴を撃ち殺したらしい。
秀成達もそこに居たって話だから小沼一家も騒ついてる。
「大丈夫だよ。そんなにわめくなよ。ん?なんだお前ずいぶん嬉しそうじゃねぇか。」
俺が煙草を咥えると組員が火を着けようと腕を伸ばす。
「そんな事ありませんよ。ただ、抗争になるんなら楽しみだなぁって…。」
草心会の連中はこんなのばっかりだ。愚連隊の時から喧嘩好きが集まってる。
俺からすると別になんともないが、秀成達からするとそれがダメだって話だ。
まぁなんでも良いけど。
俺は煙草を吹かすと大原の駅前に気分転換に出掛けた。とうに頭痛は治っていた。
大原駅前にはデカい商業施設が立ち並ぶ。俺は駅前の喫茶店に入るとアイスコーヒーを頼んだ。
5月にしちゃ異様な暑さだ。
(今日は日曜か。)
駅前には家族連れが大勢歩いている。
(?)
しばらくすると、どこからともなく音楽が聴こえる。多分右翼の連中だ。
俺はしばらく駅前のロータリーを眺めていた。
段々と近づく音は次第に耳をつんざく物になった。
(貴様と俺とは〜♪同期の桜〜♪)
やがて音の主が現れた。
真っ黒い街宣車が現れ、ロータリーに停車する。
街宣車は音楽を止めると、中から2人が降りてきた。
(なんだ山下のところか。)
山下は俺と同じ中学の2つ下の学年の後輩だ。ガキの頃は暴走族でも一緒だった奴だ。
俺は代金を払うと、店を出て街宣車に近寄った。
「おう山下。」
俺の声に山下が反応する。
「あ〜!草野先輩!ご無沙汰してます!」
山下は何やらのぼり旗を街宣車から出しながら俺に挨拶をした。
「相変わらずやってるなぁ。どうだ最近は。」
「ぼちぼちです。先輩が居るから大原では自由に活動出来て良いですよ。」
山下はゲラゲラと笑うと相方を俺に紹介した。
「こいつ、忠明社で面倒見てる本田です。」
本田と言う青年は俺に深々とお辞儀する。
忠明社というのは山下の立ち上げた右翼の事だ。
「お疲れ様です。本田広昌と言います。」
「おう。草野だ。よろしくな。」
俺は短く挨拶を済ませると本田に訊ねた。
「本田。君はいくつなんだ?」
見るからに若者で、見てくれも不良上がりには見えない。
「25になります。」
ヤクザには若い歳の連中は多いが、右翼で若い奴は見た事がない。もっとも、不良上がりで右翼やってるなら別だが。
「本田は自分が街宣やってたら話しかけて来たんですよ。変わってるなぁと思って聞いたら、「日本の為にやりたい」って言うから。驚きましたよ。」
嬉しそうに山下が語る。
「そうかぁ。変わった奴も居るんだなぁ。」
右翼は大体がヤクザの傘下だ。でもこうして忠明社のように右翼活動一本のところもある。
俺は山下の志を尊重して金は取ってない。取ったら傘下と同じようなもんだからだ。
しばらく談笑していると1人のオヤジが近寄ってきた。
「お疲れ様。今日何時まで?」
慣れた様子で山下に声をかけたオヤジは、山下からあれこれ説明を受けると駅前の改札口の方へ歩いて行った。
オヤジは改札口の前でピタリと立ち止まると、こっちを向いて微動だにしない。
「なんだありゃ?」
俺が山下に聞くと山下はオヤジの方を向いて呟いた。
「公安ですよ。」
「公安?」
「えぇ。大原署の警備課です。右翼担当の刑事ですよ。」
刑事と聞いて俺は一瞬殺気だった。
「松下って言うんですよ。なんだか素っ気ない奴でね、定年近くのサラリーマンみたいですよね。ま、ほんとに定年まであと数年らしいんですけど。」
右翼には政治テロを起こさないか監視する「公安」ってのが付くらしい。公安は右翼活動にはいつも付いて回るそうだ。
「じゃあ先輩、また連絡します!」
俺は山下と別れると駅前の本屋に行こうとした。俺はこう見えて読書が趣味だ。
改札口の横を通り過ぎようとすると、さっきのオヤジが声をかけてきた。
「さっきはどうも。忠明とはどんな関係ですか?」
なるほどたしかに素っ気ない。
「あ?地元の先輩だよ。」
俺も素っ気なく返す。
「そうですか。」
松下とかいうオヤジは何かをメモすると忠明社の方へ目を向いた。
(なんだこいつ。)
俺は少し苛立ったが、再び本屋に向かって歩いた。
本屋で立ち読みをしていると外から本田の声が聞こえる。
(お、始まったか。)
演説が始まったらしい。さっきの弱々しい声とは打って変わって、本田は怒涛の如く声を張り上げた。
「この日本は今!危機的状況にあるのであります!」
マイクを通した本田の演説に、俺は気づくと立ち読みをやめて聞き入っていた。
(良い事言うね〜。)
しばらく奴らの演説を聞いて、ふと本屋の時計を見ると3時を過ぎていた。
「ご清聴ありがとうございました!」
山下の声で演説が終わったと思った俺は、その辺の自販機で茶を2本買うと、再び山下の元へ向かった。
「良かったぞ演説。」
俺は本田の演説を褒めると、茶を本田に渡した。
「山下!本田に茶渡したから後で飲めよ!」
俺は街宣車の上でのぼり旗を片付ける山下に声をかけると、事務所に向かって歩いて行った。
「ありがとうございます!」
本田は力強く礼を言う。こういう純粋な奴は嫌いじゃない。
しばらく歩いてもう一度奴らの方を見ると、改札口にはまだあのオヤジが立っている。
(ずっと居んのかあいつ。公安って大変だなぁ。)
松下は忠明社の2人とは別の男と話しているようで、その男は一見チンピラに見えたがすぐに改札へ消えて行った。
(赤いシャツか。あれも公安か?)
公安の事はよく知らない。まぁ知りたくも無いが。
事務所に帰ると若い衆が鍋をつついていた。
「げ!お前らこんな暑さで鍋かよ!」
俺は少し馬鹿にしたように驚いた。
「ご苦労様です!」
若い衆は挨拶もそこそこに鍋を頬張る。
「親分、ご苦労様です。」
梅津がザルを片手に現れた。
「おう。なんだお前それ。」
梅津の持つザルを覗くと、しらたきが大量に入っている。
「えぇ、こいつら今日当番で、たまには何食いたいか聞いたら鍋だって言うんで…。」
梅津が照れ笑いをする。
「お!カシラ自ら材料用意ですか!」
俺の冗談に若い衆は我先にと梅津の持つザルを取りに来た。
「すいません頭自分持ちます!」
「いいんだよ今日は!黙って食え!」
梅津がそう言うと若い衆は口々にすいませんと言い、また鍋をつつき始めた。
俺はたまにあるこういう「上下」の無い時間が好きだ。親父が居た頃の小沼一家を思い出す。
「梅津。俺は今日はもう帰るよ。気使わせるからよ。」
梅津は送ると言ったが俺は断った。
「いいよ。お前も鍋食えよ!」
梅津はまたも照れ笑いをし、若い衆の集まる席に行った。
(さてと。)
俺は歩いて自宅のマンションへ向かった。
昼間の暑さとは違って5月の夜はまだ寒い。
マンション近くの公園に差し掛かると俺は異変に気付いた。
というより事務所を出てからすぐに異変は感じていたが、マンションが見えて来た所で異変は確信に変わっていた。
マンションの入り口は狭い。そこで殺るには不利だ。声をかけるなら此処だろう…。
「誰だてめぇら。」
俺は振り向き様に声をかけた。
「うらぁああ!!!!」
突然声を張り上げ3人組が殴りかかってきた。
全員目出し帽でよく顔は見えない。
「おら!!」
俺は1人の腹に蹴りを入れた。
すぐにもう一発の拳が俺に飛んできた。
「うぉりゃあ!」
俺は雄叫びながら避けた。
「死ね草野!」
どうやら俺を知っている奴らしい。
俺は相手が誰か考える余裕もあった。
(桑子か?大原連合?)
俺は自慢のハイキックを1人に見舞った。
「あぎゃあ!」
よろけた男はゴミ捨て場に倒れ込む。
(シュッ!)
最後はナイフだ。この野郎。俺を殺す気らしい。
俺はナイフを避けるとその辺の石ころを投げつけた。
「ゔ!!」
石は顔面に当たったらしい。よろけたところで膝を顔に入れた。
「なにやってんだ!やめろ!」
ナイフを奪い首を刺してやろうと思った時に離れた所から声と足音がする。
(サツか。)
3人組は走り去ってしまった。
「ナイフ捨てろ!!」
俺は警棒を片手の警官2人にナイフを差し出すと、そのまま応援に来た別のパトカーに乗せられた。
大原署に連れて来られた俺は、こっちは被害者である事をしつこく説明した。最初は信じなかった警官も、事の成り行きを聞いて納得した。
ナイフは後日指紋を調べるようだ。
「だからおめぇらサツは能無しなんだよ!」
俺は吐き捨てるように言うと調べ室を出た。「釈放」だ。
深夜の署内は灯りも疎らだ。
受付では数人の警官が眠たそうにしている。
(?)
昼間見たオヤジが向こうから飲み物を持って来るのが見えた。
「あ、昼間の。」
オヤジから声をかけてきた。素っ気ないがこれが普通なんだろう。
「松下さんでしたっけ。どうもね。」
俺が返事をすると松下は飲み物を一口飲んだ。
「ああ、あんたが草野さんか。ほどほどにね。」
俺は昼間のように素っ気なく返すと、付き添いの警官と外へ出た。
「親分!」
駐車場では梅津と藤村が俺を待っていた。
「すいません!送らなかった自分の責任です!」
梅津は自分を責めているようだ。すでに右手は包帯が巻かれている。
「いいんだよ俺が良いって言ったんだから!お前指詰めたのか!?馬鹿な事するなよ。」
俺は少し梅津を叱った。
「すいません!でも自分の責任ですから!」
梅津は少し動揺しているようだった。
藤村はそんな梅津を見て目に涙を浮かべる。
「大丈夫だって。やられてねぇから。」
俺は迎えの車に乗り込むと一先ず事務所に向かった。
事務所に着くと俺の机の上には梅津の「指」が置かれていた。
「ったく…。おい藤村。梅津の指、神棚に置いとけ。」
俺は指を神棚に置かせると、さっきから黙ったままの梅津に指示を出した。
「やったのは桑子か大原連合だ。多分大原連合だな。桑子なら必ず俺を仕留める。それにあいつらは喧嘩は素人みてぇだった。
いいか梅津、サツは返しをするところを一網打尽にするつもりだ。バレないようにやった奴らを見つけ出せ。」
梅津はようやく前を向いて返事をした。
「分かりました。必ず見つけます。」
梅津の目に殺意を感じた俺は付け加えた。
「でも殺すなよ。向こうはヤクザじゃねえ。それに抗争ってなると総長がうるせぇ。いいな。
藤村ぁ!梅津を補佐しろ。」
梅津と藤村は背筋を伸ばして返事をした。
「悪かったな。まだ鍋…途中だったんだろ。」
俺がテーブルに目をやると、食いかけの鍋がそのままになっていた。
「いえ、平気です。親分。必ず見つけます。」
「おう。頼んだ。」
ヤクザを怒らせると怖い。すぐに俺を襲った奴らの面は割れた。あれからたった2日だ。
「さすが梅津だ。よく分かったな。」
俺は報告を自宅まで来た梅津に聞いた。
「それで今日から護衛を下に付けてますんで、親分も1人では出掛けないで下さい。」
俺は護衛が嫌いだ。暑苦しい…だけどここは梅津の顔を立ててやりたい。俺はうんと返事をすると煙草を手に取る。
「親分を狙ったのは大原連合の田島、斎藤、大島の3人です。大島と斎藤はすでに家が割れてます。田島は昨日捕まえてシャブ漬けにしました。」
俺は相変わらずの草心会の「手際」の良さに感動した。
「でもよ、大原連合は今誰が仕切ってんだよ。」
俺の疑問に梅津はすかさず返す。
「山田ってのが仕切ってるみたいです。コイツは中々で、まったくどこに居るかわかりません。今兵隊の数は調べてますが、ざっと30人は居るようです。」
「今回のはその山田って奴の差し金か?」
俺はさらに疑問をぶつける。
「いえ、そこまでは分からないんですが、愚連隊時代の恨みがあるのは間違いないです。昨日、シャブ漬けにする前に田島がそんな事は言ってました。」
俺はピンピンしているが、田島が気になる。梅津は少し「変態」な所がある。「シャブ漬け」がどの程度なのか逆に心配になっていた。
「なぁ梅津。その田島ってのはシャブ漬けにしたって、今どうしてるんだ?」
俺の問いに梅津はすぐに答えようとしたが、それと同時に梅津の携帯が鳴った。
「噂をすればです。藤村からです。」
梅津は藤村からの報告を聞いて何度か頷いた後電話を切った。
俺は酒を愛用のコップに注いでいた。
「親分、すみません。田島なんですが、今死んだようです。」
俺は酒を吹き出しそうになったがなんとか堪えて飲み込んだ。
「あれほど殺すなって言ったのに。」
俺の残念がる様子を見て、梅津は一瞬反省したかのように見えたが、すぐに元の表情に戻す。
「すみません。シャブが多かったようです…。残りは手を付けないでおきます。」
俺は感心した。田島を見せしめにするつもりだろう。
まぁ俺も実のところ殺しても良いと思っていたから梅津を叱る気はさらさらないのだが。
梅津は携帯を手に取ると何処かに電話をする。
「藤村、俺だ。田島の体だけどな、バラして海に捨ててこい。え?できない?バカかお前。うん、うん…。
分かった。行くからそのままにしておけ。」
梅津は電話を切ると立ち上がって俺に言う。
「処理して来ますんで、親分。今日は此処に居て下さい。」
梅津に念を押された俺は同時にこの後どうするかを聞かれた。
向こうは死人が1人、こっちは会長の命が狙われた…。これで良いだろう。長引かせると色々厄介だ。
「もういいだろう。これで仕舞いにしよう。」
俺は停戦命令を出した。
梅津は少し残念がったが、すぐに他の待機組に連絡を回すと藤村の居る場所へ出掛けた。
俺は梅津が帰った後もガキのようにワクワクしていた。これが俺の作った「草心会」だ。喧嘩好きの連中が集まると、こうも仕事が早い。こういう時は血がみなぎる。
さらに1週間が経った。俺は相変わらず自宅で梅津の報告を待つ毎日を過ごしていた。
(ピーンポーン…!)
チャイムが鳴った。
「はい。」
「梅津です。報告です。」
俺は梅津を部屋に通した。
梅津は何やら袋を片手にリビングに現れた。
「親分、片付きました。」
梅津からの報告を聞いた俺は梅津に酒を注いだ。
「まあ飲めよ。祝勝会だよ。」
梅津は注がれた酒を一気に飲み干すと具体的な説明を始めた。
「先ず懸案であったサツですが、一切バレてません。向こうが正体不明の愚連隊だった事が功を奏しました。サツも大原連合の実態が分かっていないようです。あと小沼の総長にも勘付かれていません。親分が襲われたのも知らないようです。」
俺は手を叩いて喜んだ。
「さすが梅津さん。あんたやるねぇ〜!」
俺の喜びように梅津も安堵しているようだ。
「で、これが身印です。」
梅津は持っていた袋をテーブルの上に置いた。
「なんだこれ?」
俺は袋の中身を確認すると笑った。
「汚ねぇなぁ!こんなもん持ってくるなよ!」
俺は笑うと袋を梅津に突き返した。
袋の中身は田島という男の顔の皮だった。
(そういえば、大原連合の輿田を殺した時も、顔の皮剥がしたんだったなぁ。)
こんな感じの「お笑い」も草心会ならではだ。
「おう。後の2人も大丈夫なんだろうな?」
俺が笑って訊ねると梅津はキッパリと答えた。
「大丈夫です。家には送ってあります。」
俺はさらに訊ねた。
「何を?」
梅津は少し笑って答えた。
「睾丸を2つに切って、1個ずつポストに。」
やはり梅津は「変態」だ。