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じゃんけん  作者: 冬花
2/16

四月(弐)

 「失礼します。」

扉を開けて入ってきたのは大柄の男だ。こいつは小沼一家の若頭で、飯田という。元々力士アガりの飯田は、シャブで実刑を食らった後にウチに拾われた。もうウチに来て25年になる。当然シャブは辞めさせた。


「総長、草野のところから「使い」が来まして、指…持って来たみたいです。」

俺は小さくうなづくとテーブルに置かれた小瓶に目をやった。


(少し細いな…)


俺は小瓶を自分の革鞄にしまうといつも執行部が座るソファーに腰掛ける。

「で、桑子に連絡は?」


「はい。来週には時間が取れるそうです。」


「わかった。」

俺は煙草に火を着け一吸いすると、今まで自分が座っていた椅子に目をやる。

「親父が居たら、俺ぁずいぶんと叱られるだろうなぁ。」

独り言とも会話を振っているとも取れる俺の発言に、飯田は困惑した様子を見せる。


 俺と「義一」は歳もそれほど離れていなく、幼い頃に兄を亡くした俺にとっては実の兄弟のような存在だった。互いに下の名前で呼び合うほどに仲の良かった俺たちは、親父にたっぷりと教育を受けながら互いに切磋琢磨してきたって訳だ。今となっては互いを「総長」「草野」で呼び合う仲になってしまったが…。

 

親父は実の息子である俺に愛情を注いでいたのは間違いないのだろうが、それはあくまで「父親」としてで、「ヤクザ」としては草野に愛情を注いでいた事は俺には分かっている。俺はあの時の親父を忘れない。


 以前草野がヘタを打った事があった。その時親父は俺も見た事のないほど激怒し、草野は心底反省したかのように見えた。アイツがあんなに反省している姿なんて今まで一度も見たことがない。だから鮮明に覚えている。


別の日、アイツは自分で判断して指を詰めて親父に持って行った。そこでも親父はアイツを叱責したらしいが、部屋から出て来たアイツはなぜか「満足そうな」顔をしていた。アイツには親が居ない。施設で育ったらしい。本当の親のように叱ってくれる親父を心の底から尊敬していたんだろう…。俺は腹が立った。


 翌る日(あくるひ)から俺のアイツに対する態度は変わった。俺は満足そうなあの表情が…あの表情はまさに、「家族の顔」だった。それが許せなかったのだ。ヤクザは「家族」なのに。


そうだ。こんなものはただの嫉妬だ。自分が情けない。ただヤクザの「擬似家族」の関係が「本当」の家族の関係を上回るという事を目の当たりにした俺のショックは大きいのも事実だ。心の底では草野を「他人」だと思っていた事に自分が気づいた事もこの悲しみと怒りに拍車をかけた…。

 

しばらくして俺は小沼の若頭になり、次第に草野も俺を「カシラ」と呼ぶようになった時だ。


 今年の2月、親父が死んだのだ。すぐに俺は役員人事で「若頭補佐」の草野を外した。でもこれは報復人事のようなものではない。親父の遺言だ。


親父は常日頃俺に言っていた。

「義一はヤクザでもいいが、カタギでもいい。」

これがヤクザを辞めさせろと言っていたかはさておき、本当に草野を息子のように思っているんだなと少し親父に対して反感を覚えた。だけど「遺言」として思い浮かぶのはこの言葉くらいしかない。唯一俺に対してのソレは

「小沼を頼む。」だ。


いくら反感があっても遺言は遺言だ。大切にしなくちゃならない。

俺は小沼を頼まれた二代目として、草野への遺言を実現する為にもアイツを降ろした。別の道もある事をアイツに気付いてもらいたかったからだ。

きっと親父もそう思っていたに違いない。

ただそれがどうやら草野の反感を買ってしまったようだ。

いっそのこと「絶縁」してカタギにしてしまった方が良かったのだろうか。

呼び出して話をすれば良いものの、色々な事が重なって俺たちは今険悪だ。些細な事が殺し合いに発展するのがヤクザだ。アイツは突拍子も無い事をするかと思えば、したたかに人の裏を読んでくる癖がある。むしろ読み過ぎるくらいだ。親父が言ってた「ヤクザとして良い」っていうのはこの事だろう。とにかく、今はこの距離感が良いのだ。


 1週間が経った。俺は飯田と車に乗り込み、桑子組の本部のある「東台(とうだい)市」まで向かった。東台までは車で2時間、向こうでは桑子が待っているらしい。ウチと桑子が親戚なのは、この飯田と桑子の若頭「鈴木正敏」が兄弟分である事が理由だ。

何を思ったのか数年前、桑子の呼びかけで来たこの話をウチが蹴れるはずもなく、一家内で協議の上、飯田が鈴木との盃を交わす事になった。

桑子曰く「ヤクザは平和外交の時代」らしい。

桑子は経済ヤクザの典型だ。とても72歳に思えない頭のキレには驚く。


田舎町を過ぎてだんだんと都会の街並みが見えてきた。「総長、そろそろです。」

飯田はそう言うと窓を開けて煙草を吹かす。


 東台は日本有数の経済都市だ。桑子組はこの東台に本拠を構えてもう40年くらいになるらしい。桑子は一代で桑子組を大きくした。

今回の草心会との小競り合いも上手い。大体どこの組織も「傘下」を持つが、桑子はソレを持たない。全部「支部」なのだ。だからモメると話し合いは「本家」同士の話し合いにするしかない。桑子は徹底した管理主義者なのだ。話は大小問わず全部自分が加わる。70を過ぎた老人のどこにそんな体力があるのか…。


東台の繁華街から少し離れた東台の中でも田舎の風景が残る所に「涼味屋」という料亭がある。桑子御用達の店のようだ。

俺達は涼味屋の駐車場に車を停めると、入口へ向かった。入口には桑子の組員が2人居た。

「ご苦労様です。」

桑子の組員に案内され「いかにも」な個室に導かれた。

室内には誰もいない。


 しばらくすると1人の老人と屈強な男が入ってきた。

桑子と鈴木だ。

「おーう、小沼さん。ご無沙汰です〜!」

軽快な挨拶をしながら桑子は席に着く。


「飯田の兄弟、しばらくぶりだなぁ。」

「鈴木の兄弟も元気そうで。」

飯田と鈴木も挨拶を交わす。


2人の兄弟の挨拶を見届けると俺は直ぐに本題に入った。

「桑子組長、この度はウチの若いのがあんな事をしてしまい申し訳ありませんでした。」

桑子も兄弟同士の挨拶を穏やかに見守ると

「いやいや、こういう事もありますよ。第一先にウチが騒ぎ起こしたって話なんだろう?鈴木。」

鈴木も眉間にシワを寄せ鋭い眉を八の字に曲げながら

「ええ。全く私の指導不足でした。小沼の叔父貴、すみませんでした。」

そう言うと俺に頭を下げる。


俺は首を横に振るとすぐに桑子に提案した。

「桑子組長。悪気があって言うのではありませんが、今後もこういう間違いがあるといけないんで、なるべく大原には立ち入らない方がよろしいかと思いますがどうでしょうか?」

俺のオブラートに包んだ抗議に桑子は怪訝な顔を浮かべたが、すぐに

「まぁ今回は組員のプライベートとは言え配慮がなかったなぁ。ウチも反省してるよ。分かった!組員にはよーく教育していく。今回はそれでどうかな?」


やはり大物となると話は早いし謙虚だ。


「ありがとうございます。ウチも血の気の多い奴がうじゃうじゃしてますんで、ウチからも若い奴らにはよく言っておきます。」



 桑子は話もそこそこにと女将を呼ぼうとしたが、俺は桑子に渡す「モノ」を革鞄から出した。桑子は一瞬鋭い目つきになったが、すぐに最初の緩い表情に戻る。

「ところで組長、ウチの草心会の草野がお詫びをって事で指を詰めました。お納め下さい。」

俺は「アイツ」のではない誰かの指を桑子に渡した。


桑子は黙ってソレを受け取ると鈴木に渡し、まぁまぁと言って女将を呼んだ。


 会食は穏やかに進んだ。世間話から他の組の話、桑子の若い時の話、そろそろ縁も竹縄というところで桑子が部屋の灯を見ながら言い出す。

「小沼さん、そういえば大原にデカいリゾート施設作るんだって話、聞いた事ある?」

俺は驚いた。

「いえ、初めて聞きました。」

桑子は目線を俺に向ける。

「そうらしいんだよ。俺もこないだ初めて知り合いの政治家から聞いてね、なんだ東台じゃねぇのかなんて笑ってたんだけど…ほら、今回のアレ、草心会か。あそこの彼にも教えてやったらどうかななんてねぇ。」


草心会にとっては良い話だろう。利権にありつける。

俺は今度草野に教えてやろうかと思ったが、アイツはアイツで政治家ともパイプがあるので、その内知るだろう。

「ありがとうございます。草野も喜びますよ。」


桑子は前のめりになってさらに続ける。

「物は相談なんだが、ウチもそんな話聞いちゃったもんだから…少しで良いから回してもらえないかなぁ。」


なるほど。今日の本題はおそらくコレだ。


「さすがに草野にも話を通さない訳にもいかないですからね。聞いてみますよ。」


「そうは言っても彼も頑固なんだろう?大体彼からすれば小沼さんは親なんだから、ヤクザは親が「黒」って言えば黒なんだから。小沼さんが了解してくれたら彼も納得するだろう。ウチも草野さんのシマには今後立ち入る事はないって事だし。」


「お察しの通り草野は相当な頑固者でして…とりあえず説得してみます。」


俺は相当押してくる桑子に少々苛立ちながらも、その場をなんとか切り抜けた。

どのくらいこの話を続けただろうか…少し話に間があった。飯田が咳を一回した後に(せき)を切ったように隣から声を出す。

「総長、そろそろ…」


飯田が時計を見ながら俺に伝える。こいつもタイミングを見計らっていたのだろう。帰りたそうだ。


「そうだな。では桑子組長。この件含めてまた連絡します。」


「兄弟、また連絡するよ。」

俺が席を立ち、飯田もそう言うとそれに続く。

「では。」


桑子は残念そうな顔をしながらも俺達に別れの言葉をかけた。

「またお会いできるのを楽しみにしています。」


俺達はにこやかに見送る桑子を背に涼味屋を後にした。

帰りの車中で俺たちは今後について話し合った。

「桑子の狙いは大原だろう。ほんとにいくら稼げば気が済むんだあのタヌキジジイ。」


俺が毒気づくと飯田は笑う。

「草野には報告するんですか?」


「いや、桑子の狙いは教えない方が良い。アイツの事だから戦争になるぞ。」


「総長、桑子の狙いは草野から攻撃させる事かも知れませんね。」


「ご名答だ飯田。だからシマに立ち入らないって約束した事だけをとりあえず伝えるつもりだ。」


「何事もなければ良いんですが…。」


飯田はそういうと窓を開けて煙草を吹かした。


深夜3時頃、俺たちは本部に戻るとこの日はひとまず解散した。




 あれから3日ほど経っただろうか。事務仕事をする俺の携帯が鳴った。

(プルルルップルルルッ)

相手は草野だ。珍しい。

(この間の桑子の話、もう知ったのか)

俺は少し嫌な予感がしたが、電話に出た。


「おう。どうした?」


草野は矢継ぎ早に、しかし冷静に俺に伝えた。

「総長。桑子が大原狙ってますが、どういう事でしょうか。」


嫌な予感は当たった。




 


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