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助けてくれたのは

 放課後の大学。窓から差し込む西日を浴びながら、 教室のごみ集めの仕事をする。

 大教室にはまだ生徒たちが残っていて、雑談をしていた。


「邪魔にならないように、こっそりとゴミを集めよう」


 各教室から集めてきたゴミが入っている大きなゴミ箱を、生徒たちの邪魔にならないよう廊下に置く。

 教室の横開きのドアが全開になっていて、ドア近くで談笑している生徒たちの声が自然と耳に入ってきた。


「アルオニアのダンスパートナーになりたくて必死になっている女って、見苦しいわよね。夢を見るのは勝手だけれど、現実を知った方がいいわ。彼は、歴史ある王室の第二王子なのよ。私ぐらい品格のある女じゃないと、ダンスのパートナーが務まらないと思うわ」


 美しくて高い声に、聞き覚えがある。

 ——シェリアだ。

 いじめられたときのことを思い出し、胃に痛みが走る。


「あれぇ? シェリアったら、いつから王子を呼び捨てするようになったわけ?」

「ふふっ。私たち、急接近してね。親密度が増したの」

「でも、呼び捨てにするなんて……」

「いいのよ。遅かれ早かれ、名前で呼び合う仲になるんですもの」

「えっ! それって、恋人っていうこと⁉︎」

「ふふっ。知っている? エルニシア国民は、恋人ではなく、婚約者を求めているの」

「つまり、シェリア様がアルオニア王子の婚約者になるということですか⁉︎」

「ガーネット。なにを驚いているの? アルオニアに釣り合う女性がここにいるのよ。結婚を見据えた関係になるのは当然でしょう?」 

「さすがシェリア! 自信満々じゃん。もうすぐ婚約発表が行われたりして!」

「シェリア様って、家柄がいいし美人だもの。婚約者に選ばれて当然よね!」


 目の前が真っ暗になる。足が震えて、立っていられない。

 わたしは耳を塞いで、廊下の突き当たりまで逃げた。座り込んでしまったらしばらく立てなくなりそうな気がして、窓枠に手をかけてなんとか立ち続ける。


「なんで……」


 急接近して、親密度が増した。そう、シェリアは言った。

 それが本当なら、どうして王子は恋人役の仕事をわたしに持ちかけたのだろう?

「僕の彼女になってよ」そう言ったときの、王子の淡々とした態度を思い出す。

 王子の考えも気持ちも、全然わからない。


「借金を返すために、恋人役の仕事を引き受けるしかないと思っていたけれど……。シェリア様が婚約者になるのなら、わたしは用済みだよね」


 人生が望むどおりにいかないことなど、嫌というほど知っている。

 わたしには運がない。タイミングを逃してしまった。……ただそれだけの話なのに、どうしてか胸が痛い。

 制服のポケットから、トビンが描いてくれた似顔絵を出して広げる。

 目も口もカーブを描いて笑っている、絵の中のわたし。


「トビンとジュニーに、明日は元気になるって約束したのに……。元気になれるのかな……」


 甲高い悲鳴に、我に返る。

 悲鳴が上がった方を見ると、金属製の大きなゴミ箱が倒れていた。わたしが各教室から集めてきたゴミが、廊下に散乱している。


「誰よっ! こんなところにゴミ箱を置いたのは!」

「すみません!!」


 ボブで赤毛の生徒が、わたしを睨みつけた。目尻の上がった目が意地悪そうで、心臓がきゅっと縮こまる。

 けれど怯えている暇はないと、慌てて散らばったゴミを拾う。誰かが「素手でゴミを拾っている。惨めね」と嘲笑った。

 

「……なにこれ」


 シェリアが、画用紙を拾った。

 血の気が引く。ゴミを拾うことに気がとられていて、トビンが描いてくれた似顔絵を無意識に床に置いてしまった。

 

「あ、あの! それはわたしのもので、返してもらえませんか!」

「ふーん……」


 シェリアはしばらく絵を見ていたが、視線をわたしに移すと、口元を歪めた。

 ゾッとするものが背中を駆け抜ける。シェリアの美しい顔に、凶悪なものが混じっているように感じられてならない。


「またあなたなの? 言ったわよね。私の視界に汚いものを入れたくないと。なのに出入り口の前にゴミ箱を置いて、ガーネットに倒させるなんて。私たちに対する嫌がらせをしているわけ?」

「違います! 全然そんな……。今すぐに片付けますので!」


 ゴミを集めようとして——シェリアが画用紙を持ったままであることが、気になる。

 その絵はわたしのもので、返してほしいと言った。なのに、シェリアには一向に返す様子がない。

 心臓が嫌なふうにドクドクと音をたて、背筋に冷たいものが走る。


「あ、あ、あの、返してもらえませんか……?」

「ねぇ、みんな。この絵、どう思う?」


 シェリアが、ボブで赤毛の女子生徒——ガーネットに絵を手渡した。

 ガーネットは鼻で笑うと、隣にいる男子生徒に画用紙を回した。


「ヘッタクソな絵。信じられないほどにセンスがないわね。体に比べて頭が大きすぎるじゃない」

「んん? なになに? いつもありがとう、だいすき。って書いてあるのか? スペル間違ってるじゃん。これを書いたヤツ、アホだな」

「あなたって、やること全部が貧乏くさいのね。くだらない絵を見て、仕事を疎かにするんじゃないわよ!」

「この絵もゴミなんじゃない?」

「ウケる~! そうだ。この絵もゴミね!」

「違います!! それはゴミなんかじゃ……」


 わたしなら、いくら罵倒されてもいい。我慢できる。

 けれど、トビンの優しさを踏みにじってほしくない。トビンがどんな思いでその絵を描いてくれたのか考えると、涙が出てくる。

 言い返したい。けれどわたしは大学に雇われている清掃員。しかもバイトの身で、彼女らは良家の子女。苦情を出されて、クビにされてしまうのが怖い。

 唇を噛んで、怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった感情に耐える。


 絵が仲間内を回って、再びガーネットの手に戻ってきた。


「シェリア様。この絵、どうします?」

「その絵は、ゴミ箱から落ちたものよ。だってゴミにしか見えないもの。ガーネット、捨てて」

「やめてっ!!」


 衝動のままに、ガーネットに掴みかかる。

 ガーネットは「キャッ!」と短く叫ぶと、わたしを思いきり突き飛ばした。たまらず、転倒する。 


「なんなの、この女っ! 底辺のくせに反抗するなんて、信じられない!!」

「お仕置きが必要ね」


 シェリアはガーネットから絵を受け取ると、両手で持った。その手を前後に動かす。

 画用紙がびりっと音を立てて、ほんの少し、破れた。

 残酷な笑みを深めるシェリア。その手の動きが、止まった——。


「アルオニア様……」


 シェリアの大きな目が、さらに大きく見開かれる。

 信じられない光景に、わたしは息を呑んだ。


 ——アルオニア王子が、シェリアの手首を掴んでいる……。


 王子はシェリアから絵を取り上げると、氷のような冷たい声音で言った。


「いじめて何が楽しいの? 君と、君の友人の品格を疑う」

「なっ! なんで、こんな辛気くさい子を庇うの! 貧乏でダサくてのろまで……」

「話せば話すほど、君の品格が下がっていく。君の本性を知れて、僕はおもしろいけどね」

「っ!!」


 シェリアはわたしを睨みつけると、足早に立ち去った。仲間たちが慌てて、シェリアを追いかける。


 しんと静まり返った校内。

 大教室にいた生徒たちの姿はなく、わたしとアルオニア王子だけが、いる。




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