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 ストム少年が事件の翌朝、早くから起き出したのは、無論学校の朝礼の為ではない。学校は崩壊した。一思いに形を失った。ストムは、どうしても事の真相を突き止めなくてはならない。学校はなくなりました、ので、転校先が決まるまでおとなしく待機、とはならない。何故このような事態が引き起こされたのか、徹底的に追求しなければいけない。——が、それにしても早起きをし過ぎた。まだ朝の五時である。母親は既に父の弁当作りの為に活動を始めていた。ストムが下りてくると、「まだ寝てなさい」と言うから、従うことにする。二度寝すると、次に目が覚めたのは九時であった。とんだ寝坊である。なかなか上手くいかないものだ。普段は学内の寮で朝飯も食うから、母の焼いたトーストを頬張るのは久しぶりだ。平らげると、すぐにセーラーに着替えて、外へ飛び出す。

 ストムが外着にセーラーを選んだのは、習慣だ。決して未練がましいわけではない。母には、「友達の家に行く」と言って出てきたが、本当のところは、少し違っていた。ストムは、これから一人で、『探偵ごっこ』なるものを始める気でいた。ロロ・グラフィーバーなんて勝手な流行をつくって、二人をからかったのがいけなかったのかも知れない。すると、校舎崩壊の責任は、ストムにもあることになる。だから、この探偵ごっこは、使命感に駆られた真剣な遊びだ。時間ならば、たっぷりとある。

 ストムはまず、心当たりを浮かべてみる。昨日、逃げるために家から飛び出す直前、窓から見えた光景に手がかりを求める。あの時、ほとんどが集会所へ一目散に向かったのだが、ストムの家からちょうど真向かいの、この平屋に住むお婆さんは、逃げずに引き籠もっていたはずなのだ。だからお婆さんに聞けば、ロロロボットがどこへ消えたか分かるかも知れないと考えた。

 ストムはインターホンを躊躇無く鳴らす。この港町の住人は、ほとんどが顔見知りと言っても過言ではない。都会とは山に遮られている。隣町へは、ストムは滅多に行かない。彼の知る世間は、実家界隈とかつて堂々と存した大船のみである。

 お婆さんの方ももちろん、ストムのことを良く見知っているから、「お入り」と自然に彼を招き入れる。少年も気兼ねなく上がり込む。独特な香ばしさの漂う居間に正座する。出されたクッキーを二三口に入れると、いよいよ本題に切り込む。

「昨日、変なロボット見たよね?」

「……ロボット?」

「ほら、あのおかっぱ頭の」

「……物覚えが悪くてねえ」

 覚えが悪いも何も、あれだけの惨事なのだから、記憶に焼き付いているはずである。そう思ってストムは問いただすが、どうもお婆さんはぼんやりとしていけない。終いには、はあ、とか、へえ、としか応答しなくなった。これでは何の意義も無い。ボウルに直に重ね並べられたクッキーを全部食べ尽くすと、ストムはさっさとお暇することにした。

 他の家を当たる。——が、どうもおかしい。何軒行っても、ストムの欲するような答えを与えてくれる者はいない。それどころか、誰もが昨日の『大事件』のことを軽視しているようなのだ。街のシンボルが失われたのだぞ? とストムはいちいち突っ込んでやりたいが、皆ちっとも少年探偵の尋問に聞く耳を持たない。

 ストム少年が導き出した結論は、結局、大人は当てにならない。彼に共感し得るのは、やはり彼と同朋の子どもでなくてはならない。——朋友、グレイグの元を訪れることにする。

 グレイグは顎のしゃくれた、比較的大男である。家を訪ねると、彼自身が玄関口まで出てきた。昨日ロロロボットがやって来た時家にいたかと聞くと、集会所へ逃げていたとの返答であった。これでは解決にならない。あのロボットはどこへ消えていったのだろうと、話をするうち家の中へ誘われ、豪勢な昼餉をご馳走になった。その後、公園や図書館へ遊びに行って、延々語り合う内、日も暮れたので別れた。

 ストムはハッとする。何と言うことだ! 手がかりを一つも掴めない内に一日を終えるのは避けたいと、そう考えた。ストムは家路を辿る。辿って、家の前まで来る。が、彼の目指すのは自宅ではなく、向かいのお婆さんの家の、隣に建つ館である。この館には、気むずかしいお爺さんが住んでいる。これは傍から見れば、単なる古い二階建ての一軒家に過ぎないが、『館』などと物々しく表現するのは、ストム少年にとって、お爺さんはともすると恐ろしい存在なのである。似ても似つかぬお爺さんとお婆さんが、こうして二人並んで暮らしているとは到底信じがたい。

 ストムはこの家を訪ねる、一世一代の決心を固めようとしている。今こそ、探偵ごっこの覚悟のいかほどかを見せつける時である。お爺さんは、感じの悪い人柄で発言は辛辣、しかしはきはきとしている。だから、事本件においてのみは、お婆さんよりも優れた聞き込み対象である可能性がある。

 ストムはふうと一つ息をつき、とうとう呼び鈴を鳴らした。……応答の声は横暴である。外にも階段をドシドシ踏みしめる音が漏れ聞こえてくる。——ストムは、お爺さんの、眉間に皺を寄せたつぶれ顔を、すぐそこに目撃した。面と向かって、お爺さんは一層気色ばむらしい。何でだ? 何も悪いことしてないのに。ストムが訳も分からず一礼すると、お爺さんはふんと鼻を鳴らし、ますます尊大となる。携えた杖を、これ見よがしに地面と突っつき合わせる。どうやら自分から言葉を発するのも大儀らしい、と見当をつけたストムは、「聞きたいことがあります」ときちんと礼儀を弁えて話しかけてやった。だが、お爺さんはストムの意を介さず、やたらと憤ってみせる。

 ストムは、これだからこの人は嫌なのだ、と言う風に、呆れ顔をついやってしまう。すると、これをあざといお爺さんは見逃さない。その隙を待ってましたと言わんばかりに、老眼をひん剥いて、野鳥のように睨み付ける。少年は半分やけになる。

「お爺さん! 昨日、あのロボットが忽然と消えたことについて、何かご存じじゃありませんか?」

「やっぱり、お前じゃったか」

 お爺さんはストムが思っていたより、更にしゃがれた声で言った。ストムは聞き返すしかあるまい。

「は?」

「お前が、あの化け物を連れてきたんじゃろうが」

 お爺さんの戯れ言は、ともすると的を得ているから質が悪い。実際、少年の心はこの妄言に射貫かれてしまった。だから、縮こまる。お爺さんは鷹の眼を持つだけあって、相手の細かな挙措を見破る名人である。

「やっぱりか! お前なあ、二度と顔を見せんでくれんか」

 乱雑に扉を閉めるのも、ひ弱に衰えた腕の筋肉には、結構な手間であろう。それを惜しまずやってのけるのだから、やはりひねくれている。ストムはお爺さんの姿が見えなくなると、チッと舌打ちした。

 結局、ストム探偵の初日は何の収穫もなく終わった。ストムは自宅の食卓で、軽い夕飯を搔き込みながら、悶々とした。——探偵ごっこは、この程度の挫折には終わらない。その追求の精神は強靱なのだ。

 ストムは二階の自室のベッドに横たわると、その柔らかさに近海の揺れを感覚する。

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