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事件発生!

ジリリリリ。


ふいに、交番の電話がけたたましく鳴り響いた。

回想にふけっていた岩波は、ハッと我に返った。

…思い出に浸るなんて、俺らしくねぇな…。

自分で自分に舌打ちする。


一方の隼人はビクッと肩を震わせると、デスク越しに受話器に手を伸ばす。

その無駄のない流線型の動きに、岩波は感心した。

普通の警官に比べ、隼人は身のこなしがいい。

刑事に昇進すれば、間違いなく第一線で活躍できるだろう。


「こちらは武蔵野警察です。どうかされましたか?」


落ち着いた声で、隼人が応対した。

片手にボールペンを握り、メモの準備はバッチリだ。電話の奥からは、焦ったような、泣いているような声が洩れてくる。

何と言っているかは、岩波には聞こえなかった。

しかし、みるみるうちに険しいものに変わっていく隼人の表情から察すると、何か大変なことが起こったようだ。


「…はい。それで、現場はどうなっていますか?

怪我人などの状況は…」


相手を落ち着かせようと、隼人はゆっくり喋ることに気を配った。

警察官が慌ててしまえば、現場にいる人はパニックに陥る。

警察官にとって大事なのは、正確な情報を得てから、どう動くべきか指示することだ。


隼人のペン先が、手帳の上を素早く走る。

岩波は、その乱雑な筆跡を覗き込んだ。

なんとか読めた。


『吉駅 通り魔 3人重』


“吉駅”は“吉祥寺駅”、最後の“重”というのは、“重症”のことだろう。


そして…通り魔…。


これは一大事だ。

被害者の救出は勿論、犯人も早く取り押さえなければならない。

一刻を争う。


岩波はサッと携帯電話を取出し、本町署に連絡を入れた。

「…あぁ、麗奈か?俺だ。吉祥寺駅前で通り魔だそうだ。

…そうだよ、通り魔だ。

至急現場に刑事を送ってくれ。

…ぁあ。俺も今から行くから安心しろ」


隼人と岩波が電話を切るのは、ぴったり同時だった。「通り魔です」

隼人が告げた。


「わかってる。今、本町署にも連絡した」

岩波が答えた。

「…行くか?」


「ハイ!!」

機敏に、隼人は頷いた。

「チャリじゃ遅いっすね。俺のバイク出しますか?」


「アホ。お前と二人乗りする趣味はねぇんだよ」

岩波は、軽く部下を睨み付けた。

「俺の車で行くぞ」


一分もしないうちに、二人は黒のローレルに乗り込んでいた。

岩波が運転席、隼人が助手席。

岩波は、腰を下ろすと同時にエンジンをふかした。

バタンと扉を閉めると、アクセルを踏む。

車は、猛スピードで走りだした。


「岩波さん、シートベルトしてないっすよ」


隼人が驚いた顔で岩波を見る。


「良いんスか?刑事が道路交通法を無視しても」


「細かいことネチコチ言うなよ」

岩波は涼しい顔だ。

「要するに、事故を起こさなきゃいいんだろ?」


確かに。

事故さえ起きなければ、シートベルトという窮屈なものは要らない。

しかし…。


隼人は苦笑いした。

このローレルは、あちこちへこみ、傷が付いている。岩波は、今まで相当に危険な運転をしてきたに違いない。


「奥さんと娘さん…この車、乗ります?」

隼人は何気なく聞いてみた。


「いや、乗らねぇな。

この間の連休も、せっかく俺がドライブに連れてくって言ってやってるのに断るし…

このローレルが古いモデルだから嫌がってるんだろ。女ってのは、贅沢な生き物だよ、全く…」


…嫌がってるのは、車じゃなくて岩波さんの運転だと思います。


心の中で、隼人は訂正しておいた。


車は、レースカー並の早さで走った。

信号にぶつかると、前につんのめる程の急ブレーキがかかる。

めったに車に酔わない隼人でさえ、胸がムカムカしてきた。

これで一回もスピード違反になったことが無いというのだから、岩波は相当な運の持ち主なのだろう。


車はやがて、駅に続く大通りに飛び出した。



「きゃあああぁっ!!」

「早く救急車を呼んで!早く!!」

あちこちで悲鳴が上がっている。


いったい何が起こったのだろう?


サークルから帰ってきたヨーコは、電車から降りてきたばかりの、困惑した人の群れに混じっていた。駅ビルの中は人々でごった返し、まるで元旦の神社のような渋滞を引き起こしている。

吉祥寺に長く住んでいるヨーコでも、こんな事態は経験したことがない。


やっとのことで駅ビルの一階―――花火の広場と呼ばれる空間―――に降りると、そこには更に信じられない光景が広がっていた。


いつもは人々が行き交ったり、休憩したり、待ち合わせをしたりしている広場は、様変わりしていた。

あちらこちらで呻き声や泣き叫ぶ声がする。


ヨーコは、泣き声を上げている一団の一つを、チラッと見た。


そして、恐ろしい真実を知った。



野次馬や友人たちに囲まれて、血まみれの男性が力なく横たわっている。

胸を刺されたらしく、だらんとした手が虚しく傷を押さえていた。

血は止まっておらず、広場の床に赤く広がっている。


ヨーコは、あまりにショッキングな光景に、思わず口をふさいだ。

見渡すと、同じように傷を負って倒れている人が沢山目に入ってきた。


取り囲む人たちは騒然とし、あるいはパニックに陥って悲鳴を上げている。


「ケンイチ、しっかりしろ!!」

「お願い、目を開けてぇっ!」

「早く、はやく誰か救急車を…!!」


小さい子が恐がって泣きじゃくるのも聞こえる。


そんな中、ヨーコは広場に駆け込んできた人物に目を吸い寄せられた。


長身、黒い髪、綺麗な横顔、まっすぐな表情…。


見間違えるはずもない。

だって、彼はヨーコが大好きな人だから。

ヨーコを安心させてくれる人だから…。


「隼人!!」

ヨーコが叫んだ。


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