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番外編〜事件後夜-3



「ひとまず、一件落着…か?」


 ヨーコと優也のやりとりを、岩波と拓人も見つめていた。事情聴取をしていたのだが、騒ぎを聞き付けて飛び出してきてしまったのだ。


 一時はどうなることかと思われたが、今はヨーコも優也も、床に座り込んで静かに泣くばかり。もう、お互いに掴み合ったりする気配は無い。


 岩波は安心したかのように、長い溜め息をつく。



 ───桐原ヨーコ、か…。すぐ泣く奴だが、頑固で気が強そうだな。さすが、隼人の彼女。


「お前を一人前の刑事にするのか…面白そうじゃねえか」

 岩波は不敵に笑い、いきなり拓人を振り向いた。

「今の騒動、聞いてたか?」



「聞きたくなくても、聞こえるよ」

 拓人が肩をすくめる。

「あんなに大きな声で泣き叫んだら、さ」



「──お前も、坂上優也と一緒なんだな」

 岩波が言った。

「従弟を殺されたが、犯人が見つからない。そのぶつけ所のない憎しみを、通り魔事件を起こすことで晴らした。…違うか?」


 岩波には自信があった。今日は、最初からこの方向に話を進める気でいたのだ。拓人が黙秘し続けたせいで、大分手間取ってしまったが。



 しかし、拓人の答えは、岩波を心底驚かせた。



「ちげーよ」

 少年が呟いた。

「俺が憎んでるのは、祐太を殺した犯人よりも…親だ…」





 陽の当たる窓際。


 そこに椅子を置いて、エレナは腰を下ろした。


 彼女の視線の先には、様々な管に繋がれた、愛しい人が眠っている。


 綺麗な横顔。

 黒い、真っ直ぐな髪。

 凛々しい目元、愛らしい唇───…


「はやと」

 エレナは、微笑んで呼び掛けた。


 勿論、彼が答えることはない。三日前に胸を撃たれてから、隼人は眠り続けている。今も、そしてこれからも。


 静かなはずの病室に、機械的な音が、ピッ…ピッ…と規則的に刻まれている。それが、隼人の心臓が動いていることの、ただ一つの証だ。エレナとヨーコが、最初の夜、今にも止まってしまうのではないかと恐れた音。けれど今日は、この音がなんだか嬉しい。


「生きてるもんね、隼人は…」

 エレナは、そっと呟いて隼人の頬に手を当てた。

「あったかい…」

 思わず、顔がほころんでしまう。彼が、傍にいるだけで───。

 

「そういえば、ヨーコは大丈夫かなぁ…」

 隼人を見つめながら、エレナは首を傾げた。

「すぐ戻ってくるって言ったのに。…まぁ、いっか」

 

 ───今だけ。隼人を、独り占めにしちゃおっと。



 エレナはクスッと笑い、隼人の枕の横に、自分の頭を乗せた。黒髪とミルクティー色の髪が、優しく触れ合う。


 …ずっと昔。幼かった二人は、毎日こうしていたことがあった。日だまりの中で、共に生きている幸せを噛み締めながら、暖かい光を浴びていた…。懐かしさに、エレナの胸がきゅうっと締まる。


「ヨーコ…今だけは許してね──」


 空中に囁くと、エレナは目を閉じた。



 木漏れ日が、蝉時雨と共に、眠る二人を見守っていた…。




「親が、憎いのか?なぜだ?」

 暗い聴取室に戻った途端、岩波が目を細めて拓人を問いただした。

「説明しろ」


「やだね」

 拓人は、パイプ椅子の上であぐらをかく。


「説明しろ」

 もう一度、岩波が言った。強い口調だ。


「やだね!」

 拓人が大声で言い返す。またもや、二人の間で睨み合いが始まった。



「よし。じゃあ、保を呼んでこよう」

 岩波が書類をデスクに叩きつけた。

「そうすれば、お前と親の関係もわかるしな」


 祐太が眉根を寄せる。

「なんだよ、それは」


「文句あるか?」

 岩波が拓人を睨み付ける。

「お前がこのまま何も言わなければ、俺はお前の親も呼び付けるぞ…」


「何だよ!俺を脅してんのかよ!」

 少年が怒鳴り、立ち上がった。ガターン、と椅子がひっくりかえった。


「あぁ!脅しだよ!」

 岩波もバン、とデスクを叩いて立ち上がる。

「どんな手を使おうと、俺は聞き出すからな。お前が、どうして凶行に走ったのか」


「そんなこと、どうでもいいだろ!」

 拓人が喚き散らした。

「俺が通り魔事件の犯人だよ!それでいいじゃんか!理由なんてどうでもいいだろ!」


「どうでもよくねぇんだよ!」

 岩波が怒鳴る。

「理由が、一番大切なんだ!お前が過ちを繰り返さない為にはな!」


「意味わかんねぇよ!」  拓人がパイプ椅子を蹴った。


「俺が言っている意味がわからないのなら、お前は幼稚園児だな。庄司拓人」

 刑事の鼻息が荒くなった。

「俺たち刑事はな。犯人捕まえるだけが仕事じゃねえ。同じような事件を、“繰り返さない”ようにするのも仕事だ」


「…」



「───今話したくないなら、それはそれでいい」

 岩波は息をついて、再び椅子に腰を下ろした。

「だがな、俺はしつこいぞ。お前が話すまで、待ち続けるからな」


「…」

 拓人は、ただ、岩波を睨み付けていた───。


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