番外編〜事件後夜-3
「ひとまず、一件落着…か?」
ヨーコと優也のやりとりを、岩波と拓人も見つめていた。事情聴取をしていたのだが、騒ぎを聞き付けて飛び出してきてしまったのだ。
一時はどうなることかと思われたが、今はヨーコも優也も、床に座り込んで静かに泣くばかり。もう、お互いに掴み合ったりする気配は無い。
岩波は安心したかのように、長い溜め息をつく。
───桐原ヨーコ、か…。すぐ泣く奴だが、頑固で気が強そうだな。さすが、隼人の彼女。
「お前を一人前の刑事にするのか…面白そうじゃねえか」
岩波は不敵に笑い、いきなり拓人を振り向いた。
「今の騒動、聞いてたか?」
「聞きたくなくても、聞こえるよ」
拓人が肩をすくめる。
「あんなに大きな声で泣き叫んだら、さ」
「──お前も、坂上優也と一緒なんだな」
岩波が言った。
「従弟を殺されたが、犯人が見つからない。そのぶつけ所のない憎しみを、通り魔事件を起こすことで晴らした。…違うか?」
岩波には自信があった。今日は、最初からこの方向に話を進める気でいたのだ。拓人が黙秘し続けたせいで、大分手間取ってしまったが。
しかし、拓人の答えは、岩波を心底驚かせた。
「ちげーよ」
少年が呟いた。
「俺が憎んでるのは、祐太を殺した犯人よりも…親だ…」
*
陽の当たる窓際。
そこに椅子を置いて、エレナは腰を下ろした。
彼女の視線の先には、様々な管に繋がれた、愛しい人が眠っている。
綺麗な横顔。
黒い、真っ直ぐな髪。
凛々しい目元、愛らしい唇───…
「はやと」
エレナは、微笑んで呼び掛けた。
勿論、彼が答えることはない。三日前に胸を撃たれてから、隼人は眠り続けている。今も、そしてこれからも。
静かなはずの病室に、機械的な音が、ピッ…ピッ…と規則的に刻まれている。それが、隼人の心臓が動いていることの、ただ一つの証だ。エレナとヨーコが、最初の夜、今にも止まってしまうのではないかと恐れた音。けれど今日は、この音がなんだか嬉しい。
「生きてるもんね、隼人は…」
エレナは、そっと呟いて隼人の頬に手を当てた。
「あったかい…」
思わず、顔がほころんでしまう。彼が、傍にいるだけで───。
「そういえば、ヨーコは大丈夫かなぁ…」
隼人を見つめながら、エレナは首を傾げた。
「すぐ戻ってくるって言ったのに。…まぁ、いっか」
───今だけ。隼人を、独り占めにしちゃおっと。
エレナはクスッと笑い、隼人の枕の横に、自分の頭を乗せた。黒髪とミルクティー色の髪が、優しく触れ合う。
…ずっと昔。幼かった二人は、毎日こうしていたことがあった。日だまりの中で、共に生きている幸せを噛み締めながら、暖かい光を浴びていた…。懐かしさに、エレナの胸がきゅうっと締まる。
「ヨーコ…今だけは許してね──」
空中に囁くと、エレナは目を閉じた。
木漏れ日が、蝉時雨と共に、眠る二人を見守っていた…。
*
「親が、憎いのか?なぜだ?」
暗い聴取室に戻った途端、岩波が目を細めて拓人を問いただした。
「説明しろ」
「やだね」
拓人は、パイプ椅子の上であぐらをかく。
「説明しろ」
もう一度、岩波が言った。強い口調だ。
「やだね!」
拓人が大声で言い返す。またもや、二人の間で睨み合いが始まった。
「よし。じゃあ、保を呼んでこよう」
岩波が書類をデスクに叩きつけた。
「そうすれば、お前と親の関係もわかるしな」
祐太が眉根を寄せる。
「なんだよ、それは」
「文句あるか?」
岩波が拓人を睨み付ける。
「お前がこのまま何も言わなければ、俺はお前の親も呼び付けるぞ…」
「何だよ!俺を脅してんのかよ!」
少年が怒鳴り、立ち上がった。ガターン、と椅子がひっくりかえった。
「あぁ!脅しだよ!」
岩波もバン、とデスクを叩いて立ち上がる。
「どんな手を使おうと、俺は聞き出すからな。お前が、どうして凶行に走ったのか」
「そんなこと、どうでもいいだろ!」
拓人が喚き散らした。
「俺が通り魔事件の犯人だよ!それでいいじゃんか!理由なんてどうでもいいだろ!」
「どうでもよくねぇんだよ!」
岩波が怒鳴る。
「理由が、一番大切なんだ!お前が過ちを繰り返さない為にはな!」
「意味わかんねぇよ!」 拓人がパイプ椅子を蹴った。
「俺が言っている意味がわからないのなら、お前は幼稚園児だな。庄司拓人」
刑事の鼻息が荒くなった。
「俺たち刑事はな。犯人捕まえるだけが仕事じゃねえ。同じような事件を、“繰り返さない”ようにするのも仕事だ」
「…」
「───今話したくないなら、それはそれでいい」
岩波は息をついて、再び椅子に腰を下ろした。
「だがな、俺はしつこいぞ。お前が話すまで、待ち続けるからな」
「…」
拓人は、ただ、岩波を睨み付けていた───。