番外編〜事件後夜‐1
「岩波サン!聞いちゃったんだけどさー」
事情聴取の為に狭い部屋に入れられた途端、その少年──拓人は、馴々しく岩波に質問を浴びせた。
「あの隼人って警察官、撃たれちゃったの!?死んじゃった、ってホント?」
「バカヤロー!」
岩波が一喝した。
「縁起悪ぃこと言うんじゃねぇっ。あいつは、生きてるぞ!」
「あ、じゃあ撃たれたってのはホントなんだ」
拓人は、岩波の言葉を無視するように呟いた。
「人生、何が起こるかわかんないねェ」
「まったくだ」
岩波がイライラと言う。
「突然、お前に刺し殺されたヤツもいるしな」
通り魔事件から、三日。
不良の喧嘩騒動もあり、本町署はなかなか落ち着かなかった。何しろ、警察官の一人が撃たれたのだ。一部のマスコミまでもが本町署に押し掛けたので、拓人の事情聴取は今日が初めてとなる。
「庄司拓人。お前は、殺人及び殺人未遂の容疑にかけられている」
デスクに向かい合って座り、岩波は機械的に書類を読み上げた。
撃たれる一時間ほど前に、隼人が用意していた書類。そう思うと、何だか胸が締め付けられる。
「ねぇねぇ。俺が殺したの、ブルーシャークのリーダーだったんだって?」
またもや、拓人が質問を浴びせてきた。
「おっどろいたなぁ。アイツ、俺を止めようと飛び出してきたんだぜ。そんな道徳的なヤツが、まさかブルーシャークだとはねー」
「お前にブルーシャークをけなす資格は無いぞ」
岩波はフン、と書類をめくる。
「少なくとも、ブルーシャークは無差別に人を殺したことはなかった」
「…」
自分のことを言われているのだと気付き、拓人が少し押し黙った。
拓人は、吉祥寺郊外に住む資産家の息子だ。しかし、裕福だからといって、決して幸せな生活を送ってきた訳ではなかった。
数年前に、従弟が何者かに殺されたのだ。
警察はレッドイーグルが犯人ではないかと疑った。岩波が隼人と知り合ったのも、彼を犯人ではないかと考えたからだ。しかし、レッドイーグルは全くの無関係だった。犯人は、今も見つかっていない。
その事件は、暗く拓人に影を落としていた。
「お前。身内を犯罪で失う辛さは、知っているだろう?」
岩波が言った。
「どうして、そんなお前が通り魔なんてした?」
「…」
拓人は、先ほどまでの馴々しさとは一転して、鋭く岩波を睨み付けた。
負けじと岩波も睨み返す。
痛いほどの静寂が流れた…。
*
本町署のフロアの片隅でも、もう一つの睨み合いが続いていた。
「だからぁ、兄貴の仇をうつ為だったんだってば!」
叫んでいるのは、坂上優也。ブルーシャークのメンバーだ。
同じくブルーシャークの兄が二人いたが、訳あって、どちらも殺されてしまった。それだけ聞けば、優也は何とも可哀想な境遇の持ち主に思えるだろう。
しかし、優也は隼人を撃った張本人なのだ。
「拳銃を持ち出したのは、兄貴の仇をうつ為だよっ。あの警察官を撃つ為じゃない」
「どんな目的であろうと、罪は許されないのよ!」
向かい合って座っていたマドンナがピシャリと言った。
…といっても、ここは聴取室ではない。あくまでも、他の刑事たちも仕事をしているフロアの片隅。思いっきり怒鳴ることはできない。
本町署は小さい部署なので、ワンフロアに一つしか聴取室がない。そこを岩波が使っているため、マドンナはこの辺鄙な場所で聴取を行っている。
もっとも、マドンナは意図的に岩波に聴取室を使わせた。岩波が大声抜きに聴取ができるとは思えなかったのだ…。
「あなた、全く反省してないようね」
マドンナが冷たい声で優也に言った。
「何を反省することがあるんだい?」
優也は、フフンと鼻で笑ってみせる。
「結局、ボクが撃った警察官が哲也兄ちゃんを殺してたんじゃないか。最高の“仇討ち”になったよ」
「仇討ちなら、人を殺してもいいっていうの?!」
マドンナは、グッと大きな目を見開いた。長い睫毛が、その瞳を強調する。
「それに、坂上哲也が亡くなったのは事故だったのよ。隼人くんは正当防衛が認められたわ」
「だったら何だっていうんだ!?」
優也が声を荒げ、立ち上がった。
「事故だろうが何だろうが、関係ない!兄貴は殺されたんだ!」
フロアにいた刑事たちが、優也の大声に驚いて、視線を向けてくる。
それでも、優也は叫び続けた。
「犯罪で家族を亡くす辛さを、刑事さんは知らないんだ!!ボクの気持ちなんか、わかりっこないだろう!?」
「生憎だけれど」
マドンナもが立ち上がった。
「私たち刑事に、あなたの気持ちを理解する義務は無いのよ。どんな理由であろうと、罪は罪。逃げることなんて、出来ないのよ!」
結局、岩波と変わりなく、マドンナも怒鳴り声を上げてしまった。
優也とマドンナの間に、バチバチと火花が散る。
刑事たちは、仕事の手を止めたまま、ハラハラと二人を見ていた。
その時。
「こんにちはー…」
小さな声と共に、フロアの入り口に人影が立った。シーンと静まり返っているフロアを覗き込みながら、入るのを躊躇しているようだ。
「あら」
マドンナが、その人影に気付いた。
「桐原さんじゃないの。いらっしゃい」