エピローグ 〜三度目の夏へ〜
「はやとー。ただいまー」
バーンと大きな音を立て、ヨーコが病室の扉を開けた。
明るい春の日差しが、柔らかくベッドを包み込んでいる。その中で眠り続ける隼人は、惚れ惚れとしてしまうほど、綺麗な横顔をしていた。
勿論、隼人がヨーコに笑って返事をすることは無い。あの事件から三年経とうとしている、今も。
けれど、病室に来た人は皆、必ず隼人に話し掛ける。目覚めている人間に話すのと、同じように。
「隼人みたいな状態の人でも、声は聞こえてる事があるんだって!」
と、介護士になったエレナが嬉しいニュースを持ち込んだからだ。
と言っても、ヨーコとエレナは、そのニュースを聞くずっと前から、隼人に話しかけ続けている。彼の目蓋や指先が、呼び掛けに応えるように、小さく動くことがあるからだ。
そんな小さな反応を見つけたとき、二人の少女──いや女性は、とても幸せな気持ちになる。
病室には、ヨーコの大好きな音楽──ムーン・リヴァーが流れている。切なくなるようで、けれど優しい旋律。隼人も、大好きだった響き。
今日は、エレナは仕事が忙しく、来れないという。因みに、彼女が働く介護施設では、昔のレッドイーグルのメンバーも勤務している。臼井もその一人だ。今では、一児の父親でもある。
隼人の夢は、レッドイーグルだけでなく、ブルーシャークにまで影響を及ぼした。勉強して大学に行った者もいれば、実家と仲直りして家業を継いだ者もいる。
その影には、いつも一人の頑固な刑事の姿があるのだが、これはヨーコの知らないことだ。
ヨーコも、無事に刑事となった。
つい三日前には、警察庁長官の息子が誘拐された事件を解決に導いた。勿論、持ち前の(?)ドジっぷりで、ミスもしてしまったのだが…。
「隼人。あのね」
ヨーコはスーツ姿のまま、ベッドの端に腰掛けた。
「今日、マドンナに褒められちゃった。『桐原さんは泣き虫だけど、やることはやるじゃない?』って。あたし、そんなに泣き虫かなぁ」
そっ、と指で隼人の頬を撫でる。三年間、変わらない彼女の仕草。
「でもね、岩波刑事ったら、なーんにも言ってくれないの。それどころか、『全然なってないぞ、桐原』だって。厳しいんだからっ」
隼人が、何となく笑ったように見えた。
けれど、それはもしかしたら、春の光が見せる、幻だったかも知れない。
「あとね…」
ヨーコは、隼人を撫でる手を一瞬止めた。
「誘拐事件の時、あたしを助けてくれた泥棒、いたでしょう?なんかムカつく奴だったけど。
彼に、色々考えさせられた気がするの。正義って何か、とか…───難しいよね」
窓の外で、はらはらと桜が散った。
うららかで、閑かな日だまり。
だんだんと、これから夏へと変わっていく空気。
BGMのムーン・リヴァーが、最後の盛り上がる旋律を奏で始めた。
「隼人…」
ヨーコは、呟いた。
「…愛してるよ…」
それは。
あの日、蝉が鳴き盛る中で隼人が言ってくれた言葉。
返してあげられなかった言葉。
そして、三年間、毎日ヨーコが囁く言葉…。
ヨーコは、そっと隼人の綺麗な手を握った。
───もうすぐ。
夏が来たら…
あなたが眠って、
三年になるね。
この三年は、長かった。
毎日、あなたが目覚めるのを待ってた。
でもね。
それは、これからも変わらないよ。
ずっとずっと、
待ってるから。
あなたが、もう一度。
あたしに笑いかけてくれる日を。
待ってるから。
ずっとずっと、
大好きな、
あなたの傍で───。
Mr.Justice episode0
〜夏の盛りに〜 END
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こんにちは。奥山メイです。この話をもって、『〜夏の盛りに〜』は完結しました。
最初は一編の番外編として始まったこの物語。途中で長い休載期間があったにも関わらず、ここまで沢山の方々に読んで頂けたことに、本当に感謝しております。
もの悲しい展開で終わってしまったので、『バッドエンド』と解釈される方も多いかもしれません。
けれど、ヨーコちゃんと隼人くんの物語は『Mr.Justice〜真実と現実〜』に続いていきます。刑事になったヨーコちゃん、介護士になったエレナちゃん、岩波さん、そして新しい仲間達。新たな展開や恋に繋がっているので、お時間がありましたら目を通してみて下さいね。
『Mr.Justice〜真実と現実〜』は、近いうちにepisode2連載開始です!
ただ、まだ解決していないことが。罪を犯してしまった拓人くん・優也くんのことです。
勿論、この二人を放っておく訳にはいきません。明日からは『〜夏の盛りに〜』の続きとして、ヨーコちゃん達のエピソードを混ぜながら、二人の少年についての番外編を描きます。二人の少年を、最後まで見守って頂ければ幸いです。
それでは、これからも、どうぞ宜しくお願い致します!!
2010年2月21日
奥山メイ
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