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ささやかな喜び


「ただいまぁー」


叫ぶなり、ヨーコは鞄を玄関先に放り投げて、家に駆け込んだ。

家の中には、誰もいない。

両親は共働きをしていて夜遅くまで帰ってこない。

1つ上の兄は、今年から一人暮らしだ。

ヨーコはそれでも、毎日「ただいま」と言う。

幼い頃から身についてしまった習慣は、なかなかとれるものではないのだ。


今日は、隼人の仕事が早く終わる日。

なぜって、ヨーコの誕生日だから。

ヨーコが1人で誕生日を迎えることになりそうだと知った隼人は、両親が帰ってくる夜9時前まで、2人でパーティーをしていようともちかけてくれた。

だから、ヨーコは楽しみでたまらない。


…隼人が尋ねてくるまでに、家の中を片付けておかなくっちゃ。


ヨーコはてきぱきと、準備を始めた。

家中くまなく掃除機をかけ(傍から見れば乱雑に)、窓を磨き(傍から見ればガラスを割りそうな勢いで)、散らかったものをパパッと片付ける(実は見えないところにグチャグチャに突っ込んだだけ)。


家が綺麗になったところで、ヨーコはふう、と息をついた。

あと、何か準備しておくものはないか。

食べ物は、お母さんがターキーを冷蔵庫に入れておいてくれたから大丈夫。

レンジでチンすれば、すぐに食べられる。

隼人には物足りないかも知れないが、シャンメリーもある。

お父さんのワインラックにはウォッカが入っているが、強すぎて隼人ですら、とても飲めそうにない。

あとは…。



…私が、準備しなきゃ…。

メイクもいつもより念入りにしたい。服も、可愛いものを着たい。


隼人に会うことを考えるだけで、ヨーコは嬉しくも気恥ずかしくもなってしまうのだった。



「おっ、隼人今日は早上がりか」

松田が声をかけた。

「ハイ。大事な日なんスよ」とびきりの笑顔で隼人が答えた。

制服から、楽なTシャツとジーンズに着替える。

Tシャツは、ヨーコが選んでくれたものだ。

真っ白な生地に、金のインクで飛行機のイラストが描かれている。

飛行機の後ろには真っすぐのびる飛行機雲。

『飛行機と雲って、隼人みたい』

ヨーコは、そう言っていた。

『力強くて、真っすぐで。隼人そっくり』

そうかなぁ、と隼人は照れた覚えがある。


…それは、どちらかというと、俺じゃなくて…。


とにかく、このTシャツは大切な日だからこそ着る、お気に入りなのだ。

「大事な日って何だい?」松田がにやけながら聞いてきた。

「彼女の誕生日かなんか?」

「おっ、松田くん勘良いですねぇっ」

隼人は感心した。

松田はフフン、と胸をはる。

「男にとっての大事な日なんて、大体がソレさ…で、どうなの?隼人の彼女。

お前のことだから、選んだ彼女はべっぴんさんなんだろっ?」

隼人は、大きく頷いた。

「俺にとっては、世界一可愛いです」

「おおっ!いいねぇいいねぇ!!隼人、オトコマエっ!」

松田が誉めはやした。

ヨーコのことを考えると、隼人はでれっと照れてしまう。

どうして彼女をこんなに好きになったのか、それは隼人にもよくわからない。

今まで付き合ってきた女性は、みんなエレナのようなタイプだった。

けれど、警察官になり、ヨーコを一目見た瞬間、全てが隼人の中で変わったのだ。

特に美人という訳でも、気立てがいいという訳でもないヨーコ。

しかし、彼女の無垢で飾らない笑顔は、隼人を奥底まで照らしだした。

まるで、今日の太陽のように…。


「じゃ、あがります」

松田に別れの挨拶を告げ、自転車にまたがった。

昔はバイクに乗っていたものだが、今は自転車が心地よい。

朗らかな気分で、隼人はペダルを漕ぎ、風を切った。


「何だとぉ!!」

ガッシャーン。


グラスが床に叩きつけられた。

中に入っていた赤ワインがこぼれ、白い床に血のように広がる。

キレている男を取り囲む仲間達は、恐ろしさに一歩ひいた。


ここは、廃墟となった小学校の理科室。

薄暗い中に、使われなくなってドロドロになったフラスコや人体模型が、うっすら見える。


「酒井!もういっぺん言ってみろ!」

椅子に座る、スキンヘッドのボス的人物――臼田が、怒鳴り声を上げていた。

酒井と呼ばれた、グリーンの髪のひょろい男は、冷や汗を大量に流しながら、必死に弁解しようとしている。

「西公園界隈を…う、奪われましたっ」

「誰に!?」

臼田が唾を飛ばしながら叫ぶ。

目は見開き、今にも飛び出てしまいそうだ。

「ひっ」

酒井が悲鳴を上げて後退りしたが、周りの仲間達に押し戻された。

「誰が西公園を奪ったんだ!?」

臼田が怒鳴り散らした。

あまりの大声に、仲間達はみな縮み上がり、半分割れてしまったような窓がビリビリと音を立てた。

「…ブルーシャークの奴らです」

酒井が告げた。

「ブルーシャーク!?」

臼田が聞き返す。

「奴ら、戻ってきやがったか。この界隈に…」

エレナは緊張した面持ちで、ボスを見つめた。

彼が今、何を考えてるのか、エレナには解るような気がした。

「隼人を呼び戻せェ…」

臼田がうなった。

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