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『家族』の決断

 *


 病室には、すでに岩波と由布子が椅子に座って待機していた。


 由布子の目は赤く、泣いていたのが見て取れる。恐らく、ヨーコ達と同じ説明を受けたのだろう。彼女は無言で、入ってきた娘を抱き締めた。


 岩波は、厳しい目で隼人を見ているばかりだ。エレナは、そっと岩波の隣に腰掛ける。


 雰囲気は、かなり重い。しかし、この病室にいるのは、みんな隼人を愛する『家族』だった。




 隼人が、きちんとしたベッドに移された後、医者は話し始めた。


「先程も説明しましたが、この状態のまま三年が経過しますと、『植物状態』となります」


「はい…そう伺いました」

 礼儀正しく、由布子が答えた。


「それで、ですね…」

 医者が眼鏡を光らせた。

「岩波さんは、職業柄ご存知でしょうが…『植物状態』の人間には、ある権利が生まれます」


「権利?」

 エレナが怪訝そうに首を捻る。

「意識の無い人間に、何の権利が生まれるの?」


「それは」

 医者は、ちょっと言い辛そうに息をついた。

「『死ぬ権利』です」




 びくん!!


 ヨーコが目を見開き、大きく震えた。今の彼女にとって、『死』という言葉は余りに残酷に響く。まるで、目の前に横たわっている隼人が、砂となって消え去ってしまうような感覚。



「『尊厳死』という言葉があります」

医者が言った。

「機械に繋がれたまま生きるよりも、人間らしく死ぬのを選ぶことを言います。その場合、本人かご家族の意思表示が必要となります」


「…」



「彼は、」

 医者は、眠る隼人をチラリと見た。

「これまでに意思表示をしていません。ですから、もし三年経って、『尊厳死』を望まれる場合は、皆さんが意思表示して頂く形になります」



「私たちが、隼人くんの生死を決める───という事ですね?」

 由布子が呟いた。


「そうです」

 医者が答える。

「いざその時になると、答えは以外に出ないものです。念のため…予め相談されておくことをお薦めします」



 それは、隼人の『家族たち』にとっては、余りに重い宣告だった。



 人の生死を、他人が決める。その責任は、ズンと四人にのしかかった。






「隼人を、死なせたりなんかしない…」


 医者が出ていってしまった後、ヨーコが言った。小さいけれど、はっきりとした言葉で。



 病室の窓からは、銀色の月の光が差し込んでいる。今日は満月。いつもより強い光は、病室中を照らしだす。



「あたしも…」

 エレナが同意した。

「隼人を殺すなんて、出来ない…」



 難しい問題。

 隼人の『尊厳』を選ぶのか、それとも『命』を選ぶのか。



 しかし、二人の少女の決断は、最初から決まっていた。



「もし」

 岩波が、表情を変えないまま言った。

「隼人の世話を苦痛に感じたら、どうする気だ?」


「…」


「植物人間ってのはな。死んでないんだよ。呼吸もすれば、勿論栄養だって必要とする。髪を切ったり、身体を洗ってやったり、排泄だって面倒をみなきゃいけない。それを、一生続ける覚悟があるのか?」


「あるわ」

 真っ先に答えたのは、ヨーコだった。涙を拭い、真っ直ぐな瞳で岩波を貫く。

「隼人の為なら、何だってする」


「口で言うのは簡単だ」

 岩波が冷たく返した。

「お前、将来は仕事につくだろう?誰かと結婚するかも知れんだろう?それでも、隼人の面倒を見てやれるのか?」


「出来るよ」

 今度答えたのは、エレナだった。

「あたしは、一度死ぬことまで考えた…。でも。それを思えば、この世で出来ないことなんて無いよ」

 それから、病室を見回した。

「それに、一人で介護する訳じゃ無い。四人…ううん、もっともっと、隼人を大切にしてる人が沢山いる」



「だから、隼人を殺さないで…」

 ヨーコが、必死に言った。



 二人の少女の説得で、ついに岩波は納得したようだ。

「お前らに、それだけの覚悟があるなら。…俺は、それでいい」


 ───隼人を、息子のように愛しているから。


 初めて公園で会った時から、ずっと。


 そして、きっと、これからも…。



「私は、仕事であまり協力出来ないかもしれないけど」

 由布子が、最後に話しだした。

「でも、出来る限りのことはするわ。もしかしたら───三十年後に、隼人くんが目覚めるかも知れないし、ね。奇跡を信じて、やってみましょう」




 『家族』全員が、同じ意見に達した瞬間だった。




 月は、優しく病室を見守っていた。


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