厳しい宣告
手術室に入るとき、各々にマスクとヘアキャップが配られた。それをきちんと身につけてから、奥へと踏み入る。
手術台とは離れたところに、三台のストレッチャーがあった。その一台に、隼人が横たわっている。
皆は、無言で彼を取り囲んだ。
いつも通りの、綺麗な横顔。黒く真っ直ぐの髪。けれど、彼は今、人工呼吸器をつけられ、様々な管に繋がれている。その痛々しい姿を初めて目にしたヨーコは、ハッと息を呑んだ。
「はやと…」
呼び掛けても、彼は答えない。いつもは、すぐにニッコリして答えてくれるのに…。
「酷なことを言うようですが」
医者が、静かに言った。
「彼は、このまま目を覚まさないかもしれません」
「!」
一同が、揃って医者を見つめた。
「どういうことですか」
尋ねる松田の声が、擦れていた。
「…隼人は、死ぬんですか」
「やめてぇ!!」
ヨーコが叫び、床に崩れ落ちた。
「やだぁ…そんなの、いゃぁ…」
エレナも、床がガラガラと崩れ落ちていくような感覚を覚えた。
「そんな…」
呟くと、キッと医者につかみかかる。
「ちょっと!あんた、ちゃんと隼人のこと手術したの!?医者でしょっ?隼人を助けてよっ!!」
「立川さん!」
マドンナが叫び、エレナを後ろから抱きしめて、医者から引き離した。
「まだ、お医者様の話は終わってないわ。最後まで聞きましょう」
「…」
エレナは、唇を噛み締めながら、医者から手を離した。
医者は、このような扱いには慣れているようだ。特に気分を害したふうでもなく、説明を続ける。
「彼は、死にはしませんよ。ただ、目を覚まさないかも知れない、というだけです」
…誰も、何の反応も示さない。
というより、医者の言った意味が解らないのだ。
「こういえば、解りやすいでしょうか」
医者はカルテを確認しながら言った。
「彼の場合、出血が非常に多かったので、脳に供給される酸素量が激減してしまったんですね。それが原因で、今、彼の脳は正常に働いていない。
呼吸・消化などは自力で出来ますが、動いたり話したりは出来ません」
淡々と語られる、隼人の状態。
「それって…つまり、『植物状態』って言うんじゃないの?」
マドンナが、小さな声で言った。
「何度か聞いたことがあるわ…」
「そうお考え頂いて結構です」
医者が言った。
「正確には、この状態が三年以上続いて、初めて『植物状態』といいます。
それまでは、意識を取り戻す可能性も大いにあります」
「…」
誰もが、無口だった。隼人の綺麗な顔を見ていると、医者の言ったことが全て嘘なのではないかと思えてくる。彼は、今にも冗談を言いながら起きてきそうだった。
しかし、現実は受けとめなければならない。これからのことを考えなければ、未来は開けないのだ。
「彼は、心拍数も落ち着いてきているようなので、これから病棟に移します。
ご家族の方は、重要な話がありますので、ついてきて下さい。それ以外の方は、申し訳ありませんがお引き取り下さい」
その機械的な台詞を聞いて、一同は困って目を見合せた。
隼人に、家族がないからだ。本来なら、ついていく資格のある人間はここには居ない。
しかし…。
「あたし、行きます」
エレナが静かに言った。
「桐原さんと一緒に」
泣きじゃくるヨーコは、エレナに無理矢理立たされた。