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伝えたいこと

「返事しろ!隼人!」


 岩波の怒鳴り声は、公園中に響き渡った。



 ────うそ。



 エレナは、何も考えられなかった。目の前の光景が、信じられなかった。



 岩波の腕に上半身を抱きかかえられ、地面に倒れている、大好きな人。


「はやと…───?」


 身動き一つしない彼の胸から、血が流れだしている。その赤が、エレナの眼を焼いていく。



「隼人!はやと!」

 岩波は、隼人に必死に呼び掛ける。彼の綺麗な横顔は、どんどん血の気を失っていく。代わりに、撃たれた胸の傷から流れる血は、止まりそうにない。


「早く!誰か、救急車を呼べ!」

 叫んだのは、臼井だった。大声でレッドイーグルに指示を飛ばす。


「ハイ!」 レッドイーグルが慌てて、携帯を引っ張りだした。ある者は、自分のシャツを引き裂いて岩波のもとに駆け寄る。

「刑事さん!早く止血して!」


「あ、ああ!」

 岩波は返事しながらも、動転していた。パニックだ。何をしていいか、わからない。

 覚えているのは、隼人がエレナの元に駆けていって、彼女を突飛ばしたこと。その瞬間…彼は撃たれた。そして、ガックリと、しかしエレナを守るように倒れた。


 岩波の様子を見たレッドイーグルの一人は、しゃがみこみ、少し隼人の身体を自分に引き寄せた。血に染まった隼人のシャツを引き裂くと、生々しい傷が姿を現わす。傷は、ドクドクと血を流し続けていた。


 不良少年は、自分のTシャツの布切れで隼人の傷口をギュッと押さえる。しかし、その布もすぐに真っ赤に染まる。



「刑事さん、落ち着いて」

 不良少年が岩波に声をかけた。

「今、仲間が救急車を呼んだから」



 岩波は、堅い表情で頷いた。



 ブルーシャークは、ガタガタ震えるばかりだ。猟奇的な笑みを浮かべる優也と共に、固まって立っている。刑事たちは次々に彼らに手錠をかけ、パトカーまでつれていく。しかし、彼らの視線も隼人に向けられていた。




 優也のピストルの黒い銃身は、隼人の血の中に転がっていた。それを松田が拾い上げ、証拠物品としてビニールに包んだ。


「隼人…───」

 彼は擦れた声で呟いた。が、唇を噛み締めると、パトカーへと駆けていった。出来ることならずっと隼人の傍にいたい。けれども、それは出来ない。まだ、彼ら警察官の仕事は終わっていないのだ。




「隼人!」

 岩波は、布切れで止血を試みながら、もう一度呼び掛ける。

 すると、微かに隼人の目蓋が動いた。


「いわ…なみ…さ…」

 擦れて弱々しい声。普段の元気いっぱいな彼とは、全く違う声。


 岩波は、そんな隼人が発した声にビクンと反応した。

「隼人!俺の声、聞こえるか!?」


 隼人は、そっと目を開いた。が、苦しそうに、すぐまた閉じてしまいそうになる。


「隼人!ダメだっ。俺を見てろ。目を閉じるな」

 岩波が怒鳴り付けた。


 すると、隼人はほんの少しだけ、口元を上げた。

「岩波さん…声、でかい…」


「バカ。こんな時に減らず口叩くな」

 岩波が言い返した。

「すぐ、救急車が来るからな。それまで持ちこたえろよ」


 隼人は、目蓋の動きで頷く。それが余りに弱々しくて、岩波は不安に駆られた。


「いわなみさん…」

 隼人が、呼び掛けた。呼吸が荒い。胸を撃たれたのだ。息をするのも苦しさが伴う。


 彼の唇が何か言いたげに動いたので、岩波は隼人に顔を近付けた。


「“あいつら”のこと…」


 辛うじて聞き取れる程の、小さな小さな声。



「わかってる」

 岩波が、ギュッと隼人の手を握った。



「それ、から…ヨーコのこと…も…」

 隼人の視線と岩波の視線が、重なり合う。



「わかってるって」

 岩波は、震え始めた声で答えた。

「バーカ。何を俺に頼んでんだよ。今から死ぬ奴じゃあるまいし」


 隼人は、微笑んだままだった。時折、胸が激しく痛むのか、顔を歪める。


「はやと…」

 エレナが、泣きながら隼人を覗き込んだ。

「何で…なんで、あたしを庇ったのよ…!!バカ!」

「なんか…俺、みんなに、バカって…言われるな…」

 隼人が苦笑いした。


「だって、バカなんだもん!」

 エレナが激しく泣きじゃくった。

「大切な人がいるんでしょ?!どうして、撃たれちゃうのよ!」


「大方、何にも考えずに飛び込んだんだろうが」

 岩波が口元を僅かに上げ、隼人を見つめた。

「直情径行型のバカだからな、隼人は」


「…バカって、いうなよ…俺のせいで、エレナを、傷つける訳には、いかなかったんだ…」

 隼人は小さく笑い、しかし、苦しげに呼吸を荒くした。黒い、まっすぐの髪から、冷や汗が流れ落ちる。



 ピク、と隼人の指先が痙攣したように感じて、岩波は再び彼の名を呼び始めた。


「隼人。もうすぐ、だからな。救急車が来るから」 

 隼人は、呼吸を繰り返すばかりで、返事をしない。


「隼人。しっかりして」

 エレナが、ぽろぽろと涙を零した。

「死んだりしちゃ、ダメだからね。あのヨーコとかいう子にまで、寂しい想いさせちゃダメだからね」


「そうだぜ」

 岩波が言った。

「彼女を刑事にするのは、本当はお前の役目なんだからな」


 隼人が、本当に微かに、笑ったように見えた。


「いわ…なみ、さん…」

 呼吸の間から、彼は言葉を紡ぎだした。


 消えてしまいそうな言葉を。


 けれど、隼人の瞳は真っ直ぐ、強い光を持って岩波を見ていた。

「…俺の、こと…、

───信じて、くれて。

…ありがと、う───」




 ふわ、と風が吹いた。



 まるで、それに身を任せるように。


 隼人の目蓋がスッ、と閉じていく。



 同時に、岩波が握っていた隼人の手が、力が抜けて地面に落ちた…。



 それは、スローモーションのように、岩波には見えた。



「隼人…?」

 震える声で、呼び掛ける。しかし、隼人はもうぴくりともしない。揺すっても、動かない。綺麗な横顔が、岩波の為すがままに揺れるだけ。


「うそ…隼人…」

 エレナが、首を横に振った。

「いや…───!隼人!!」


 レッドイーグルのメンバー達も、信じられないという顔で、立ち尽くしている。


「起きろ!隼人!」

 岩波が吠えた。それでも、隼人は目を覚まさない。いつものように、減らず口を叩いたりもしない。


「隼人─────!!」




 岩波の叫びは、天高く舞い上がった。



 ちょうどその時、どこからか救急車のサイレンが聞こえてきた。




 もう、蝉は鳴いていなかった。


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