銃声
「なっ…」
隼人は、目を見開いた。
彼女が発した呟きが、聞こえたから。
「あたしを殺してよ。今すぐに」
エレナは、再び優也に言った。今度は、さけぶような大声。
「バカ言うな!!」
隼人が怒鳴った。
「何言ってんだよっ」
しかし、エレナは目を閉じたまま、隼人を見ようともしない。
「あなたに、もう何も言われたくない…!」
「え…?」
隼人は、ただ彼女を見ていることしか出来なかった。頭にピストルを突き付けられている、華奢な少女を。
「独りぼっちになる位なら…もう、生きてたくなんかない…」
エレナの頬に、キラリと一筋、何かが流れた。
「生きてたって、何も良いことないもん…。帰れる家もなくて、不良って言われて、虫けら扱いされて。何かあったら、犯人扱いされて…───通り魔だって、あたし達のせいにされる…」
「…あぁ、お前の言うとおりだ…。通り魔はレッドイーグルじゃなかったよ」
岩波が言った。
「ちゃんと、別の犯人を見つけた」
一瞬の沈黙。
ピィンと張り詰めた、肌を刺すような静けさ。
「…なんだって?」
ブルーシャークが、ざわめきだした。
「じゃ、じゃあ…リーダーを殺したのは、レッドイーグルじゃないのか!?」
「そうだ。レッドイーグルじゃない」
隼人が答える。
「お前ら、誤解してたんだろ?だから、こんな喧嘩になったんじゃねーのか?」
ブルーシャークは、ただ呆然とするばかりだ。
「今回は、俺達にミスがあった」
岩波が続ける。
「確かに、俺達警察は…お前達をすぐ疑う。だが、これがいい教訓になるだろう。『不良だから』という先入観だけでは、お前達を疑うことは出来ない、と」
エレナは、羽交い締めにされながら、涙を零して震えるばかりだった。
「気付くのが遅すぎるわよ…!!あたしは、もう…」
彼女の潤んだ視線が、隼人を捉えた。
「大切なものを失ったのよ…」
隼人は、俯いた。
自分の存在が、エレナにとってどれだけ大きなものだったのか、改めて感じさせられた。
そして、彼女が背負う“孤独”を作ってしまったのが、自分だということも…。
自分は、レッドイーグルを抜けてから、幸せな毎日を送ってきた。岩波と出逢い、ヨーコと出逢い、沢山の温かい人たちに出逢った。
けれど、残されたエレナは。日々を生きていくのに精一杯で。どんなに寂しくても、抱きしめあう相手すら失ってしまった。
そこには、希望などない。絶望しか存在しない。死にたいと思うほどに深い、絶望しか…。
「…ごめん」
隼人が、震える声で呟いた。
「ごめん…エレナ」
「…」
エレナは、隼人から目を逸らし、泣きながら頭を垂れた。
もう、いい。
あたしに、未来なんて無いから。最後にあなたを見られただけで、幸せだよ。
───さよなら、隼人。
優也が、ピストルを構え直したのがわかった。
エレナは、ギュッと目を閉じる…。
パーン!!
銃声が、響いた。
*
その瞬間、エレナは地面に叩きつけられた。
全身を襲う激しい痛み。
涙で、何も見えない。
何か、重いものがエレナの身体にのしかかっているようだ。
───これが、『死ぬ』ってことなんだ…。
ぼんやりとした感覚の中で、エレナは思った。
───なぁんだ。あたしの人生って、こんなにあっけなく終われるものだったんだぁ…。
なんだか暖かいものに包まれている気がして、エレナは、何故かちょっぴり嬉しかった。
しかし。
エレナの上にのしかかっていた重みは、乱暴に取り払われた。
同時に、つくつくぼうしの鳴き声が、うるさい程にエレナの耳に流れ込んできた。
「…?」
エレナは、目を開けた。
目の前には、公園の地面が広がっている。そして、沢山の人の脚が見えた。スニーカーやら、革靴やら。エレナを取り囲んでいるようだ。
エレナは、プルプルと頭を振った。動かせる。全身が痛むが、エレナは、自分がまだ生きていることを悟った。
その時、怒鳴り声に近い叫びが、エレナを貫いた…。
「おい!!俺の声、聞こえるか!?返事しろ!」
エレナは、ハッと身を起こした。
彼女の辺りの地面が、血で真っ赤に染まっている。
そして、エレナは、あまりに残酷な光景を見た…。
「返事しろ!おい!!」
懸命に怒鳴り続ける岩波。
その腕に抱き抱えられた隼人は、身動き一つしなかった。