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危機と蝉

「ずいぶん派手にやってんな」


 彼の黒髪が風に揺れて、たなびいている。

 今は、警察官。けれど、ブルーシャークにとっては、今も畏れの対象となっている人物。時を経ても、彼の喧嘩強さは、伝説のように残った。




「隼人…!」

 エレナが、その名を呼んだ。


「あ…」

 倒れていた臼井も、息を呑む。レッドイーグルもブルーシャークも、戦いを中断し、現れた青年を見つめ続ける。恐らく、もうどちらの味方でもない彼を。喧嘩を止めに来たであろう彼を。


「何だよ。お前が登場しただけで喧嘩が終わっちまうなんて、つまんねぇな」

 後から現れた岩波が、ボソッと言った。


「岩波さん、喧嘩したかったんスか?」

 隼人が意外そうに聞く。


「ちょっと、久しぶりに暴れてみたかったかも知れねぇな」

 岩波がフフン、と笑った。


 その後ろに控えているのは、二十人ほどの刑事や警察官達だ。皆、警棒や手錠を構えて、不良たちを睨み付けている。


「とりあえず、全員検挙だ」

 岩波が言った。

「誰か、麗奈を頼む」


 その言葉と共に、数人の刑事たちが走った。ブルーシャークを押し退けて、倒れていたマドンナを抱え上げ、戻ってくる。その間、誰も身動きしない。『隼人』の存在が、全てを氷漬けにしてしまったようだ。



 マドンナは、ローレルの後部座席に寝かされた。


「ったく、無茶しやがって」

 岩波が、マドンナを横目で見ながら呟く。二人は、同期で刑事となった。だから、お互いのことを良く解っている。

「お前は、一生懸命すぎるんだよ…」

 ───態度は、“マドンナ”みたいでもな。俺にとっては、お前はいつまでも、刑事になりたての頃の“筑摩麗奈”なんだよ…。



「さて、と」

 警察官の1人──松田が、岩波と隼人を見てニッコリした。

「やりますか、検挙」


「おう」

 岩波が頷く。


 ───次の瞬間。



「あぁああぁぁぁっ!!」


 叫び声が響き渡った。




 

 ヨーコは、由布子が煎れてくれた熱い焙じ茶を、フーッと吹いてから口に運んだ。


「ところで、隼人くんは今日はご飯食べに来れないの?」

 向かいあって座り、由布子が焙じ茶を啜って尋ねる。


「うーん。事件の犯人を捕まえたから、忙しいんじゃないかな。事情聴取とかで」

 ヨーコは、マグをテーブルに置いた。猫舌の彼女には、ちょっと熱すぎた。しばらく冷ましておかなければならない。


「そうかー。この機会だし、久しぶりに集まってご飯食べれたらいいな、って思ったんだけれど。隼人くんもお仕事大変ねぇ」

 由布子が呟きながら頷く。仕事の忙しさは、身を持ってわかるからだ。


「電話、してみようかな…あ、ダメか」

 ヨーコは、掛け時計を見上げた。今、五時半を回ったところだ。

「…まだきっと、お仕事してるよ」


「そうね。もう少し後にしたら?」

 由布子がのんびりと言った。





 叫び声の主は、坂上優也だった。何を思ったか、エレナの元に駆け寄ると、その細い腕をつかみ、強引に公園の真ん中に引っ張ってくる。


「ちょっ…何するのよ!」

 エレナは、少年の手を振りほどこうと身を捩る。しかし、その動きは、エレナが優也の目を見た瞬間に止まった。



 憎悪に燃えた瞳。

 狂気すら感じさせる、鋭い眼差し。



 ───殺される。


 エレナは、本能的に、それを感じ取った。


 坂上優也は、エレナを後ろから羽交い締めにすると、その頭にピストルの銃口を突き付けた。


「!」

 警察もレッドイーグルも、ハッとして固まる。



「おい…お前」


 優也がエレナを締め付けながら、ゆっくりと隼人を睨み付けた。


「ボクの兄貴──坂上哲哉を殺したのは、お前だろう?隼人」



 しん、と公園が静まり返った。



 隼人も、突然のことに目を見開く。



 いきなり話題に出された、昔の事件。喧嘩でもつれ合っている最中に、隼人が誤って哲哉を殺してしまった事件だ。しかし…



「隼人には正当防衛が認められた筈だ」

 岩波が静かに言った。


 

 が、優也は不気味に笑うだけ。

「正当防衛だろうが何だろうが、関係ないね。兄貴が隼人に殺されたことに変わりはないよ──ボクが、兄貴の仇をとってやる…」


 熱に浮かされたような口調。エレナはゾッとして、身をすくめる。


 隼人が、エレナを助けだそうと前にでた。その途端──



「…動くな!」

 優也が、銃口をしっかりとエレナに向けながら怒鳴った。

「動くなよ、隼人…逃げたら、この女の命がないぜ…?」

 



「ぃ…や…」

 エレナは、あまりの恐怖に声も出ない。ミルクティー色の髪だけが、むなしく風に揺れる。



「エレナ…!」

 隼人が、歯を食い縛った。エレナは、昔隼人が犯してしまった過ちとは関係がない。早く助けださなければ…。


「クソッ。面倒くさいことしやがって」 岩波が悪態をついた。


 しかし、どうすることもできない。誰もが、ただ立ち尽くしている。




 …そんな緊迫した中でも、つくつくぼうしが、鳴き続けていた。



 ツクツクボーシ、

 ツクツクボーシ、


 ツクボーシ、

 ツクボーシ、


 ツクツクツク…



 その鳴き声は、拳銃を突き付けられているエレナの全身に、強く染み渡っていく。


 隼人が、レッドイーグルを出ていったときに鳴いていた蝉。


 隼人とあたしが、別れたときに鳴いていた蝉。


 隼人とあたしを、いつも引き離す、そんな、夏の蝉────。



 繰り返し浮かぶ、隼人とヨーコの笑顔。


 …彼の隣に立つのは、もう、あたしじゃない。


 あたしは、二度と隼人と笑いあえない。



 あたしは、これからも、ずうっと独りぼっち…。





「───いいわよ。もう」

 エレナは、強ばっていた身体から、力を抜いた。


 突然のことに驚き、優也がエレナを見やる。


 エレナは、目を閉じて呟いた。

「いいわよ。やりたいなら、あたしを殺してよ…」

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