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エレナの想い


 その公園は、喧嘩の荒れ狂う海だった。


 パトカーは、ブルーシャークの数人がパイプで叩いたせいで、メチャメチャにされてしまった。いくら防弾ガラスでも、車体への攻撃には耐えられない。


 命からがらパトカーから飛び出した刑事たちは、そのままレッドイーグルとブルーシャークの戦いに巻き込まれてしまったのだ。



「うぁぁぁぁ!」

 雄叫びを上げて、金髪を突っ立てた男が向かってきた。

「危ないっ!」

 エレナが叫び、とっさに立ち尽くしていたマドンナを地面に押し倒す。ほんの一瞬前まで二人が立っていた空中を、金髪の男が振り回すパイプが切り裂いていった。


「早く!こっちへ」

 腰が抜けているマドンナを引っ張り、エレナは公園の片隅へと向かう。こんな喧嘩の場では、女は常に危険に曝される。特に、喧嘩に慣れていない、マドンナのような女性は。


「ピストルを使えたらいいけれど…」

 悔しげに表情を歪め、マドンナが呟いた。実は、彼女は射撃の名手なのだ。

「仲間に当たってしまうかも知れないから───撃てない」


 マドンナと同行していた男性刑事たちは、最初こそは喧嘩を止めさせようと、乱闘の中に飛び込んでいった。しかし、あっという間にコテンパンにされてしまい、今はただ逃げ回るばかり。


「刑事なんて、役に立たないわねっ!」

 エレナが辛辣に吐き捨てた。

「態度ばっかり偉そうでさ。何も出来ないくせに!」



 ピストルを持った少年──坂上優也は、ブランコの前で腕を組み、悠々と戦いを見守っていた。あどけない表情に、ブラウンのさらさらとした長めの髪が流れている。



 レッドイーグルは、圧倒的に不利な状況にあった。アジトから逃げ出してきたばかりだったので、武器となるものを何も持っていない。


 それにひきかえ、ブルーシャークは用意周到だ。鉄パイプやらナイフやらを手にしている者が多い。


 みるみるうちに、レッドイーグルは追い込まれていく。


「刑事なんて、無力よ…」

 エレナが、震えた声で呟いた。

「喧嘩ひとつ、止められないなんて」


 ───こんなとき、隼人が居てくれたら…。





「もうすぐだ」

 猛スピードでローレルを走らせながら、岩波が声をかける。


「ハイ!」

 真面目な表情に戻った隼人が答えた。



 そのとき。


 少し開けられていた車の窓から、一筋の細い風が流れ込んできた。


 風は踊り、つくつくぼうしの鳴き声と混じりあい、車内に爽やかな夏の香りを撒き散らす。



 ふわっ。



 風に煽られ、隼人の足下から何やら紙切れのようなものが舞い上がってきた。


「?」

 隼人は、指先で紙切れを捕まえる。ボロボロで、破れてしまいそうな紙。裏返してみると、そこには思いがけないものがプリントされていた。



 ───昔の、隼人とエレナが。



「!」

 隼人は、思わず息を呑んだ。どうして。何故、こんなものがここに?



 そして、思い出した。ヨーコと最後にキスを交わしたとき、落ちてきた紙切れ。それが、この写真なのだ。


「エレナが、ヨーコに見せちまったんだろうな…」

 小さく呟いて、隼人は写真の中の自分と見つめあった。


 ミルクティー色の髪をした、少し幼い隼人。その隣で、幸せそうに笑うエレナ…───。



 こんなにボロボロになるまで。


 エレナは、写真を肌身離さず、持ち歩いていたようだ。



「…」

 隼人は、目を細め、少し哀しそうに微笑んだ。

「傷つけて、ごめんな。エレナ───」


 その呟きは、エンジン音に掻き消され、岩波の耳には届かない。



 やがて、ローレルは運命の場所に辿り着いた。





「ぎゃあっ!」

 叫びを上げて、また一人、レッドイーグルのメンバーが倒れた。


 公園の喧騒は、果てしない。右で殴りあっているかと思えば、左でリンチまがいの暴行。前でナイフを使った決闘が起きているかと思えば、後ろで鉄パイプが派手な音を立てる。



 公園中に、血跡が飛び散っている。それは、おぞましい光景だった。



 隅に非難していたエレナとマドンナにも、危機が迫っていた。

「どっちから片付けてやろうか、ねーちゃん」

 ドロドロに長髪を振り乱した色黒の男が、ナイフ片手に二人を見比べている。

「ただ殺っちまうのは簡単だけどよ…せっかく女なんだから、楽しませて貰うゼェ…」

 男の手が、エレナの胸に伸びた。


「い…やっ!」

 エレナは身を捩って逃げようとする。しかし、喉元にナイフを突き付けられ、その動きは止まった。


「お前のコトは知ってるよ、エレナちゃぁん」

 男がニヤニヤといやらしく笑う。

「隼人に逃げられた女だろう?…寂しくねぇのか?あいつに抱かれなくてょ──」


 エレナは、キッと男を睨み付けた。

「隼人は、もう関係ないわ」


 しかし、男は笑みを浮かべたまま舌なめずりした。

「俺が慰めてやろうか…」

 その手が、ギュッとエレナの胸を揉みこんだ。


「やめなさい!」

 マドンナが、男に掴みかかる。ヒールの踵で男の足を踏み付けたのだ。


「ひぃぃ!」

 男がのけぞった。ヒールで踏まれるのは、この上なく痛いものだ。マドンナは、その瞬間を見計らってナイフを叩き落とす。エレナは、その隙に男の手を自分の胸から引き離した。


「女だからって、なめるんじゃないわよ」

 マドンナが言い放った。強い瞳。全身から放たれる、冷たいオーラ。

「女を辱めようとするなんて、最低の男ね。ただのケダモノじゃない」


「ひっ、ひぃ!」

 男が呻いた。マドンナのヒールは、男を逃がすことなく踏み付け続ける。



 しかし。

 それに気付いた別のブルーシャークの仲間が、駆け寄ってきた。

「このアマ!」

 怒鳴ると、マドンナの鳩尾みぞおちに強烈な一発を打ち込む。


「うっ!」

 くぐもった声と共に、マドンナの美しい身体が、力なく地面に崩れた。


「!」

 エレナは目を見開き、とっさにマドンナの傍にしゃがみこむ。

「ちょっと!大丈夫!?」


 しかし、マドンナは微かに身じろぎしただけで、起き上がる気配は無い。


「やだあ…しっかりしてぇっ」

 泣きそうになりながら、エレナはマドンナを揺さ振った。だが、それも束の間。男たちの強い力で押され、地面に転がる。


「堪忍しな、ねーちゃん。あがいたってムダだぜ」

 長髪の男が、再びエレナの胸をまさぐりだした。


 エレナは震えるばかりで、身動きできない。



 ───助けて。誰か。

 たすけて…!!




「うゎあぁぁ!」


 ふいに、公園の入り口の方から、叫び声がした。



「…なんだ…?」

 エレナから目を離し、ブルーシャークの男たちが振り返る。つられて、エレナも視線を走らせた。


 そして、

 その瞳は、

 大きく見開かれた。




「ずいぶん派手にやってんな」


 懐かしい口調。

 綺麗な横顔。

 聡明で真っ直ぐな眼光。


 エレナが、ずっとずっと想い続けてきたひと。




 ───隼人が、立っていた。


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