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家族のように




「ふー…」


 シャワーを浴び、リフレッシュしたヨーコは、髪を乾かすのもそこそこに、リビングへと向かった。

 何故って、今日は珍しい日だから。


「ヨーコ、髪くらい乾かしなさいよ。いくら夏真っ盛りだって、風邪引くわよ」

 台所に立つ、やさしく深い声の持ち主。漆黒の髪。涼しげな目もと。いつもは夜まで勤めてから帰ってくる、ヨーコの母・由布子がいるのだ。


 由布子は、若い頃から広告代理店に勤めている。ヨーコに似てドジだが、現在は二つの部署を任されるキャリアウーマンだ。



 今日から、彼女は二週間の夏休みに入った。だからヨーコは、いつも一緒にいない分、べったりと母親にくっつきっぱなしだ。普段から親がいないのは、心寂しいものなのだ。



「ほら、せめてタオルで髪を拭いときなさい。風邪でもひいて、隼人クンに移しちゃったら、どうするの?」

 由布子は悪戯っぽく笑いながら、ヨーコを見つめる。

「うーん。そうだねぇ」

 照れながらヨーコが頷いた。そのまま、洗面所に、タオルを取りにスキップしていく。



 実は、由布子は隼人が大のお気に入りだ。「あんなにカッコよくて、礼儀正しくて、優しい子は滅多にいないわ」と、よく褒める。だから、隼人が桐原家に来ると、母娘が“隼人争奪戦”を繰り広げるのだ。


 おかげで、父・清志郎は、ずいぶん淋しい思いをしているのだが…。



「今日ねっ。隼人に色々助けてもらっちゃったの。でね、隼人カッコいいんだよ〜。今朝の通り魔事件の時なんか、すごい真剣な顔しててさ」

 ヨーコは、母親にニコニコと話す。


 それを、由布子もほんわかとした気持ちで聞いていた。

「へぇー。やっぱり、隼人くんはイイ男の子よねぇ。ヨーコ、将来ちゃんとお嫁に行けるように、シッカリしなくちゃね」


「おっ…お嫁って!」

 ヨーコは、真っ赤になる。

「お母さん、気が早すぎだよぅ」


「あら。そうかしら?」

 由布子が真顔になった。

「昨日も、父さんと話してたのよ。あの子なら、ヨーコをしっかり守ってくれる、って。それに…もし、あなた達が結婚したら、隼人くんにも家族が沢山できるでしょ?」


「…あ…」

 ヨーコの胸が、トクンと高鳴った。


 親と不和で、家を飛び出した隼人。桐原家の人々と知り合うまで、家族の温もりを知らなかった。だから、一時はレッドイーグルに入ったのかもしれない。


 けれど、もし隼人にも家族ができたら───。とても、嬉しいのではないだろうか。


「そうだね…」

 ヨーコは、幸せそうに微笑んだ。

「隼人、喜ぶよ。お母さん達がそんなこと言ってくれた、なんて聞いたら」



 ───隼人の、お嫁さんかあ…。



 考えるだけで、こそばゆい。



 ──もし実現できたら、夫婦で刑事になるのかな。楽しそうだな…。



 そんなふうに、夢を思い描く娘を見つめながら、由布子も幸せな気分に浸っているのだった。





 黒いローレルは、ビュンビュンと道路を疾走していた。傍から見ていれば、恐ろしくなるほどのスピードだ。


「おい、奴らが喧嘩してるってのは“あの”公園のことか?」

 前を見つめて運転しながら、岩波が怒鳴った。古い車体のエンジン音に、声が掻き消されてしまうのだ。


「たぶん、あそこで合ってます!」

 隼人が、助手席で怒鳴り返した。

「俺と岩波さんが、最初に逢ったところだと思います!」



「そうか。ずいぶん懐かしいじゃねえか」

 岩波がニヤリと笑った。

「隼人、お前レッドイーグルに会っても平気か?」


「大丈夫ッスよ」

 隼人もニヤリとした。


 ───さっき、コテンパンにしてるんで。



「それにしても、悔しいな…」

 隼人が呟いた。


「あ?なんだって?」

 岩波が聞き返す。

「なんか喋るときはよ、人に聞こえるように言え!」


「こんなことに巻き込まれなかったら、」

 隼人が負けじと大声を出した。

「早くヨーコのところに行けたのにな、って言ったんですっ!」


「バカやろっ。お前、警察官か」

 苦笑いしながら、岩波はハンドルを切った。ローレルはキィィッと音を立てながら、交差点を急旋回する。まるでハリウッド映画のカーチェイスだ。


「岩波さんっ」

 隼人が、旋回のせいで窓ガラスにへばりつきながら、また声をかけた。


「なんだよ!」

 少し不機嫌気味な、岩波の返事。

「彼女の話なら、もう聞かねえぞ!」


「あ、すいません。正にその話です」

 隼人がチラリと横目で岩波を見る。

「ま、別に何でもないですけど…」


「あーっ、もういいっ!わかったよ。話せ」

 岩波がため息をついた。中途半端に話が途切れてしまうのは、どうも苦手なのだ。横で隼人が密かにガッツポーズをしたのを、彼は知らない。




「ヨーコなんですけど…刑事になるのが小さい頃からの夢なんです」

 隼人が、少し視線を落として話しだした。



 エンジン音が、やけに大きく響いている。



「あいつ、熱意も正義感も、人よりずっと強くて…。周りに反対され続けても、絶対に夢を諦めないんです」


「…ほぅ」



「だけど、ちょっと天然で、おっちょこちょいで…見ていて、危なっかしく感じることも沢山ある」



 隼人は、フロントガラスの向こうの景色を見つめていた。いや、見つめていなかったかもしれない。彼の視線は、どこか、ずっと遠くに飛んでいた。



「あいつ、刑事になったら…色々、悩んだり、迷ったり、すると思うんスよ…」


 彼の脳裏に浮かぶのは、愛しい彼女の笑顔。その笑顔の為なら、何だってできる。どこまででも行ける。



「だから…岩波さんに、見守ってて貰えればな、って。岩波さんは、厳しいけど優しいし。───岩波さんが見ててくれたら、あいつは絶対に自分の信念を貫けると思う」



 運転中だというのに、岩波はポカーンと隼人の横顔を見つめた。



「な、なんじゃそりゃ。気味悪ぃな」

 刑事は、少し動揺していた。『優しい』なんて言われたのは、初めてだ。それも、よりによって、あの憎まれ口ばかり叩く隼人から…。


「大体よぉ、見守るんならお前がすればいいだろう?どうして、わざわざ俺なんだよ」



「だって、岩波さんの方がベテランだし。俺、まだ刑事にもなってないんスよ?」

 隼人がニッコリする。


 綺麗な、整った顔立ちで。


「…はいはい。そこまで真面目に言われると、しょうがねぇな」

 岩波は鼻でため息をついた。何だかんだ言って、岩波は隼人に甘い。厳しく接しているつもりでも、徹底的に厳しさを保つことができない。


 それは、もしかしたら───心のどこかで、隼人を息子のように感じているからかも知れなかった。



 が、その『甘さ』も一瞬のこと。



「岩波さん、『はい』はひとつっスよ」

 からかうように隼人が笑う。


 その途端、岩波は急ブレーキを踏み、隼人はフロントガラスにへばりついた。



「態度がでかいんだよ!隼人!!」


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