レッドイーグルvsブルーシャーク!!
その公園は、まだ、あの時のままだった。都会の、ガラスのビルの谷間に、ぽつんと取り残されていた。時が経った今も、変わらずに…。
古びたブランコが、唯一の遊具として風に吹かれている。そのキイ…キイ…という錆付いた音が、風景に物悲しさを与えていた。
そこに、どこからともなく、暗い影がポツリポツリと現れ始めた。肩を落として、それでも前だけはシッカリと見据えて。
レッドイーグルのメンバー達だった。
「…エレナはどうした」
ブランコにドッカリと腰掛けながら、臼井が弱々しく聞いた。ブランコは突然の重みに、大きく軋んだ。
隼人に殴られた傷は、想像以上に痛む。その傷は、物理的な痛みだけではなく、精神的な痛みをも含んでいる。『かつての仲間に殴られた』という事実が、メンバー達の中に、重くたれ込めていた。
「エレナは…まだアジトだろ」
誰かが答えた。
「馬鹿だよなぁ。あのままアジトに残ってたら、確実にサツに捕まるってのに」
「…しょうがないだろ…エレナは、隼人しか見えてねえんだから。今も昔も」
また別の誰かが答えた。
「隼人が、桐原ヨーコしか眼中に無いって知ったら…エレナは、そりゃショックだろ。暫く動けねーよ」
一同は、黙りこくった。
「…隼人は」
臼井がポツリと呟いた。
「どうして、俺たちを裏切ったんだろうな…」
風が、吹き抜けた。
「あいつは、俺たちの生い立ちも、境遇も、全部知ってる。帰れる家も無い、金もない。こうやって暴れて暮らすしかないことだって、よく判ってる筈だろ…?」
───さっきの隼人の眼は、もう昔のアイツじゃなかった…。完全に、『警察官』の眼だった───
「もう、その話はよそうぜリーダー」
メンバーの一人が言った。
「もう、アイツは戻ってこないんだ…これから先のことを考えよう」
そうだそうだ、と仲間達から声があがる。
「よし」
臼井が大きく咳払いをすると、レッドイーグルはザッと音を立ててリーダーを取り囲んだ。
「まず、新しいアジトを探そう。理科室は、もうダメだ。あんなことになった以上、いつサツの手が入るかわからねぇ。考えてみりゃ、隼人がいるのに、今までサツが来なかったのが奇跡みたいなもんだ」
「武蔵野八幡の近くに、ちょうど良い空きビルがあります」
一人が進み出た。
「いつ取り壊されるかわかりませんが、ひとまずそこに潜伏する、というのはどうでしょう?」
「いいぞ」
臼井が、隼人に殴られた箇所を押さえながら唸った。
「上等だ。誰か下見に行ってこい」
「ハイ!」
すぐに二、三人が名乗りを上げ、公園から走り去っていった。
臼井は、満足げに息をついた。
隼人にぶちのめされた時は、どうなることかと思った。しかし、幸い捕まらずにすんだ。これからのことは、ひとまず新しいアジトに落ち着いてから、じっくり考えればいい…。
その時。
パン!
パーン!!
派手な音が響いた。続いて、ギャーッという悲鳴。
「…何だ?」
臼井を始め、レッドイーグルのメンバー達はビクッとして、音がしたほうに顔を向けた。
「今のは───」
すると、公園の入り口から、三人の青年が必死に駆け込んでくるのが見えた。つい先ほど、新アジトの下見に行ったメンバーだ。一人は、わき腹に怪我をしている。Tシャツが、血で赤く染まっていた。
「どうした?!」
ただならぬ臼井が立ち上がった。他のメンバー達の緊張感も、一気に高まる。
「ブルーシャークだ!」
走ってきた一人が、声の限りに叫んだ。
「逃げろ!奴ら、銃を持ってる!」
その言葉が終わらないうちに、公園の入り口にドヤドヤと若者の群れが押し寄せてきた。レッドイーグルと変わらない年齢層か、もしくは少し年上だろうか。いかにもガラの悪そうな一団だ。
その先頭に立つ、まだあどけない顔をした少年は、物凄い形相をして、黒々と光るモノを構えていた。
───ピストル。
レッドイーグルは、皆息を呑んだ。ナイフを使ったケンカなら、いくらでも経験がある。しかし、ピストルを相手にしたことは無い。
「驚いただろ?」
少年がニヤリと笑った。まだ中学生位に見える。が、その猟奇的な表情は、レッドイーグルの背筋を凍り付かせた。
「兄貴が、去年ボクにプレゼントしてくれたんだ。まさか、こんなに早く“使う日”が来るとは思ってなかったなあ…」
「だ、誰だ?お前」
臼井が擦れ声で聞いた。
「ブルーシャークなのか?見慣れない顔だ。リーダー…坂上竜也はどうした」
その名を聞いたとたん、ブルーシャークは今にもレッドイーグルに掴み掛かりそうになった。
「しらばっくれるんじゃねえぞ、レッドイーグルょお!」
ブルーシャークの一人が怒鳴った。
「今朝、お前らが坂上サンを殺したんだろうが!」
「!」
これには、流石のレッドイーグルも驚いた。
「坂上が…死んだ?」
臼井の眉がひそめられた。
「どういうことだ」
「てめぇらが殺したんだろうが!!今朝、吉祥寺駅で通り魔事件を起こしただろう!知らないとは言わせねえ!」
ブルーシャークは、今にもレッドイーグルに飛び掛かりそうな剣幕だ。
が、それを例の少年が制した。
「待て。臼井は俺が殺る」
少年は、ピストルの銃口をピタリと臼井に向けた。「兄貴の仇は、俺がとる…」
「お前…誰だ」
臼井は、落ち着き払っていた。
「どこの馬の骨ともわからん奴に、殺されたくは無いからな。誰だ?」
少年は臼井を睨み付けていたが、やがてニッと笑って銃口を下に向けた。
「じゃあ、名乗ってやるよ」
少年が言った。
「ボクは、坂上優也。坂上竜也と、坂上哲也の弟だ。兄貴は二人とも、レッドイーグルに殺された!!」
「坂上の…三番目の弟?」
レッドイーグルの間に、どよめきが走った。そんな少年が存在するとは、知らなかったのだ。
坂上竜也が殺されたのは初耳だったが、哲也の死については、レッドイーグルは良く知っていた。
昔、ケンカの最中に、隼人が誤って殺してしまったのだ。隼人は正当防衛が認められたが、ブルーシャークはあの事件を根に持っている。
「兄貴が二人もやられたとなっちゃ、黙ってらんないぜ…」
幼い表情で優也が呟き、ピストルを再び上げた。
「殺してやる…」