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『愛してるよ』



「どういうコト…?」

 エレナは、ぎょっとしてマドンナを見上げた。

「あたし、何も悪いことしてないよ!?何で連れてかれなきゃいけないの?」

「しらばっくれるんじゃないわよ」

 マドンナは冷たく言い放つ。

「知らないとは言わせないわ。今朝、吉祥寺駅で起こった通り魔事件。ブルーシャークの坂上竜也が殺されたじゃないの。犯人は、レッドイーグルの中にいるんでしょう?」

「坂上が…殺された!?」

 エレナは驚愕に目を見開いた。


 そんなこと、全く寝耳に水だ。普段なら、ブルーシャークに関する情報はすぐにレッドイーグルに伝わってくる。しかし、今朝は失敗に終わった『隼人を呼び戻す作戦』実行のため、誰も情報収集していなかったのだ。


「何かの間違いよ!あたし達、誰も通り魔なんてしてないわ!!」

 エレナは叫び、立ち上がった。まだ涙に濡れて光っている瞳で、マドンナを睨み付ける。その眼光は、纏っている服のスパンコールと共にギラギラと威圧感を放った。

「警察は、何かあったらすぐにあたし達に目をつけるのね!!何もしてないのに、あたし達はいつも疑われる!隼人の時も、そうだった…」

 少女の言葉は、そこで途切れた。隼人のことを口にするだけで、熱い感情が身体中を駆け巡ったのだ。胸が苦しくなるほどに。


「この娘を連れていきなさい」

 マドンナが、後ろに控えている部下達に命じた。

「彼らが通り魔に関わっていたかどうかは、署で調べればいいことだわ。とにかく、この機会にレッドイーグルのメンバーを出来るだけ多く検挙しましょう」

「ハイ!!」

 警察官らが一斉に返事した。そして、無表情にエレナを取り囲む。


 ───どうして?どうしてこんなことになるの?


 エレナは、事態のあまりの急展開に、ただ身を任せるしか無かった。



 ちょうど同じ頃、岩波が通り魔の真犯人を捕まえていたことを、まだ誰も知らない。



「じゃあ、また何かあったらすぐ呼べよ」

 ローレルの助手席の窓から半分身を乗り出して、隼人が念を押した。

「玄関と窓には鍵掛けとくんだぞ。誰が来たかわかんないのに、ドアを開けたりしちゃ駄目だからな」

 それを聞いて、車の外に立つヨーコがクスッと笑った。

「まるで、小さい子のお留守番みたい」


 ローレルが停まっているのは、ヨーコの家の玄関前だった。赤い瓦が特徴的なこぢんまりとした家だが、一階に母方の祖父母が住み、二階に桐原家が住んでいる。通りから一段上がったところに、祖父お手製の可愛らしく白にペイントされた門があるが、今ヨーコはその門の前に立っていた。


 デートの帰りは、必ず隼人がヨーコを送っていく。時には、ヨーコの家族に呼ばれ、夕食を共にしたり、彼女の祖父や父、兄とお酒を飲み交わすこともある。面食いのヨーコの母は、隼人を大のお気に入りにしてしまった。


 今や、隼人とヨーコの関係は公認の仲だ。


 ヨーコの家族と一緒にいると、隼人はいつも言い知れぬ安らぎを覚える。今まで知らなかった、家族の温もりを感じられるからだ。桐原家は、『ヨーコの実家』という以上に、隼人にとって大切な場所なのだ。


 だが、今日はまだ仕事が残っている。ヨーコとも、ここでお別れだ。


 あんなにうるさかったアブラゼミは、いつの間にか殆ど聞こえなくなっていた。代わりに、どこか物悲しくツクツクボウシが鳴いている。短い夏の生命を、精一杯謳歌しているのだ。


「今日は…ありがとね」

 恥ずかしそうに、少し下を向きながらヨーコが言った。

「仕事中だったのに、助けてくれて…」

「バーカ。気にすんな」

 隼人は笑ってみせる。

「それに、助けられたのはお前じゃねーよっ」

「…?」

 きょとん、とヨーコが首を傾げた。その可愛らしい表情に、隼人の心臓がトクッと音を立てる。再びヨーコを抱き締めたい思いに駆られたが、運転席に岩波がいるので、何とか思い止まった。


「お前が言ってくれた言葉で…救われたのは、俺だ」 隼人は、真っ直ぐにヨーコを見つめて言った。


 ──今の隼人も、昔の隼人も、全部ひっくるめて、あたしの大好きな隼人なんだよ──


 隼人がレッドイーグルにいたことなど、気にしないと告げたヨーコ。その気丈な優しさに、隼人は心打たれたのだ。


「大好き。隼人」

 ヨーコがはにかみながら、助手席の窓にに近づいた。そして、ちょっと屈みこみ、愛しい人の唇に、自分の唇を重ねる。


 突然のことに少し驚いた隼人だったが、すぐにヨーコの肩を抱き寄せて、優しく彼女を味わった。


 大好きな人。この世で一番、大切な人。一緒にいるだけで、幸せになれる人。



 唇を少し離した時、隼人は小声で囁いた。愛しい彼女の耳元で。

 その言葉は、ヨーコの体温を一気に上げる。


「──愛してるよ…」



 それは、今まで一度も使ったことの無かった言葉。恥ずかしくて、二人とも口に出せなかった言葉。

 けれど今、隼人はその言葉の封印を解き放った。誰よりも大切な、ヨーコに向けて。


 ヨーコは立ち尽くし、照れて笑っていた。隼人に同じ言葉を返したくても、恥ずかしくて口に出来ない。その代わり、もう一度彼に唇を寄せた。


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