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通り魔の正体

ついに、岩波刑事は通り魔の犯人に辿り着く…?

ストーリーは、まだこの後も続きます。



「刑事さん、何しに来たの?」

拓人が目を丸くしている。

「あぁ、近くまで来たついでだ。祐太君に挨拶して行こうと思ってな…」


 岩波は嘘をつきながら、ハッとして目を見開いた。拓人の背後に見える庭園に、マルグレーテが座っていたのだ。しっかりと門に繋いでおいたはずだが、確かにぶちの犬はそこにいた。よくよく見れば、マルグレーテの手綱が短く切れている。自分で噛み切ったらしい。

 マルグレーテは、大きく尻尾をふりながら岩波を見ていた。


 ──…そうか!!

 突如、岩波は閃いた。マルグレーテが伝えようとしていることを、理解したのだ。


「祐太の事件を追ってた刑事さん…?」

 拓人は何も気付かず、チラッと仏壇を見やった。

「もう二年も経つのに、まだ犯人捕まってないじゃんか。しっかりしろよな、刑事さんょ」

「拓人!!」

 保が大きな声を上げた。「失礼だろうっ。岩波さんに謝りなさい!!」

 拓人は、小さく肩をすくめた。

「俺は、事実を言っただけだよ。何も謝ることなんかない」

 プイッと立ち去りかけた、その時。

「ちょっと待て!!」

 岩波が叫んだ。


「…?」

 怪訝そうに拓人が振り向く。

「何だよ」

「まだ此処にいろ。聞きたいことがある」

 岩波は、自分の気持ちを落ち着かせようとして、深呼吸した。

「今日の朝7時半…お前、どこにいた?」

「何でそんなこと聞くんだよ」

 拓人が岩波を睨み付ける。しかし、その声色は、すでに先ほどまでのものより高く変わっていた。

「どこにいた?」

 岩波は仏前から立ち上がり、拓人の前に立ちはだかる。

「聞いてるんだ。黙ってないで答えろ」 

「…学校に決まってんだろ」

 投げ遣りな口調で、拓人が言った。

「そうか。学校か」

 岩波は勝ち気に笑った。「じゃあ、お前の通ってる高校に確認を取ってみよう…いいな?」

 その言葉を聞いた途端、さあっと拓人が青ざめた。

「…な、何でそんなことする必要があるんだよ!」

「念のため、だ」

 岩波が答えた。

「どうかしたか?顔色が悪いみてぇだが…ひょっとして」

 刑事は、拓人にズイッと詰め寄る。押されるようにして、拓人は背後の障子に貼りついた。

「疾しいことでもあるんじゃねぇのか…?例えば、学校には行かずに、吉祥寺駅にいた、とかな…」

 拓人の表情は石のように固く強ばり、色を失っていく。

「いっ、岩波さん」

 ずっとオドオドしていた保が、ようやく口を開いた。

「拓人が、何かしたとでも言うんですか…!?」

「俺に聞くなよ。本人が一番良く知ってるんじゃねぇか?」

 あっさりと岩波が言い放った。

「それは…どういうこ…」 保が言いかけた時だった。


「ギャワンッ!!」

 

 犬の吠え声が、屋敷中に響き渡った。

「犬コロ!」

 岩波が呼び掛ける。同時に、マルグレーテが日本庭園から和室の中へと、踊りこんできた。

「ヒッ!」

 保は驚いて仏壇にすがりつく。

 マルグレーテは保の前を素通りして、真っ先に拓人に向かっていった。そして、背を向けて逃げ出そうとした拓人の尻にタックルする…。


「ぅわぁぁあ!!」

 拓人が叫び声を上げた。

 マルグレーテが、優雅に畳の上に着地する。能でも舞ってきたかのようだ。

 そして、その口には、拓人の尻ポケット生地の一部と、真っ赤なハンカチがくわえられていた。

「よし!よくやったぞっ」 岩波は、トコトコと寄ってきたマルグレーテの頭をわしゃわしゃと撫でる。マルグレーテは、気持ち良さそうにブンブンと尻尾を振りながら、ハンカチを畳の上に落とした。


「あ…こ、これは一体…」 保が、仏壇にへばりついたまま岩波を見つめる。きちんと手入れした屋敷に犬が飛び込んできたのも驚きではあるが、彼には岩波の目的が全く判っていなかったのだ。


 岩波は、真っ赤なハンカチを拾い上げた。

「血だ」

 囁くように言い、それを拓人の鼻先に突き付ける。少年は、小さく震えながらハンカチから目を逸らした。

「見たところ、お前は全く怪我をしていない」

 岩波が低い声で言った。

「教えて貰おうか。どうして、このハンカチは血まみれなのか。…返り血を拭ったからじゃないのか?」

「返り血…?」

 保が戦慄した。

「どういうことです?…拓人、まさかお前…」

 拓人の顔は、蝋のように真っ白だった。追い詰められ、口をきくことすら出来ない。


「お前が、今朝の通り魔の犯人だな…?」


 岩波が発した言葉の響きは、しんと静まり返った和室に波の如く輪を広げた。「そんなっ…拓人!?」

 保が叫ぶ。余りのショックに、彼の脚がガクガクと震えた。一瞬の後、保は仏壇にすがりながら畳に崩れる。

「嘘だ…通り魔なんて。岩波さん、何かの間違いだ…拓人が…そんな…」


「ホントだよ」


 幾分か落ち着いた声で、拓人が答えた。

 体の震えは収まり、逆に、不気味な程の笑顔を浮かべて岩波を見据えている。

「そうだよ…俺がやったんだ」


 遠くで、蝉が鳴き始めた。短い生命を惜しむように、精一杯羽を震わせているに違いない。


「今朝はスカッとしたね。坂上竜也が出てきた時は、流石にビビったけどな。案外弱っちかったぜ?あれでブルーシャークのリーダーだなんて、笑えるね」

 拓人が、楽しむように言った。彼の猟奇的な表情は、岩波の背筋を凍り付かせていく。

「トイレで制服に着替えて、返り血を落とした。俺を怖がって誰も追ってこなかったから、落ち着いて着替えられたよ…途中で友達と会ったけど、みんな、俺が犯人だとは気付かなかった。沢山いた警察官すら、だーれも俺に気付かない…楽しかったなぁ。ゲームみたいだった」

「なんでだ?」

 岩波は、キュッと眉根を寄せた。

「何故そんな口がきける?お前は、少なくとも1人殺したんだぞ。何故そんなことをした?」

「理由なんて無いね」

 ヘラッと拓人は笑った。

「ムシャクシャしたからやった。ただそれだけだ」 「お前は、ムシャクシャしたら人を殺すのか!?」

 岩波はガバッと拓人の胸ぐらを掴み、立ち上がらせた。

「そんな事が罷り通ったらな、俺は毎日三人は殺してるところだ。だがな、現実はそうじゃねぇんだよ!」 思わず殴りつけそうになったが、岩波はそれを寸前の所で押し止めた。保に、これ以上のショックを与えることは出来ないと思ったからだ。


 岩波が手を離すと、拓人はドサッと畳に倒れこむ。それから、岩波によって止められていた呼吸を、必死で取り戻し始めた。

 そんな中、土気色の顔で、保が甥に歩み寄った。先ほどまでの柔和な微笑みは消え去り、無表情に立ち尽くしている。

 

 バシィン!!


 突如、破裂に近い音がした。続いて、「うあっ」という呻き声。

 岩波がハッと気付いた時には、拓人は保に頬を叩かれ、縁側まで吹っ飛んでいた。


「この馬鹿者が!!」

 保が怒鳴った。今や、彼は鬼の形相だ。

「祐太が殺されて、私や妻が、どんなに苦しんだか。親しい者を殺される悲しみを、お前は知っているだろう!?それなのに、どうしてこんな事を!!」

 頬を押さえて踞った拓人は、保を見上げた。

 その眼は反抗心に満ち、ギラギラと光っている。

「理由なんかねーよ」

 拓人が繰り返した。

「ムシャクシャしたんだよっ」

「拓人っ!!」

 保が怒鳴った。


 蝉が盛んに鳴いている。軒先に掛かっていた風鈴の音が、風の訪れを静かに告げた。


「うあぁ…っ」

 力の抜けた嗚咽と共に、保が仏壇にすがりついた。「どうして…どうしてっ…」


「…」

 岩波は、保から拓人へと目を移す。

 少年は、先程までの猟奇的な表情をジワジワと失っていき、ただぼんやりと宙を見ていた。

 こんな時、岩波はいつも罪悪感に近い居心地の悪さを覚える。


 ───果たして、保と祐太の前で拓人の罪を暴く行為は正しかったのか?家族の絆を傷つけただけだったのではないか?


 しかしその行為は、誰かがやらなければならなかったことだった。それを岩波が引き受けただけのことだ。


 刑事は、時に残酷な役目だ。人の幸せを守ることもすれば、こうして幸せを壊すこともする。

 けれど…──。


 岩波は歩いていき、拓人の腕を掴み、持ち上げた。

「庄司拓人。殺人容疑で逮捕する」

 ポケットから取り出した、鈍く光る鉄の輪。それが、ガシャンと音を立てて少年の手首にはまった。

 拓人は自分の手首を一瞥すると、再び眼を宙に向ける。全てを諦めきった、虚ろな表情で。

 岩波は、同じ表情を昔見たことがあった。


「…おい」

 岩波は、少年の前に屈みこみ、彼の顎に手をやって、顔を上げさせた。

「よく聞けよ、糞ガキ」

「…」

「お前の人生は、今から始まったんだよ。さっきの手錠の音から、な」

「…」

「被害者に、どう償っていくか。これからどう生きていくか。…決めるのは、お前の自由だ」

 フン、と拓人が鼻で笑った。

「捕まったら、自由なんて無いだろ。刑務所に入れられて、裁判になって…」

 しかし、岩波は首を振った。

「確かに、お前の身体は拘束される。だが、警察も法曹も、お前の精神までは拘束できない。何を考え、どう表現するかはお前の自由だ」

「…」

「お前はまだ未成年だから、死刑にはならんだろう。恐らく、まだ若いうちに社会復帰できる筈だ。その時、お前は何をすべきか。それをゆっくり考えろ。相談になら乗ってやるよ」

「いらねーよ」

 拓人が呟いた。けれど、岩波は引き下がるつもりは無かった。

 この少年の表情を見て、岩波は悟ったのだ。…拓人は、決して何の理由もなく事件に及んだのではないことを。そして、彼が心の奥底から、“助け”を求めていることを…。


「さて…行くぞ。ガキ」

 岩波が立ち上がりながら言った。マルグレーテがトコトコと寄ってくる。

「庄司さん、色々と迷惑をかけた。すぐ、また別の刑事をよこすからな」

「あ…あぁ…」

 保が焦点の定まらない眼をして、ぼんやりと答えた。

「…頑張れよ」

 岩波は呟いた。それが保に向けての言葉なのか、拓人に向けての言葉なのか、自分でもわかってはいなかった。



「…あ。隼人に、車返して貰わねぇとな…」


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