始まりの愛
東京駅のホームに、1人の青年が降り立った。
「隼人っ!!」
ヨーコが叫んで、青年の名を呼ぶ。デニムのサロペット姿の彼女は、すぐにスーツ姿の青年に飛び付いた。
「おかえりなさい!出張研修、お疲れさまっ」
「ただいまっ、ヨーコ」
青年───隼人は、綺麗な横顔でニッコリと彼女を抱き締める。
ホームで抱き合う二人を、人々が目をぱちくりさせながら見る。
「…それにしても、出張研修の予定って、急に変わるものなのね。明日帰ってくるはずだったのに」
ちょっと首を傾げて、ヨーコが隼人を見上げた。二人の身長差は、三十センチほどある。ヨーコが小柄で、隼人が長身なのだ。
「まぁ、ヨーコの所に早く戻って来れたから、俺は満足だけどなっ」
隼人は優しく、ヨーコの頬に触れた。
「一週間も離ればなれだったもんな。元気にしてたか?ヨーコ」
ヨーコは、必死に、こくんと頷く。
──ホントは、元気なんかではなかった。隼人に、傍にいて欲しかった。しかし、そんな我儘は言えない。
隼人は、大切な警察官の仕事をしているのだから。 寂しがったりして、余計な心配をかけてはいけない。
──でも。
ヨーコは、心の中で呟いた。
───強がってるけど、寂しかったんだよ。隼人に会いたくて会いたくて、どうしようもなかったんだよ…。
隼人が、それを感じ取ったかのようにヨーコを見つめた。
「ヨーコ。俺も、寂しかった…」
パッとヨーコの顔が真っ赤になった。
そんな彼女が愛しくて、隼人は今すぐに抱き締めたくなった。
隼人とヨーコの出会いは、半年前。ちょうど今日のような、夏空だった。
隼人は警官。ヨーコは、普通の大学生。彼女が、落とし物のハンカチを交番に届けたとき、二人は一目で恋に落ちた。
あまりに違う生活を送る隼人とヨーコ。けれど、同じ夢を追う二人の心は、すぐに通いあったのだ。そして、離れられなくなった…。
日差しの中で、蝉が鳴く。短い生命を、惜しむように。
「もう、しばらく出張はないから。これからは、ずっと一緒にいような…」
隼人が、ヨーコの耳元で囁く。
その幸せを噛み締めながら、ヨーコも囁き返した。
「約束よ…」
2人は、知らなかった。
これからやってくる、胸が張り裂けてしまうような、悲しみを…。
*
────相手を愛しているわけではない。
ただ、温もりが欲しい。
少女…エレナは、そんな理由から、夜毎に男を誘った。
街で声をかけてくる男は、いくらでもいる。不器用な奴は苦手だから、一応相手の顔はじっくり観察する。彼女が目当てとするのは、こういう付き合いに慣れていそうな男だ。
そのテストに合格した男は、行き付けのカラオケボックスに誘われる。
けれど、彼女はいつもあの青年を想う。自分の家族とも言えるような、中学時代の恋人を。
いつも、朝が来て、相手と別れるたび───彼女は脱け殻のようになる。目的を失って、再び街をさまよう。また、誰か自分を慰めてくれる人を探して。
けれど、彼女はわかっている。彼女は、決して満足することは出来ないのだ。あの青年と一緒でなければ。
でも。
もう、その人は、彼女を抱きしめはしない。彼は、もっと大事なものを見つけてしまった。
『エレナ。綺麗だよ』
そう言った彼の唇は、遥か遠くへ行ってしまった。 それでも、彼女は、今も彼を待っている。
満たされない心を抱えながら…。
想うのは、ただ1人だけ。
…隼人…。