表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/47

愛を信じて…



 ヨーコは、考えていた。


 ───隼人は、同じようにエレナと付き合っていたの?あたしは、エレナよりも隼人を理解していないの?


 隼人に過去を隠されていたという事実は、強い苛立ちとなってヨーコを覆っていた。隼人がレッドイーグルに所属していたことよりも、隠されていたことの方が、ヨーコにはショックだった。


 ──あたしは、どんな隼人でも好きなのに。隼人は、昔のことを喋ったら、あたしが隼人を嫌いになるって思ってる。

 そんなにあたしを信じてないの?あたしは、そんなことで嫌いになったりしないのに。むしろ、隠されてたほうが辛いよ…。


 そんな彼女の思いは、次第に鬱憤となって降り積もった。

 ──あたしは、隼人の全てを知りたい。何も隠されたくない。過去なんて、どうでもいいから。あたしを信じて、隼人…!!


 その時。

すっ、と隼人がヨーコの頬にキスをした。

「!?」

 「…こんなとこに連れ込まれて、俺の昔話聞いて…ごめんな、ヨーコ」

「隼人…」

 ヨーコは、潤んだ眼差しで、一瞬愛しい人を見つめた。それから決心したかのように、ぎゅっと隼人に抱きつく。その強さに、隼人は驚いた。

「あたしね、…隼人のこと、知りたいの。じゃなきゃ、気持ちが楽になれない」

「ヨーコ…?」

「何も隠されたくないの。お願い…全部、隼人のことぜんぶ教えて。あたし、隼人が昔何してたか知っても、隼人のこと嫌いになったりしないから」

「…ヨーコ…」

「昔の隼人があったから、今の隼人がいるんだよ。ぜんぶひっくるめて、あたしの大好きな隼人なんだよ。だから、約束して…全部話してくれるって」

 ヨーコの瞳は、真剣だった。強い眼光は隼人を奥底から刺し貫く。彼女の気持ちは、痛いほど伝わってきた…。

隼人は、優しく彼女の背に腕を回した。

「…俺、ヨーコに気苦労させてばっかりだな」

「…」

「ごめんな。守ってやるとか言いながら、ヨーコを傷つけてる」 ヨーコは、そっと隼人の広い胸に頭を預けた。トクン、トクンと脈打っている、大好きな人の温もり。その暖かさに安心して、ヨーコは目を閉じた。さっきまでの狂おしいまでの気持ちは、自然に鎮められていく。

「ヨーコ」

 隼人が囁いた。

「戻ったら、今までのこと、ちゃんと全部話すから。俺は…もう、ヨーコには何も隠さない」

 その力強い声の響きに、ヨーコは目を閉じたまま頷いた。

 ──信じてるからね。隼人のこと。

 ──俺も。お前のこと信じてるよ、ヨーコ。


 もう、言葉は要らなかった。ヨーコはしっかりと隼人に抱きついたまま、目を閉じた。



     *


その男の人は。


身にまとっている着物は鶯色で、どこか仙人を思わせた。年の割に老けて見えるのは、二年前に味わった心労のせいだろう。


彼は、変死体となって見つかった高校生・庄司祐太の父親なのだ。



「ご無沙汰してます、庄司 保さん」

 マルグレーテを門に繋ぎながら、岩波は頭を下げた。マルグレーテは、すました顔で座って、太い尻尾をゆっくりと振っている。

 ──犬のくせに、猫かぶりやがって!!

 岩波は一瞬犬を踏ん付けてやりたい程憎らしく思ったが、それを飲み込んだ。「来るなら言って下さればいいのに。菓子の一つも用意してないもので…」

 庄司保は、困った顔で笑った。

「いや、いいんです」

 岩波は慌てて言った。

「俺も、ここに来るとは思ってなかったから」

「は?」

 庄司が首を傾げる。

「何でもないっスよ」

 口が滑ったのを、サラッと岩波はごまかした。まさか、通り魔を追ってここに辿り着いたとは言えない。

「…上がってもいいですか?祐太君に挨拶しないと」「あぁ、どうぞ」

 庄司は、ゆったりと岩波をいざなった。

「ちょうど、祐太の従弟も遊びに来てるところです」


実験用蛇口からポタッ、ポタッと垂れ落ちる水音が、二人の話し声の合間から響き渡った。

 アルコールランプの火が、僅かなすきま風に反応してチラチラと揺れる。火の周りのぼんやりとした明るさは、かえって他の場所に暗い影を落としていた。

 そんな闇の中に、彼女は一人蹲って、二人の声を聞いていた。

 ランプの光に、ミルクティー色の髪が反射する。


「…もう、やめてよ…」

 彼女の食い縛った歯の奥から、嗚咽に近い声が洩れた。

「もう、もういいから…やめて…」

 レッドイーグルの仲間は、皆逃げてしまった。警察の手が入ることを恐れて、しばらくはここに戻ってこないだろう。それでも、エレナは残っていた。隼人と、きちんと話がしたかった。彼をレッドイーグルに連れ戻すことなど、彼女にとっては、本当はどうでもよかった。

 ただ、隼人に会いたかった。家を飛び出してきてから、兄妹のように共に成長した人と。どんなに隼人が心変わりしてしまっても、エレナはずっと変わらない。

 ──隼人が、すき…。

 それなのに、彼は遠すぎて。こんなにも近くにいるのに、遠すぎて。もう顔を合わすことすらままならない。

 息苦しいほどの哀しみが、エレナを襲っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ