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スケコマシの意味

ゆっくりと唇が離れると、同時に拘束されていた両手の自由も解放される。


次の瞬間私はありったけの抵抗の意思を込めて、彼の上体を押しのける。


私に押しのけられた彼は、少しバランスを崩しながらも、踏みとどまって、可笑しそうに私を見下ろした。


「悪くねぇな。」


何が悪くないだ!人の身体を勝手に触って挙句唇まで奪うなんて。

ごしごしと唇をぬぐって、私は怒りのままに彼を睨みつける。


しかし彼はどこ吹く風で、上機嫌な様子で私の怒りを真っ向から受け止める。



「令嬢の割にじゃじゃ馬だが・・・まぁ家出するくらいだし、これくらいの気概がある方が面白いかもしれんな。気に入った・・・お前に選ばせてやるよ。ここで死ぬか、ここで生きるか好きな方を選べ!」


そう言い放たれて、私は彼を睨んだまま、「ここって?」と低く問う。


私の質問に彼は「あぁそうか・・・」と呟いて、窓の外を指さす。


「俺の島だよ、この海賊の島。まぁ小さな王国だな」


島?


王国?



いまいちピンとこないその言葉に、私は首を傾ける。

どうやらここは、祖国の領地でもなければ、新大陸でもない。


思い至るのは、祖国の海域にいくつも点在する無数の島々。

その中のいくつかの島が海賊の根城となり、無法地帯となっている事は有名な話で、おそらくここもその一つなのだろうと推測できる。



そんなどこかも分からない離島で流石に私1人、彼らの目を掻い潜って逃げ果せることなんて出来るはずがない。


第一パンの焼き方や畑の作り方は学んでいても、船の漕ぎ方なんて知らない。


下手に無計画に海に出れば、遭難は必至だ。


そうであるならば、腹は立つがこの男に従ってここで生きる事を選ぶべきであることは理解出来る。


問題は私の貞操の安全だけれど・・・。


チラリと見上げた彼は、どうする?と余裕そうな笑みを浮かべて首を傾けている。


元王子殿下だというのが信じられないほどに不躾で無神経な男だけれど、とはいえ私の記憶の中では王子時代の彼は随分と紳士的で御令嬢達からの人気も高かった。

私なんて一時の気の迷いで、他にも恋人が何人もいるだろう。

少し揶揄って靡かないと分かれば、すぐに私なんかに興味はなくなるに決まっている。



「パン屋さんをやらせてくれるなら、ここで生きてもいいわ」


生かしてください、ここに置いてくださいなんて、下手に出ることはしない。


私にここを出て行かれると、彼だって困るのだ。


顎を上げてしっかり彼を睨み据えれば、彼は



「パン屋ができるならどこでもいいのかよ!」と呆れたように息を吐いた。



そのタイミングで、ガタガタと部屋の外から物音がして。


部屋の扉が開く


「あぁ、お目ざめですか?」

スラリとした長身で細身の短髪の男が顔を出した。


そうして彼は、部屋の中の様子を見渡して、ベッドサイドに立つライル元王子と、自分の身を守るように襟元を掴んでいる私を見比べて。


「あなたという人は・・・」


軽蔑するような視線をライルに向けた。


「久しぶりの穢れを知らない白い肌だったのでな。」


それに対して当の本人は悪びれもしない様子で、肩を竦める。


そんな彼をじとりと睨みつけながら、入室してきた男はゆっくりと私に近づいてくる。


そこでようやく私は、この男が客船で私を気絶させた男だと言う事に気がついたけれど・・・それ以上にこの男の顔にも、どことなく見覚えを感じて、その顔をまじまじと見つめてしまった。



「まさかこいつの顔も見覚えあるのか?これは俺の専従騎士だったディーンだ。俺の部下は結構な数ここにいるから、何人かは記憶にあるかもな」



「っ、ライル様!!」

ライルの言葉にディーンは驚いたような、咎めるような声を上げる。そんな彼にライルは顔の前で手をパタパタとさせて。


「大丈夫だ・・・というより、もうバレていた。それにこいつも同じ逃亡者だ。ここでパン職人として雇った」


「は?」


主人の言葉に意味がわからないと、怪訝な顔をするディーンだけど、ライルはそんな事はお構いなしで話を続ける。


「いつまでも、おばあに作らせるのも難だからな、女手ができた事を喜べ」



「しかし、彼女はどう見ても貴族のご令嬢でしょう?」


信じられないと、上から下まで私を眺めたディーンは当惑を隠しきれない様子だ。


そりゃぁそうだろう。

普通の令嬢はパンを焼くどころか、厨房にすら入ることなんてないのだから。



「私、屋敷では、蔑ろにされていたから、使用人が遊び相手だったの。お洗濯物だって一緒に洗ったことがあるのよ!」



滅多に家の外には出ない深窓の令嬢ではあったけれど、そこいらのご令嬢とは少しばかり違うのだ。2年の準備期間に生活力は随分とついたはずだ。



「そりゃ心強い」

そう呟いたライルが、勢いよくベッドに腰を下ろす、咄嗟に私は少しばかり尻をずらして、距離を取る。

そんな私にわずかに苦笑を浮かべたものの。


「つうわけで、お前は今日から俺の嫁な!」


「はぁ!?」


ありえないことを言い出したのだ。


「また、めちゃくちゃな事を…」


嫁という言葉に目を剥いて彼を睨みつける私に、呆れたように息を吐くディーン。二人を交互に見たライルは肩を竦める。


「美女に一目ぼれした俺が、客船から攫って来て嫁にしたことにしておけ!」


「なるほど、それならば、皆納得するでしょうね」


意外とあっさりディーンが納得したと言うように頷いた。そんな無茶苦茶な話がまかり通るくらい、この人は女好きなのか…。


ますます軽蔑の気持ちが強くなり、じとりと彼を睨みつけて、さらにもう少しだけ尻をずらして彼から距離を取る。



そんな私の反応を見た彼は「おいおい」と少しだけ傷ついたように眉を下げた。


「俺をその辺のスケコマシと一緒にするなよ。頭張るようになってから、事あるごとに島の女どもから結婚を迫られて夜這いまでかけられて困ってるんだよ!いい虫除けになれ!」


「スケコマシ」がどういうものなのかは、聞きなれない言葉で分からないので首を傾けるけれど、彼はどうやら私を利用して女除けをしたいという事らしい。

出会って早々に人の肌を不躾に撫でまわしたり、唇を奪ったりするほどの事をしておきながら、女性に追われて困っているというのは矛盾していないだろうか?


思わず眉間にしわを寄せて、疑るように見上げてしまう。

そんな私の視線を受けた、彼は「あのなぁ」ととても心外そうに眉を下げた。


「日焼けした健康的な小麦色の肌も確かにいいんだけどな。やつら猛々しすぎるんだよ!俺ははこう見えても王子様育ちなんだ!夜中に突然来られて、上に乗られて腰降られても、うれしかねぇんだよ!」


「っ上!?」


突然彼の口から出てきた明け透けで不埒な言葉に私はぎょっとして息を飲む。ライルの後ろで「貴方ねぇ、ご婦人の前で…」とディーンが呆れたように首を振っている。


「あぁ?そうか、すまんな!しかし、その反応はやはり新鮮だな!」


ディーンの指摘を受けて、少しだけ悪かったという素振りを見せたもの、やはり悪びれもせず私の反応を嬉し気に見るライルにうんざりして、彼の後方のディーンに「この人どうにかしてよ」と視線を向けるけれど。



「諦めてください」とでもいうように首を振られてしまった。

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