家出失敗のピンチ
「お嬢さんはどちらまで行くんだい?」
甲板から戻って、食堂へ行けば、遅めの簡単な夕食が配られていた。
野菜とミルクを煮込んだスープとパン。パンは小麦が古いのか、水分が足りないのか、硬くてパサついていた。
口の中で、やけにぱさつく感触を分析していると、斜め前に座った男性に声をかけられて、私は慌ててニコリと微笑んだ。
「新大陸に!開拓に行った兄があちらで成功したから呼び寄せてくれたの。」
こうした説明は予め用意していたから、驚くほどスラスラと口をついて出た。
私ってば、なかなか演技派?もしかした女優とか向いているのかも!なんて調子よく思ってしまったりした。
「そりゃぁいいね!もし縁があったら俺も雇って欲しいもんだ!」
私の話を聞いて興味深そうに身を乗り出してきた男性に、私は苦笑する。
「家族経営の商会だから、私くらいしか従業員がいないみたいなの。ごめんなさい」
そう告げれば、彼は「まぁそうだよなぁ」とすぐに諦めて腰を落ち着けた。
その姿に軽く微笑んで、「いいご縁がある事を願っているわ」と告げると彼は、「ありがとうね。お嬢さん」と微笑んで手を挙げると、食べ終わった食器を持って立ち上がった。
比較的安い運賃で、最近開拓が始まった新大陸に行けるとあって、船に乗り合わせた乗客たちは、比較的質素な格好で、労働者や、移住者、と言った様相だ。
もちろん、私もそれに合わせた服を調達して着替えているので、あまり違和感なく溶け込めているはずだ。このまま10日間、船に大人しく揺られていけば目的地にはつくはずで。
皆見たこともない新しい大陸での生活にワクワクしているせいか、どこか船の中は陽気な雰囲気に包まれていた。
彼らがやってくるまでは。
「海賊だぁ!」
誰かの叫び声で目が覚めた。
ぼんやりと目を開ければ、わぁわぁと外が騒がしく、船室の扉がドンドンと叩かれていた。
戸口で眠っていた親子の母親が、慌てた様子で扉を開けると、船員が飛び込んで来て安全のために、更に下層の船室へ逃げるように指示を飛ばすので、部屋の中の雰囲気は騒然となった。
とにかく怯えて泣き叫ぶ子どもに声をかけたり、足元のおぼつかない者の手を取ったりしながら、船員の案内で船の更に最下層の荷駄室へ降りてゆく。
「なんで海賊が?」
「客船を狙うことなんて、稀なのに!」
「最近奴らの動きが活発だと聞いていたが・・・」
荷駄室に押し込められた、人々の中からは、困惑したような、声が聞こえてくる。
「これ、どうなるの?」
「抵抗さえしなければ命は取られまいよ。金目の物を要求されたら隠さず出すしかねぇ」
「そんな!このお金を取られたら、新大陸でどう生きていけば!」
「海賊に襲われたんじゃぁ、新大陸なんて行けねぇよ。このままさっき出てきた港に戻るしかないさ」
ボソボソと話す人々の話を聞いて、私は血の気が引いていく。
なんてことだ。
港に戻ってしまったら、すでに昼間だ。
そんな頃には、私が屋敷から抜け出した事もバレてしまっているだろうし、なんなら捜索隊も出されているはずだ。
当然、昨晩出港したこの船もその網にかかる。
そうなったら逃げられない。
わぁわぁと、上階からは船員と海賊がやり合う喧騒と靴音がバタバタと響いてくる。
随分と派手にやり合っているらしい。
いくら海賊を退けられても、船員の負傷者が多く、食料などを奪われてしまっては10日間の航海を続けることは不可能に近い。
どうにか逃げないと、、、
そう考えた私は彼らの輪から外れて、ひっそりと違う部屋に移る。
この部屋に来る途中に見つけたもう一つの荷駄室。
そこには小麦の袋が積まれていた筈だ。
まず海賊達が荷を漁りにくるのなら、この荷駄室に到達するだろう。
そしてこの大量の小麦袋を目にしたら、恐らく回収しようとするだろう。
こんな質素で乗客を乗せた船に入るのだから、彼らの狙いは乗客のもつ金品と、食糧だろうから。
問題はどのようにして、この荷に紛れるか・・・だ。
「お嬢ちゃん!何をしているんだい?」
小麦袋の前で思案していると、遅れて逃げてきただろう。先程の男性が立っていて、こちらを心配そうに見ていた。
瞬間、私はその男性に駆け寄って、その手を取る。
「おじさんお願い!たすけて!」