その婚約、ちょっと待った! 兄上は何をいってらっしゃるのですか!?
「その婚約、ちょっと待った!!」
この国の公子殿下である兄上が突然に扉を開けて、大声でそう叫んできた。
「兄上!? 何をしにきたのですか!!」
「くっ、すでに婚約の制約書におまえの名前が書かれているだと!? だが、まだ隣が空欄だ。よし!!」
兄上は来客用のソファから立ち上がったオレの話を無視。そして、彼は机にある書類を取りながらそんなことを言ってきた。
「カンガルービア帝国のハイエルン公爵家と繋がりを持つのは大変に喜ばしいことだが、ラドクエストフは婚約を控えているため、別の人にしていただきたい」
「あら? 初耳ですわ。公国の王の直系で相手がいないのは彼以外いないと聞いておりましたもの。別の方を用意してくださるのですか。あなた自身がわたくしたちのところに来てくださるのかしら?」
美しいクリーム色の髪をした吊り目の公爵令嬢がそう言う。
「ご冗談を」
「あなたのような美形の人なら歓迎ですのよ?」
兄上が眉間に皺ができており、オレでもイラついているのがわかる。このままだとこの人は暴言を吐きそうだ。ここはオレが会話にわって入らないと。
「兄上、こんな綺麗な人に対して何を言っているのですか。それに公爵家の御令嬢ですよ。落ち着きましょう」
「この公爵令嬢が綺麗だと!? 既におまえはこの公爵令嬢に惚れたのか!!」
オレの言葉を聞いた兄上はさらに激昂して声を荒げる。
「兄上はいったい何を言っているのですか!? 他国の使者とお歴々(れきれき)の方々がおられるのですよ!!」
「ラド、おまえはオレとこの女とどっちが好きなんだ!!」
「その言葉遣いもアウト!! っていっていること、負けずに酷いな!!」
ここはオレたちの部屋じゃないんぞ。だからそんな発言をするのは兄上の立場的に大丈夫なのか!?
「まぁ、この女とは失礼ですわね。アルはいつからわたくしをエミと呼んでくれなくなったのでしょうか」
「私はラドに婚約を申し込むような友人を持った覚えはない!」
「ああ、兄上のご友人でしたか! しかし、兄上も酷いな。こんな美人を今までオレに黙っていたなんて」
なんだ、兄が帝国に留学していた時の友人だったのか。なら、まだ誤魔化せるかもしれない。ここは穏便に運んで、なんとか婚約に漕ぎ着けなければ…
「そう言いそうだから黙っていたんだもん」
「兄は普段はこのようなことはないのですが、オレが女性に関わるといつも邪魔をしてくるんです。困ったものです」
本当にオレが国を出たいから他国の貴族とお見合いをする度に邪魔をするんだ。次男のオレがいない方が兄上も国主に気兼ねなくなれるだろうに…
「まぁ、アルって本当は可愛らしいお兄様でしたのね。私の前では着飾って帝国では誰が射止めるか話題になっておりましたのに。こんな素敵な素顔がおありでしたのね」
この女性は笑顔も素敵だな。おっといかんぞ。いつも、オレが惚れた女は兄上に懸想しだすのだ。この優しそうな公爵令嬢を逃したら次があるかわからない。彼女が兄上に惚れる前に話をまとめないとな。
「そうなんですよ。兄上は大変に可愛い人なんです。気が合いますね。どうですか、そろそろ部屋を変えて先程のお話の続きをしましょう」
兄はオレですら見惚れるほどの公国随一の美人。いや、帝国を含めてもここまでの美人はいないはずだ。まぁ、男だけどね。
だからこそ、厄介なんだよな。兄上がオレの見合いの場所にいるのはな。
「そうですわね。そうしましょう」
「二人して、私を無視しないで欲しい!」
公爵令嬢がオレを見て微笑み、同意したのにも関わらず、兄が無理矢理に会話に入ってきた。
「この国を継ぐ予定の兄上の話を無視などしておりませんよ。ただ、帝国の要望をきちんと聞くのが公子である私の仕事です」
「ラドの婚約の話が公子に関係あるか! それにあるなら兄の公子である私にも関係があるだろ!!」
いや、最終的には関係あるけど、お見合いに兄上は関係ないだろ。父上がお認めになったものだぞ。
「でもアル…」
「エミもちょっと黙っていてね」
「とにかく、この婚約はなしなの! 私、アルクェイド・アルガンダーズ・モスの名により、絶対に認めません!!」
そう言って手に持っている書類を大事そうに抱えて部屋から急に出ていった。兄上が部屋から退出してしばらくすると、
「意気地なしですわね」
と公爵令嬢がボソッと呟いた。うん? この令嬢の先程の発言に違和感を覚えるな。
「意気地なしとはなんですか? ハイエルン嬢、何かあったのですか?」
「なんでもございませんわ。アルが弟を大変に愛していて、それが兄弟以上のものであるなどと口が裂けても言えませんわ」
「いや、何を言っているの? もしかして腐っている人!? 違うから、兄上は普通にオレのことを弟として愛しているから」
「あら? まだお気付きでありませんの? 本当に鈍感なのですわね。あなたの兄上って本当は」
オレは彼女の話を聞いて、全てのピースがハマった気がした。今までの違和感と兄の行動。
「おかしいと思ったんだよ。こんな美人がオレとお見合いがしたいって連絡がきたことが!!」
緊急の用事ができたので退出する旨を彼女に伝える。その後に部屋の扉を開けて急いでかけていく。
「兄上はどこにいる?」
兄上の個室、仕事場、休憩室。いない。いないぞ。
「どこを探してもいない。あとはこの教会か!!」
兄上が普段いる場所をくまなく探した。だが、見つからない。思い当たる場所がなくなったので、オレは彼が休日に祈りを捧げている教会の礼拝に向かうことにした。
「あ、兄上!」
教会に着くとすぐに兄の姿を発見。
「ラド、どうした!?」
「どうしたもこうしたもないですよ。先程の公女に対して…」
「もうその話はするな」
オレの話を兄上は遮り、話題を変えようとしてきたが、
「いえ、します」
と言ってオレはそのまま話が継続できるように口を動かし続けようとした。
「なんだ、やはり、おまえはあの女が気に入ったのか!!」
「違います!!」
「おまえはあの女が好きになったのかもしれない。でも、私はおまえが好きだ」
何を言っているのだ。この人は!?
「おまえは私のことが嫌いか!?」
卑怯な家族を嫌いなんて言えるわけがないだろ。それに美人な兄上にそんなに見つめられたら変な気分になるわ。ああ、兄上は兄弟で男だろ! 落ち着け、オレの理性!!
「もちろん、嫌いな訳ないだろ。って、何を言わせるんだよ」
ああ、もうこの歳になってなんで兄に向かって好きだって言わなければならないんだよ。恥ずかしいなもう。
「ああ、知っているか? 私は金髪。おまえと父上は黒髪だ」
「知っているよ。兄上の母上は金髪だったよな。兄上は母上の血が濃かったんだろ」
オレがそんな風に照れていたら、急に振られた髪の話題。それに戸惑いを隠せないでいると
「亡くなった私の母上は帝国の女帝の娘だった」
知っている。父上は突然の女帝からの打診で、オレの母上との婚約を解消する必要が出てきたと言っていたからな。
「だが、これは知らないだろうな。その娘は公国に来る前に既に妊娠していたのだ」
それが私だと言って兄上は微笑む。
「だから、本当は公国の血など私は入っていないんだ。私はおまえの居場所を奪ってしまったんだ。でも、私はおまえから離れたくないんだ…」
「アルクェイド、ごちゃごちゃうるさい。いつもの自分はどこにいった!」
「確かにそうだね。そう理屈はどうでもいいんだ!」
「私はおまえが好きだ。おまえは私のことが嫌いか!?」
卑怯なって、こいつは男。男なんだけど。美人はずるいな。
「もちろん、嫌いな訳ないだろ」
「だが俺たちは家族だ。血のつながりはなくても皆がそう思っている」
その前に男同士だから結婚は無理だから。法律を改正しないと無理だから。
「確かに私たちは家族だ。でも血のつながりはないことを皆は知らない」
そら、知らんわな。オレだって今日はじめて兄上と血縁上の関係がないことを知ったんだもんな。
「私はおまえを愛している。ともに来てほしい」
ああ、法律も倫理観も全てどうでもいいわ。そんなもの兄上の前では全て無力。法律が邪魔だと? なら、オレが変えてやる。このオレが兄上と幸せになるために。
「公国随一の美人に迫られ日が来るとは」
「茶化すな」
「もちろんだよ。アルクェイド、まさか。あなたを見ないためにこの国から早く出たかったオレがあなたと結ばれるとはね」
本心を伝えよう。もう性別などよりも兄が大切だ。いや、この人が大切だ。
「なんだ。昔から、私のことが好きだったの?」
「…悪いか」
「なら、朗報だよ。先程の婚約の制約書はすでに提出しておいたから」
「だから、教会にいたのね。って、いや、普通は父上たちに説明してからにしない?」
その前に性別の欄で弾かれるだろ。この教会ってどうなんってるの!? 男同士の結婚も認める宗教だったけ!? おかしくない?
「私との婚約が嫌だった?」
オレが訝しげに兄を睨んでいると、可愛らしく拗ねた声で、兄はこちらにしなだれかかってきた。
「ひ、卑怯な。それとこれとは話が別だ」
オレが理性を振り絞って、兄を引き離していたら、
「二人とも婚約おめでとう。ああ、なんかとんでもないものを見せられた気分ですわ。白けたので、帰りますね。結婚式にはよんでくださいね」
と後ろから兄の友人である公爵令嬢が声をかけてきた。
「助かったよ。エミ、うまくいったわ」
「おまえらグルだったのか」
流石に兄と公爵令嬢のやりとりを見て、オレも気がついたわ。まぁ、だけど、兄上には敵わないな。オレは生涯尻に敷かれそうだな。
はっ、尻だと!? 男同士だとどうなるんだ。オレが急に尻をおさえた格好をしたのを見て、笑い出す公爵令嬢。
「あと、勘違いしているようですから、ここでお教えしておきます。アルは女ですわよ?」
そう言って微笑む。令嬢に驚愕の事実。彼女は女系の皇族は別の国にいっても帝国を継承する権利があるのでと言って、兄上がなぜ公国で男として生きてきたのかについて話しはじめた。
ただ、オレは兄上が女性だったことで、今までの悲壮的な決意が無駄になったと内心は喜んでいた。だって、自分の尻が守られたんだから、ただそのことに感謝するだけだった。
それから、父上にことの顛末を話したら大喜びで祝福してくれた。周りの友人たちもみんな兄のことを知っていたらしく、鈍感なオレの行動にいつもヒヤヒヤしていたらしい。すまんな。まさか、兄と教えられていた人にそんな裏事情があるなんてわからなかったからさ。そんなこんなで1年が過ぎて…
☆☆☆
ここは教会の控え室。あの婚約の制約書を提出した所と同じ教会だ。
「突然、入ってきてどうしたの? あれ? 緊張しているの? 顔が真っ赤だよ」
オレは控え室に入るなり、呆然としていた。
「おーい、返事がないよ」
いや、呆然としていたんじゃない。オレは…
「もしかして!? 結婚をやめたいの? だから返事すらしてくれないの?」
「ああ、私は寂しいな。昨日なんて大切にするって言ってもらったのに」
そう言って拗ねる彼女は愛おしい。
「兄上は何をいってらっしゃるのですか!?」
「あ、また兄上って言った。もう結婚は取りやめかな」
拗ねる彼女の愛らしさに見惚れていたから、昔からの習慣で兄上と呼んでしまった。
「いや、やめたくないって。ただ、見惚れていただけ!!」
思ったことがつい口に出てしまった。
「恥ずかしいな。やめてよ。そう言うのは…」
オレの言葉を聞いて真っ赤になっている彼女。そんな彼女は女性にしては高い身長に細身な体型をしている。全くオレが女性と気が付かない訳だ。
「それで何をしに来たのかな?」
オレの考えていることがわかっているのかやけに声がトゲトゲしい。
「いや、式場に入る前に伝えたいことがあってさ」
オレはそう言って頬を指で引っ掻く。
「ずっと兄だと思っていて、本当に尊敬していた。あなたが好きだと真っすぐに言ってくれて、オレは自分の思いを抑えることができなかった」
オレは思いの丈をぶつける。
「兄弟としてじゃなく、愛する人としてオレのそばにずっといてくれませんか」
「うん、いいよ。そのかわり、これから兄と呼ぶのはなしね」
と返事をもらった後にしばらこちらを睨んできた。そして、拗ねている姿も可愛いなと見ていたら、彼女は自らを指差して、
「それと、私を一生大切にしてね」
と言って微笑む。こんな美人が兄弟として育ったオレは幸せ者だな。この幸せを失わないように彼女と共にどんな困難も乗り越えていこう。オレはそう心に誓ったのであった。
━━━━━━モス公国はその後、帝国と共同統治として存続した。
その理由は有名な話ではあるが、帝国は高齢な女帝がなくなり、その後継の争いが激化し、主要だった後継者が全て亡くなってしまったのだ。
そんな時にハイエルン公爵家が新たな後継者として、アルクェイド・アルガンダーズ・カンガルービアを旗頭にかかげて、荒廃した国を再建する。
当時の情勢を考えると突然に現れた他国出身の後継者に叛意を持つものが帝国内には多数いたはずである。
しかし、小さな島国を統治する共同統治者であるラドクエストフ・アルガンダーズ・モスが公私にわたる積極的な支援によって女帝を助けて、黄金時代を築いたと言われている。
彼は生前に「ちょっと待った!! 兄上は何をいってらっしゃるのですか!?」と頻繁に言っていたようだが、歴史家には誰のことを指しているのかわからずに永遠の謎である。
ただ、歴史家は彼らの子孫が大陸を跨ってまで長く繁栄したことから、彼らの文献がたくさん残っており、生涯にわって仲睦まじい夫婦であったことが確認されている。