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公平に殺す男(1/1)

 天外てんげ市内、駅前のとある予備校。


「いわゆる〝汚染霧雨の時代〟の文学。ここは試験に出るぞ。汚染霧雨が世の中をどう変え、文学者にどんな影響を与えたか。確実に点を取れるポイントは……」


 教室では講師が流れ作業めいて講義を続け、受講生たちは無表情でノートを取る。その一方で一部の受講生たちはデスクの下にスマートフォンを隠し、仲間内でメッセージのやり取りをしていた。


『ネットのニュース見た? また誰か撃たれたって』


『狙撃?』


『撃たれたのってまた大学生?』


『犯人はきっと大学生を憎んでるやつ』


『じゃあここの生徒?』


 受講生の一人、元次もとつぐはスマートフォンから目をそらし、窓の外を見た。


 巨大工業都市・天外の雨が止むことはない。汚染物質まみれの霧雨が降りしきる中、防霧マスクをつけた人々が足早に行き交っている。


 元次の目には、コンビニ前で談笑する若者数人が見えた。この近くにある大学に通う学生たちだろう。


 元次は手を銃の形にし、背の高い大学生に人差し指を向けた。

 心の中で引き金を引く。


(バン!)


 次に長髪の大学生。


(バン!)


 最後にかわいらしい童顔の女子大生。

 元次はその心臓に容赦なく狙いをつける。




* * *




 バン!


 バチッ!

 銃弾を受け、若者の胸が爆ぜた。


 その若者は自身に開いた赤黒い穴と、そこから噴き出す血を不思議そうに見下ろしながら、ゆっくり倒れた。


「キャアアアア?!」


 通行人から金切り声の悲鳴が上がる。


 元次は街角にパニックが伝播する様子をスコープ越しに眺めている。充実感がじりじりと胸に広がるのを感じていた。


「はは」


 彼は乾いた笑いを漏らした。

 予備校の受講を終えて十五分後のことだ。元次はビルの屋上に陣取り、地上の歩道に狙撃銃を向けている。銃口からは一筋の白い硝煙が立ち昇っていた。


 元次が撃ったのは見知らぬ他人だ。スコープで獲物を物色していたとき、たまたま目についたから撃ったというだけだ。


(うん、スカッとした)


 元次はすっかり満足していた。


 慣れた手つきで狙撃銃を分解してバッグに詰めると、耐水コートを拾い上げ、五階建てビルの屋上から地上へひらりと飛び降りた。音もなく裏路地に着地する。


 ビルの非常口前には警備員の死体が転がっている。胸を撃たれていた。邪魔だったので元次が先ほど射殺したのだ。


 元次は裏路地を出ると、人々の混乱に背を向けて駅へ向かった。


 元次の自宅は都心部からやや離れた場所にあるタワーマンションだ。天外を事実上支配している巨大企業、ツバサ重工の幹部クラスの社宅である。


 いつもの夕食の席で、いつもの両親の言い争いが始まる。


「元次、今年こそ受かって貰わないと困るぞ。だいたいうちの家系で浪人したのはお前だけで……」


「やめて、あなた。元次だって頑張ってるんだから……」


「だいたいお前がちゃんと見ていないから……」


「あなたが一体何をしてくれたって言うの! 口を開けばいつもそれで……」


 二人とも元次のことなど目に入っていないかのようだ。


 元次は受講中と同じ石のような無表情で席を立ち、自分の部屋に戻ってドアの鍵をかけた。


 デスクに着いて参考書を広げるが、やる気が起きなかった。


 何となくスマートフォンを手に取ってSNSを見た。友人や同級生たちの投稿は、自分の毎日がどれほどキラキラしているか、充実しているということばかりだ。


 おしゃれなレストランで食事。恋人のここが好き。起業して毎日が忙しい。友人たちと飲み会でバカをやった。内定が出た。大学のコンクールで賞を取った……


 それを見ていると、元次の胸にいつもうずいている不平不満がどんどん大きくなる。その思いが強烈な衝動となって元次に囁きかける。「行動しろ」「殺せ」と。


 元次はスマートフォンをベッドに投げ、立ち上がった。

 防水コートを着込み、バッグを抱えてベランダへ出た。手すりを飛び越え、虚空へ身を躍らせる。


 汚染霧雨が降りしきる中、ビルの屋上から屋上へと飛び移り、ネオンと電子看板が溢れる街中を抜けた。適当な雑居ビル屋上まで来ると、あたりを見回す。


 地上の飲み屋街ではサラリーマンや大学生のグループが飲み歩いている。ここを今夜の狩り場にしよう。


 元次はバッグから狙撃銃を取り出し、組み立て始めた。


 元次がこの趣味を始めたのは、浪人二年目になってすぐのことだ。


 ある日、予備校から帰宅中のことだ。彼は胸に強い衝撃を受けて倒れた。

 最初、赤いペンキでも投げつけられたのかと思った。胸板に大きな赤黒い染みが出来ていたからだ。だが実際は胸に握り拳が突っ込めるくらいの大穴が開いていた。


 通行人が狂ったように悲鳴を上げていた。


 ふと、元次に影が差した。誰かが自分を見下ろしている。


(((血が入ったな。十人目でやっと当たりだ)))


 その男は言った。男が肩に担いだ銃口からは、硝煙が立ち昇っていた。


 自分はこの男に撃たれたのだと、元次はぼんやりと考えた。


(((俺も出世したことだし、そろそろ部下が何人か欲しいもんでね。お前に我が撃鉄うちがね家の血をくれてやる。そうだな、誰でもいいから適当に十人殺せ)))


 男はそう言った。


(((十人だぞ。ちゃんと見ているからな。達成したらまた来る。俺の名は撃鉄家の大前おおまえ……)))


 男は立ち去った。

 そのあと、元次は何事もなかったように立ち上がった。胸に開いた傷は塞がっていた。周囲の人々は呆気に取られて元次を見ている。


 元次は本能的に自分が生まれ変わったことを知った。撃鉄家の血族となったのだ。


 血族。すなわち妖怪、魔女、獣人といった怪物の末裔。半神半人の血を引く超自然的存在だ。


 血族は人間を血族に変えて仲間を増やす。撃鉄家の場合、自らの血で作った特殊な弾丸を人間に撃ち込むことで、低確率で血を分け与えることができるのだ。


 その翌日、元次は密造銃ジップガンの密売人を見つけ、殺して狙撃銃を奪った。血族となった元次にとって造作もないことだった。


 それからは気が向くたびに見知らぬ通行人を射殺している。銃など触ったこともなかったのに、これまでただの一発も外したことがない。

 鬱屈した浪人生活を送る元次には、胸がすくような体験であった。


 やがて射殺した人間は十人を超えたが、大前と名乗ったあの男は現れなかった。

 別に彼を待ち望んでいたわけでもなかったが、一つの目標であったことは確かだ。それを過ぎた今、元次にとっては人を狙撃することそれ自体が目的となっていた。


 そして現在。元次はスコープ越しに大学生たちを見つめた。


(不公平なんだ! 俺はいつだってガマンしているのに、あいつらは……! あいつらは不公平を思い知って死ぬべきだ)


 元次はレストランのメニューから料理を選ぶようにして、飲み屋街を歩く大学生を物色した。


 ふと、女子大生の一人に目が行った。よく見るとそれは先ほど予備校で受講中に見つけた童顔の女子大生だった。


 ちょうど良かった。あのかわいい顔が爆ぜるところが見たかったのだ。


 スコープの照準に女子大生の頭部を重ねる。

 元次はこの瞬間の緊張感が大好きだった。人差し指を一センチ動かしただけで相手を殺せる。相手の生存権を自分が握っているという全能感! 今、自分は神なのだ!


 何も知らない女子大生は彼氏らしい男におどけてしがみついている。酒が入っているのか顔が真っ赤で、はしゃいでいた。


 元次は神経を一点に集中させ、引き金を絞ろうとした。


 そのとき、女子大生の前を通りかかった少年が射線をさえぎった。


 ツナギを着込んだ高校生くらいの男子だ。その少年は不意に立ち止まり、目深に被ったフードのふちを持ち上げた。


 元次は戦慄した。少年とスコープ越しに目が合ったのだ。

 少年は明らかに元次を見ていた。


「!?」


 その狂犬めいた目で見据えられた瞬間、元次の背筋にぞっとするものが走った。

 彼は無我夢中で少年に狙いをつけたまま引き金を引いた。


 バァン!


 少年はさっと右手を振る仕草をした。


 元次は呆気に取られた。少年はなおもその場に立ち、元次を見ている。


(外した?! バカな! そんなはずはない……)


 狙撃銃のレバーを引いて次弾を装填する。スコープを覗き直す。だがそこに少年の姿はなかった。


(いない!?)


 風を切る音がした。

 元次はスコープから顔を上げた。その少年は向かいビルの壁を垂直に駆け上がり、元次に向かってジャンプしたところだった。


 少年は空中で元次に右拳を向けた。そしてサムズアップするように親指を弾いた。


 ビシッ!

 何かが元次の右目に直撃した。


「ぐああああ!」


 元次は狙撃銃を落としてのけぞった。震える手で右目に突き刺さったものを引き抜く。


 それは自分が撃った弾丸であった。あの少年が片手で掴み取り、親指で弾いて元次に撃ち返したのである!


 少年は雑居ビル屋上に着地した。狙撃銃を踏みつけて破壊すると、けげんそうに元次を見た。


「どこの誰だ、テメエは?」


「ああああ!」


 少年は元次を容赦なく殴った。

 ドゴォ!


「ぐわあああ!」


 元次の顔面に鉄拳が直撃! 頭蓋骨がきしみを上げ、顔面の骨が陥没する。元次は吹っ飛んで屋上を転がった。


 元次は必死のに這って非常階段に向かうと、そこを無様に転がり落ちた。


 元次にとって殺しは一方通行の遊びだった。自分が殺す側。他人は殺される側。だがその立場が逆となった今、元次は恐怖の虜となっていた。


「ず……ずるいぞ! こんなのは……不公平だ!」


 少年は呆れた様子でそのあとを追って来た。彼は元次と違い、あまたの血族との殺し合いを経た本物の血族戦士であった。


「いきなり撃っといて殴られたら“不公平”か」


「みんな同じことをしてるじゃないか? 芸能人に、楽してるヤツに、若いヤツに、美人に、金持ちに! 自分より恵まれてるヤツをSNSで攻撃してるじゃないか!」


「面白いことを言うヤツだ。前に殺した大前ってヤツも狙撃手だった。お前は仲間か?」


 それはもはや元次には聞こえていなかった。


「ヒイイ!」


 元次は悲鳴を上げながら非常階段を転げ出た。裏路地を這って逃げる。ダメージが大きいこともあるが、それ以前に足腰が震えて立つことすらできない。


「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ! こんなの不公平だ! 何で俺だけが! みんなやってるじゃないか……みんな……」


 裏路地では失業者たちが何やら争いをしていた。


 目詰まりしたボロボロの防霧マスクに、擦り切れて雨水が染み込む防水服を着けている。天外の表通りは華やかだが、一歩裏通りに入るとこのような者たちが蠢く闇が広がっているのだ。


 失業者たちは泥酔したサラリーマンを裏路地に引きずり込み、財布や衣服を奪い合っていた。そこに元次がやってきたのだ。


 失業者たちはいったんは警戒した。彼らは通常、反撃してきそうな者を襲うことはない。だが元次が弱っていると見ると、バットや鉄パイプを手ににじり寄ってきた。


 元次は息を飲み、地面にしりもちをついた格好で後ずさりをした。震える声で叫ぶ。


「な……なんだ、お前ら! 来るな、ゴミども! 近寄るなァ!」


 失業者の一人がバットを振り上げて無慈悲に言った。


「俺たちは住むところもカネもない。でもお前は持ってるんだろ? それって不公平じゃねえか」


 元次の表情は絶望に満たされた。


 失業者たちはいっせいに袋叩きを始めた。


 先ほどの少年は裏路地の入り口に立ち、ポケットに手を突っ込んでその様子を見ていた。だがやがて興味を失い、その場から消えた。


 天外でカネに変えられないものは何もない。一〇分もしたら元次は死体すら残さず消えてなくなるだろう。


 何もかもが天外のありふれた一夜であった。



(公平に殺す男 終わり)

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