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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
1章 未遂女と屁理屈男。
8/44

未遂女、捕まえる。

8話です。

 ヤマナシは居住まいを正すと、少しだけ真面目な顔をした。あまりに真っ直ぐ見つめてくる黒い瞳に思わず魅入られていると、少女はへへっと笑って自ら相好を崩した。


「ヤサカ君の言う通りなんだよね。魔法使わなきゃそれでいいし。死ぬ気もないし」


 茶化しても話が終わらないので、先を促す。


「でも一瞬、一瞬だけ『あー、ダメだ、死のー』ってなる時あるじゃん?」


「まぁ、そうだな」


 生きている限り言葉だけでも死に逃げたくなるのは当然だ。俺の周囲には、生を満喫しきって毎日を輝かしている人種は見ない。人生に失敗や後悔は付き物だろう。まして俺達は高校生、思春期真っ只中なわけで。


「じゃあそれってさ、『死にたくない』のに『死にたい』になっちゃうじゃん?」


 本当にその気がなくても、気の迷いというものだ。人間とは不思議なもので思ってもない本音が口から漏れ出ることもある。言葉にせずとも自分の想いと裏腹の気持ちなんて抱えて当然だ。


「魔法も使わなきゃいいんだけどさ、ヤサカ君は自分が魔法を使えたらって想像できる?」


 魔法が使えたら。

 人生のくだらないたられば話で五指に入るチョイスだ。


 実際に何をと考えると、パッと浮かばない。お金が欲しいとか、本を読む時間が欲しいとか、思いつくのはどれもいやに現実的なものだ。


「あまり想像できないな。どれもつまらなそうだ」


「夢も何もないじゃん」


「魔法でどうこうできることを考えてないんだよ」


 それで、とヤマナシの言葉を待つ。少女は俺の言葉に残念がるような、呆れるような顔を見せた。


「私、逆なんだよ。魔法がない方が想像できないの。生まれた頃から五体満足にプラスで魔法があってさ」


 ヤマナシはひらひらと手足を動かした。その動作は誰にでも出来て、つまりそれだけヤマナシにとっては魔法を使うとは自然なことなのだと分かった。


「で、それがどう繋がるんだよ」


 ヤマナシは相変わらずへへっと笑い、黒い瞳を日色の変える。

 食べ終えたアンパンの包装が一人でに踊り出し、その体を結んでいった。


「ちっちゃい頃は何でもかんでも魔法使っちゃうからおばあちゃんに散々ぶっ叩かれてさ。大きくなってからはちゃんと出来るようになったけど、やっぱりたまに使っちゃう時があってさ」


 それが、つまり。


「死にたいって思っちゃった時にさ、ね?」


 ヤマナシが首を傾げる。

 日の色の瞳は相変わらず煌めいて美しいが、奥に見える寂しい光を覆い隠すほどではなかった。


「魔法が暴走する時もあって、その間が悪いと取り返しがつかないってことか」


 傾げた首のままヤマナシは頭を垂れた。俺と初めて会った昨日の屋上がまさにそんな場面だったわけだ。


「なんなら昨日、君に会うまでもボーッとしててさ。体が……ていうか魔法がなんだけど、勝手に動いてさ。『あー、死ぬのかな』って思ってたら君がいて。生きてた!」


 ヤマナシがぱっと顔を上げる。その目はもう日本人によくいる黒で、日の色は頭上から差し込む太陽光だけだった。


「そりゃ良かったな」


「うん、よかった」


 うんうんとヤマナシが頷く。


「それでヤサカ君に相談なんだけどさ」


「絶対面倒臭いだろ、これ」


「聞いてよー!こんなのヤサカ君にしか言えないんだもん!!」


「お婆ちゃんにでも相談すりゃいいだろ!」


「殺されるわ!」


「知るか!勝手に死ね!」


「ヤサカ君しかいないんだよおおおお!!」


 ヤマナシが立ち上がろうとする俺の制服の裾を必死の形相で掴んだ。ええい、鬱陶しい。


「他に友達いねぇのかよ!」


「人に!言えるか!不可抗力とは言えヤサカ君に見られたのが初めてだわ!」


 ヤマナシの手に込められた力から絶対に逃すかという意思を感じられた。振り解けない。


「かくなる上は!」


 ヤマナシの瞳の色が変わり始め「やめい!」


 その頭にチョップをかます。


「いだい!」


「分かった分かった!話は聞いてやる!聞くだけな!」


 ヤマナシの目を隠しながら顔面を掴んで引っぺがせば、奴は素直に後ろに引いた。お互いにちょっと汗ばんでいる。薄らとヤマナシの匂いが漂い、密着し過ぎたことに気づいた。まだ夏ではないといえ、一瞬の間に興奮し過ぎだ。


 何とも言えない憮然としたヤマナシ、その瞳はもう黒に戻っている。


「聞くだけ?」


「……回答もしてやろう。お前これほとんど脅迫だからな」


 ちなみに正しく相談に乗るとは言ってない。


「そんくらいギリギリなの!さっきも言ったけど他に話せる人いないし」


「結局話し相手になんのは変わらないからいいが、お前相談重過ぎんぞ」


「重々承知!なんたってこちとら自殺未遂でぇ!」


「テンション振り切ってんな。で、じゃあその、なんだ。結局話の要点はなんだよ」


 聞けばヤマナシはうっ、と言葉を詰まらせ、生温いには少し暖かい風が俺たちを包んだ。微妙な間が空く。


「いや何もないのかよ」


「あるわい!なんかこう、ふわっと優しい言葉が欲しいんじゃい!」


 今度はこちらが言葉を失った。この女……。


「お前それ相談の体をなしてなくないか?」


「だってぇ……。こんなの人に話すのも初めてだし。何話せばいいか分かんないじゃん」


 それはそうなのかも知れないが。


「魔法隠さないといけないのも辛いし、魔法使っちゃうのも怖いし、何相談すればいいのかも分かんないし」


「よし、分かった」


「さすがヤサカきゅん!」


「お前次その呼び方したらもう何も聞かないからな」


「ごめんなさい」



「次来る時までになんか考えて来い」


「えぇ……適当」


「それは勿論、相応しいって意味の使い方だよな」


「え、適当って適当って意味じゃないの?」


 その使い方ならよっぽどお前の方が適当だよ。



 丁度その頃、予鈴が鳴った。

谷坂「こういう時は便利なんだがな」

月見山「人をスプリンクラー扱いすな」

谷「俺が相談に乗る、お前が水をやる。ウィンウィンだ」

月「先に水やり済ませとけよ」

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