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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
1章 未遂女と屁理屈男。
7/44

未遂女、知る。

7話です。

「で、ウィリアム君の名前なんなの」


「スミス」


「分かってる、君がそういう人だってのは短い付き合いなりによーく分かってる。今度廊下で見たら馴れ馴れしく『スミスくーん!!!』って呼ぶからね」


「俺がシカトしたらお前そのままスミススミス言って付き纏うのか?」


「話しかける気だったけど先に言われたらなんかすごいヤじゃん」


 あまりこいつに絡まれるのも気が進まないが、四組なのは言ってしまってるんだよな。探そうと思えば人に聞くなり普通に判明してしまう。


「谷坂」


「トサカ?」


「ぶん殴るぞ鳥頭」


 ヤマナシが頭上にアンパンの盾を掲げる。

 お前それガードできるもんじゃないだろ。アンパンが物理法則を無視するのは子供向けのフィクションの中だけ、と、言葉にする前に目の前の少女がどんな存在か思い出した。


「……どうせいつかバレるなら先に言ってやった方が後腐れないだろ。立つ鳥跡を濁さずって言葉もある。これでいつお前と縁が切れてもいいわけだ」


「また知らない言葉だけど多分意味違うのだけは何となく分かるんだけど」


 頭にハテナを浮かべながらヤマナシがどうにも胡乱げな視線を送ってくる。怪しむ前に言葉の意味を調べようとはしないんだな。


「お勉強した方がいいぜ。貴重な昼休み使っていいのか?」


「お昼まで勉強したくないもん」


 ヤマナシがアンパンを齧る。こいつのことなど気にしても仕方ないので、俺も手にした如雨露を置いて先に昼を食べることにした。

 また同じ場所で昼を食うことになるとは、どうやら魔法使いからは逃げられないらしい。いや、魔法使いじゃなくて魔女だったか。


「ヤサカ君の下の名前は?」


「気持ち悪いから君なしで谷坂にしろ」


「ヤサカきゅんの下の名前は?」


「答える気失せた」


「毎日いるの?屋上」


「天気による。お前が来るなら少し考えようかな」


「もっと頻度増やすってこと?」


「昼以外の時間に分割するのもいいかもな」


 質問に健気に答えるたびにヤマナシがむっとした難しい顔を見せていく。晴れ渡る空の下には似つかわしくない面だ。


「やっぱりそんなにいやかな?私」


 唇を尖らせたまま、視線には少し不安げな色を覗かせた。女子にそんな目を向けられると考えるところもあるが。


「魔法の件は差し置いたとして、お前昨日の行い振り返ってみろよ」


 憩いの場で死なれそうになり、昼飯を奢り、水をかけられ、夢にまで出てくる始末。

 加えて目の前で演出している弱々しい瞳より昨日の日の色の瞳の方の印象が強い。


「……運命的な出会いってやつ?」


 俺は無言で惣菜パンを食べた。今日は忘れずに尻ポケットに未読の本を詰めてきたので、無理に話し相手になることもない。

 晴天下の少し乾いた風が瞼を重くするが、これくらいの方が本の世界に没入できて心地よかった。


「いやシカトかーい」


「飯食ってんだよ」


「私も食べよー」


 切り替えの早い女だ。さっきも食べながら話しかけてきていた気がするが、違いはあるんだろうか。


「でさ、相談なんだけど」


 切り替えの早すぎる女だな。言ってからまだ一口しか食べてないだろ。

 抗議の意を込めてヤマナシにじっとりとした視線を送ると、奴はそれを促す合図と取ったのかそのまま語り始めた。



「人生相談。なんか、世の中生きづらくない?」



 ヤマナシは、心底真面目なトーンでそんなことをのたまう。

 ぴゅうと吹く風が俺たちの間に渇いた空気を運んだ。


「……それは昨日も聞いた。別の世界があるとでも?」


「それはあんまり知らないけど。ヤサカ君だって屋上でボッチじゃん?」


 確かに俺が喋らなければヤマナシの声は屋上のコンクリートに沁みるだけ。昼休みに屋上に誰かと来たことなんて、数えるほどもない。別にクラスに友達がいないかと言うと、ノーではある。

 だかそんなことわざわざ言うものでもない。


「でさ、魔女として(こんなので)生きてると色々あるからストレス溜まっちゃうんだよねー」


「生憎俺は魔女じゃないから知らん」


「ちょこっと、ヤサカ君が魔女だったらって想像してみてよ」


「前提が魔"女"ではないから想像するだに難しいな」


「もー!」


 言わんとすることは分からんでもない。思い返せば俺に魔法がバレた時のパニクり様は少し面白かった。


「魔法使わなきゃいいだけだろう」


 バレてはまずいのなら、尚更に。


「そうなんだけどさー!でもさー、うーん……」


 なんだか煮え切らない態度のヤマナシに、少し違和感を覚える。掛け違えたというよりは、色の違うボタンが並ぶように整合性がつかない印象。

 下を向いたままうんうん唸る少女はどことなく小さく見えた。小さい中にどんな葛藤があるのか想像は出来ないが。


「お前さ、死ぬ気ないだろう」


「うん」


「というより、無かったろう」


「……うーん」


「漠然としすぎて何を答えればいいのかも分からんが。お前、なんかチグハグなんだよ」


 ヤマナシは顔を上げた。


「チグハグ?」


「悩みがあるのは分からんでもない。だが、お前、自殺するようなタマじゃないだろ」


 こいつが俺のキャラをどうこう言ったならば、逆も然りだ。短い付き合いなりに分かることもある。


 ヤマナシは黒い瞳を意外そうに瞬かせて俺を見る。別に、こうしていれば本当に普通の少女なんだよな。

 相変わらず屋上に吹く風は読書に最適な空気を運んでいる。だが昨日実証した通り、結局こいつのことを俺が納得出来なければ何も集中出来ない気がした。


 だからこれは、俺のための相談でもある。


「……相談するって言ってなんなんだけどさ。ちょっと面倒臭い話していい?」



 ヤマナシがスカートを正しながら俺に向き直った。

 二人とも、パンはもう食べ終えている。



「まあそもそも相談に乗るとは一言も言ってないけどな」


「なんでそうすぐ台無しにするかな君は」


 話を聞くとは言っていない。ただ、この黒い瞳の少女を俺のためにほっとけないだけだった。

今のところ月見山から見たらツンデレお人好しDK谷坂ウィリアムスミス。

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