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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
2章 意欲女となあなあ男
44/44

未遂女、強請る。

44話です。

 言葉だけ見ると正当な要求だけに、断固拒否とはすぐに言葉にならなかった。


「行きたくない」


 代わりに、本音がポロリと口をつく。


「私だって他のことにしたかったよ!谷坂君に変顔させるとか」


「思ってた数倍ハードル低いな。そっちでいいなら仕方ない、今終わらすぞ」


「サービスでやってくれるなら喜んで!」


「やるわけないだろ」


「知ってるよ。でもこうでもしないと絶対家来ないでしょ?」


「月見山にしては珍しく賢いな」


「伊達にテスト100点取ってないからね」


 賢さのベクトルを間違えた頭の悪さには一安心。

 その頃には、頭も正常通りに働き始めていた。

 前向きに検討する訳ではないが、仮に拒否したところで常識的な決着で済むか分からないのは現在の俺達の関係が証明している。


「まず、お婆さんからの命令ってのは何なんだ?」


 月見山はまたいつもの愛想笑いをへへっと浮かべると、散らかしたままだった答案を粛々と片しながら語って見せる。


「いやー、ほら、谷坂君の存在自体は前からバレてたわけじゃん?そしたら何かおばあちゃん的には連れてくるのが当たり前?みたいな感じで『いつ連れて来るのか』って言われて。私も何でか聞いてみたんだけど、話してくれなくってさ。とにかく一回連れて来いって。でもこんな理由だと谷坂君も絶対来ないでしょ?そこで今回の罰ゲームですよ」


「いっそのこと聞くんじゃなかったな……絶対面倒臭いだろう、それ」


「うーん、ちょっと私も遭遇したことない事態だからわかんない」


 首を捻る月見山。

 肝心のメッセンジャーすらこの様子では、予め本意を知るのは難しいな。


「今まで他に魔法がバレて、ってのは……まぁ、無かったか」


 あったのならば月見山には俺以外の既知がいるはずだ。その素振りを見せないということは、悲しいかなそういうことだろう。

 予想を裏付けるよう月見山はこくりと頷いて見せるが、「けど」と続けて傾けた首を横に振った。


「小さい頃には外で魔法使っちゃったこともあったんだけど、その時は家に呼ぶんじゃなくて……あんまし言いたくない」


 バツが悪そうに首の動きに合わせて目を逸らす。

 このアホのことだから過去にやらかしがあることなど容易に想像できるが、大方尻でも叩かれたのだろう。


「まぁお前がアホなのは重々承知だが、厄介なのは避けてどうなるかも分からんことだな……」


 心底行きたくない。

 女子に家に誘われたというのに、こんなに心が沈むことがあるだろうか。


 賭けには負けたが月見山が俺に依存している現状を何とかしたい。

 果たして誘いに乗るとこれからはどう転ぶのか。

 もし月見山の暴走や、俺以外に頼りがいない状況を好転させられるきっかけがあるならば、転がり込むのは悪手ではない。

 だが逆に、より俺が深く関わることになってしまうと本末転倒だ。むしろわざわざ噂に聞くお婆さんからの呼び出しであるならば、その可能性を高く見積もっておくべきではないか。


 これが月見山の望みである以上、最悪従うこと自体は別にいい。

 問題は、従った結果がどうなるかなのだ。

 せめて目的が見えていれば。

 いっそのこと「お前に孫はやらん」とか通告してくれるならばどれだけ喜ばしいか。

 決してそんな関係ではないが、ニュアンス的には高い可能性はある。いや、意識的に目を逸らしたが「孫を託す」的なムーブの方があり得るだろう。

 となるとやはり……ああ、だめだ。思考がループしつつある。


 とりあえずじっと俺が考える様子を見る月見山に溜息を吐いた。

 一人で考え込んでも結論が出ない。


 まぁ、非常に不本意ながら、どれだけ理屈を捏ねたところで拒否が通るような相手ではないことは薄々感じている。


「お前、どう思う?」


 聞いといて、目的語が抜けている。

 お前が俺に依存してる現状を改善するにあたり、祖母の要求はどう影響すると思うか。

 そんなこと、やはり魔法的に不安定で何かあればどうなるか分からない月見山に、聞けるか。

 ただの質問の形をした文句である。


「そこで谷坂君、さっきの話じゃん」


 しかし月見山は何やら考えがあるのか、くるくると指先を回して前の話題を引っ張り出そうとする。


「どれだよ」


「流石の私も頑張って勝ち取った権利をおばあちゃんに持ってかれるのも何かアレだなぁとは思うわけで。私としてもたまには普通に遊びたいし」


 まぁ、気持ちは分からんでもない。

 俺だって小野町への命令権を意味も分からず相田とかに奪われたら、良い気はしない。


「そこで遊びたい私と家に呼びたいおばあちゃんと、ツンデレのツン多めの谷坂君と、みんなが納得するのはどこだろうって」


「その言い分には絶対納得できないがな」


 月見山はくるくると遊んでいた指を止め、両の親指と人差し指で三角形を作って見せた。


「とりあえず、一回私が谷坂君の家に行くのはどうでしょうか?」


「本気だとしたら過去一でお前のことを馬鹿だと思ってるんだが」


「いやほら練習?練習的な?家に遊びに行く練習ついでに作戦会議、みたいな!」


「呼び出し要素もない上に本番は俺が行く側だし作戦会議……作戦会議か」


「そうそう。ほら、私が遊びに行くとしても谷坂君のお母さんとかにご挨拶する時に、性格とこ知ってればちょっと怖くないじゃん?そういう、打ち合わせ、みたいな」


 だんだんと尻すぼみになる月見山の言葉だが、僅かながら合理性は見受けられる。要件は知らずとも、お婆さんの為人を知っておくことで出来る心構えもある。


「ちなみに、その呼び出しはいつになるんだ?」


「特に決まってないよ。谷坂君には今初めて言ったわけだし。決まりさえすれば、そんなに早くしなくてもいいかも」


「長引かせても気が滅入るな。いっそ放課後とかで一瞬で終わるならそれでもいんだが」


「とりあえずおばあちゃんに聞いてみる」


「そうしておけ。今日はそろそろ時間だし、まぁ、本番前のどっかで作戦会議とやらもしておこう」


 予定的な話のみならず、空の雲行きも怪しくなってきた。

 まぁ、今すぐに、休み時間が終わるこの数分の間に降り出すことはないだろう。

 傘の用意もあるので、いざとなっても困ることではない。


 腰を上げた俺に続き、月見山も制服の尻をはらいながら立ち上がる。


「じゃ、後でメッセするね。土日でもいい?ていうか突撃谷坂君家もしていいの!?」


「俺ん家である意味はないだろ。昼休みで足りるならそれでいい」


「考えさせて!それはもう考えさせて!任せといて!一応予定は空けといて!」


 月見山の提案というだけでそこはかとなく不安にさせられるが、目下それ以上の不安が待ち構えているのだ。


 結局、また貴重な休日を費やすことになりそうだなとの予感はある。

 全くもって気は進まない。進まないが、果たして待ち構えた先で仮に月見山が俺の手を離れるなら、万々歳だ。そうであることを願う。

 もちろんそんな考えは甘えでしかない。よほど真逆の自体になる可能性を危惧し、可能な限り万難を排して臨めるように心構えだけは持っておくべきだろう。


 なぜだろうか。

 思えば月見山との出会いや、魔法の暴走や、こいつに持ち込まれた問題は全て突発的であった筈なのに。

 それに比べれば、今回は予告がある分準備と言わずも覚悟までは出来そうなものなのに。

 衝撃こそ少ないが、いつにも増して気苦労の度合いが大きい気がする。


 ぐるぐると考えながら開けた屋上の戸は、湿気のせいか、いつもより滑りが鈍い気がした。




 教室に帰ると、また陸上部連中が小野町に集っていた。

 前回より人数は少ないが、邪魔であることに変わりはない。


 ふと感じた視線の方向を見ると、談笑する相田が含み笑いを俺に向けていた。目が合うや我関せずとふいと首をすくめて見せる。腹立つな。


 陸上部の奴らもどうせ昨日の放課後にでも小野町を遊びに誘ってはいるだろうに、ご苦労なことだ。何が奴らをそこまで駆り立てるのか、所詮俺も浅ましい雄であるからして理解だけは出来るのが何だか無性に情けない。

 だからこそ、いかなる理由の嫌悪を含むかは自分でも知らないが、少なくとも読書の邪魔なので昨日と同様に蹴散らすことにする。


「おい」


 黒板側から座席に戻ると不遜にも俺に尻を向けることになっている雄猿達に向け、短く声を発す。

 気付いた連中は居座る席の持ち主の顔くらいは見覚えがあったのか、「あ、わり」と一言返して小野町に向き直る。


「じゃあ部活で」「日曜よろしくな」「五限の内にメッセも送るわ」


 等々と捨て台詞を吐き、巣に戻る雄猿達。

 小野町も「ん、授業は真面目にしなよー」と呑気に返し、ひらひらと手を振っている。


 別にそれらのやり取りは、どうでもいい。俺の席でなければ続けてもらっても構わないくらいだ。

 だが一度思考の矛先を向けると余計な思考に嵌りそうで、頭の中身を追い出すようにガリガリと頭を掻いた。


 やや静かになった席に座り、尻ポケットから読みかけの文庫本を取り出し、はらりとスピンが落ちたページを開く。

 後ろの小野町から何か言いたそうな気配を感じたが、それすらここ最近喋るようになっただけの俺の錯覚だろうと受け流す。


 活字を目で追いながら、しかし頭の中で渦巻いている景色はさっきから変わらない。余計な情報を入れないようにするだけで精一杯だ。


 欠片も本の世界観に没入出来ないまま、昼休みの終わりを告げる本鈴が鳴る。

 顔を上げると、どうやらまだ教師は来ていないようだ。


 どの道残り僅かな時間、一度意識を離してしまえば欠片も集中出来ていなかった読書にまた向き合える気も起きなかった。


 せめて教科書でも出すかと呆けていると、せかせかと教室に入って来る人影が目に映った。

 ハルちゃんだ。

 現国は隣のクラスのはず。俺の記憶が正しければ次は数学で、特に変更もなかったと思う。

 同様に困惑している生徒が多数、なぜなにどうしてと黒板に向かうハルちゃんに疑問が飛び交う。

 ハルちゃんは手元のピラ紙を黒板に書き写し終えると、者共静まれと、パンと手を叩いた。


「五限だけど、先生のお子さんが熱出しちゃったみたいで自習になります。黒板に書いた範囲のワークをやっておくようにとのことです。回収はしないらしいけど、次回小テストからスタートみたいだから。私も隣にいるからうるさくしたら飛んでくるからね。それじゃ」


 上がりかけた歓声を抑えつけ、急ぎ足で隣のクラスに向かうハルちゃん。


 しかし、参った。

 授業のつまらなさを言い訳にいっそ無理やり眠れたらと思っていたが、これでは考えることは否応もなく。


 浮き立つクラスメイト達に反し、昼から何度目になるかの溜息を深く吐き出すのだった。

相田だって道井とかの他にも話す奴はいる、群れないだけ。

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