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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
2章 意欲女となあなあ男
41/44

未遂女、緊迫する。

41話です。

「小野町ちゃん、よく頑張ってるね。他の教科も安定してるみたいだし、この調子」


 長かった考査期間中も返却が順調に進み、今日は待ちに待った現国である。

 教卓では、出席番号順だと随分先になる小野町が担任であるハルちゃんからお褒めの言葉と共に答案を頂戴しているところであった。

 にこやかに礼と今後も頑張る的なこと抜かしている小野町の様子を見る限り、良い点数だったんだろう。


 席に戻りがてら、小野町がふふんと余裕気な笑みを浮かべながら通り過ぎていく。

 胸元に大切そうに抱かれた答案はそこ替われ厳重に折り畳まれ、まだ見せる気はないらしい。

 席に座るなり周囲から「どうだった?」と聞かれては「よかったよ」と返し、点を明かす様子はない。それにしても、不出来な様子は微塵もないので、余程だろう。


 小野町への質問攻めの声が逆に周囲への慰めの声に変わっていき、俺の番もやって来た。

 前の番の奴はそこそこ程度のリアクションをしていたが、後ろに並ぶ俺と目が合ったハルちゃんはにっこりと笑って見せた。


「谷坂くん」


「はい」


「よく出来ました。大きい声で褒めておく?」


「いえいいです」


 ハルちゃんがちょいちょいと手招きするので、少し顔を近づけた。

 ハルちゃんはバインダーで他の人には聞こえないよう壁を作り、小声で告げる。


「学年三位です。油断せずに頑張ったね」


 甘い匂いが離れ、手渡された答案には97点の文字と花丸。ここからは下降一直線の大金星だろう。


「教え方が良いからですね」


「じゃあ期末も安心だね。あと、他教科はもう少し頑張ろうね」


「教え方が良ければですね」


 あっはっはと笑い合い、一礼し後にする。

 とりあえず俺の席とは反対側の相田の方を見ると、気になって仕方ないという顔をしていたので親指だけ上げておいた。親指を下げて返してきた。相田の物理も93点で返却時に真逆のやり取りをしたので問題はない。


 手札は出揃い、ここからが勝負場だ。

 自分の中でやり切った感はある。手応えはあったし、結果もついてきた。

 席に戻ろうと振り返り、小野町がそうしていたように俺も不敵に笑っておいた。

 小野町は後ろの女子と喋っており、俺の方を気にしてもいなかった。

 俺の独り笑いを見た隣の奴が「良かったの? 」と聞いてきたので「まぁ、うん」と返しておいた。




「さてさてかおちゃん。開封の儀といこうじゃないか」


 休み時間では小野町が囲まれてどうしようもなかったので、昼休み。

 月見山には適当なことを言って遠ざけておいた屋上で二人きり。

 何はともあれとお昼の弁当を開いた小野町の言葉が皮切りだった。


「今日の弁当は炊き込みご飯か。小野町母はマメだな」


「昨日の残りだけどね。有難い限りですよ」


「流石の小野町小鞠も料理まではしないのか?」


「ん、その言い方気になるな。簡単なものくらいなら作れるよ。でもどうせパパもお弁当だし、ママも作りたいからって任せてるの」


「はいはい」


「『こんな言ってるけどどうせ作れないだろ』って顔だ。この家庭的で女子力高めお嫁にしたい候補筆頭のあたしが料理下手なワケないでしょ、今に見てろよ」


「家庭的かは知らんが、良い鬼嫁になりそうだなとは思う」


「御所望なら鬼になってやろうか。そういうかおたんだっていつもパンじゃん。料理しないの?」


「しないな。わざわざ作るなら百歩譲って学食でいい」


「うわ、面倒臭がりだなぁ。てか開封ってお弁当の話ではなく」


 弁当の包みに挟んでいた答案をべしりと地面に叩きつけ、ここまで引っ張っておいて小野町が遅れて本題に軌道修正。


「いざ尋常に」


 すちゃりと構えた小野町を真似、俺も尻ポケットに詰めた答案をぺいと投げた。


「いいだろう、勝負だ」


「余裕そうだね。今なら泣いて謝ったらよしよししてあげるよ」


「そっちこそ、泣いても知らんぞ」


「その時は教室でかおちゃんにやられたってギャン泣きする」


「勝った場合のリスクだけ押し付けんのやめろ」


 対等に言い争えるのはここまで。お互いに今の内しか言えない強がりを残しておいた。


 俺はハルちゃんから学年三位とお墨付きをもらっているので、俺より現国で高得点なのは当然二人だけだ。

 もしかしたら同点の可能性もあるが、それは気にしなくて良い確率だろう。

 むしろこの小野町なら、俺より高い点数を取っていることも不思議ではない。

 というか他のテストに関しては90点台も随分あったようだ。

 注力するほどの一部不得手があったとて、優等生の面目躍如か、如何様か。


 何より怖いのは、この自信である。

 もしかして、本当にまずいのは俺の方ではなかろうかと錯覚しそうになってしまう。

 いや、事実五分の勝負だとは思っているが。


 真意を見透かそうと見つめてみれば、長い睫毛が縁取るアーモンド型の澄んだ瞳。

 いつも通りに明朗な笑み。

 自信満々余裕綽々な態度を崩さない。



 せーのと声をあげた小野町に続き、裏返しにしていた答案を捲っていざ蓋を開けると。



「ん?おやおや?」


 小野町の点数は、95点であった。

 俺の点数は変わらず紛れもなく97点。



「さて小野町小鞠。何か言い残すことはあるか?」


 内心では心臓が爆発しそうになるのを抑え、さも平然と言い放ち、息を吐き切る。


 危なかった。

 一問差。どこか高配点が部分点になっていたら、小問を一つ間違えていたら。小野町が一問でも多く正答していたら。


 小野町はおやおやおやおやとぼやきながら俺の答案に採点ミスがないか隅々まで調べ、正答と配点を青ペンで書き足した自分のそれとじっくり見比べていった。


「ん。これは、参ったねぇ」


 あはは、と小野町が力無く笑う。ついでに、笑い顔を作りながら、よよよと目線を隠す。


「これで、あたしの処女はかおちゃんに乱暴に散らされて写真とか撮られちゃうんだ……くすん」


「色んな意味でとんでもないこと言うのやめとけ」


 流石にそれはナシだろ?という疑問は寸前で口の中で噛み砕いた。

 小野町小鞠は処女である。それだけで十分だ。


「冗談は置いといて、うわー、まじかー。まさかかおちゃんがそこまでやるとは」


「必死で勉強したからな。自分でも驚いている」


「ちなみに他の科目はどうだった?」


「平均点以下が多め」


「うわー、まじかー」


 我ながらしょうもないことに全力を傾けすぎである。

 何のため、と聞かれたら意地と下心としか言いようがない。


「ちなみに小野町小鞠は勝ったらどうするつもりだったんだ?」


「ん、そうだね。かおちゃんともっと仲良くなれるような命令にするつもりだったかな。かおちゃんは?結局何にするの?」


「そうだな……実は、何にするかまだ決まっていない」


「先に考えてなかったの?」


「余計なこと考える暇があれば勉強してた」


 俺の執念に、小野町はドン引きである。

 さて、本当に何にしたものか。

 まさか本当にセクハラをかますつもりもないので、小野町が言った仲良くなれるような命令、という辺りが無難な気もする。

 しかし俺がわざわざ距離を詰めようとそんなことを言うのも随分と気持ち悪いだろう。こんなことしといて何を今更だが。

 適当に笑えるネタにでも出来ればいいんだろうが、生憎とそんな経験もないので発想も浮かばない。


「まぁ、ちょっと考えさせてくれ」


「ん、勿論。この真面目可愛いあたしを好きにできるんだから、それはもう悩めばいいよ。せっちゃんと遊ばせるとか、かおちゃんの勉強見させるとか」


「それは大分小野町小鞠の願望によるところもあるのでは?」


 気が抜けたのか、だらりとした体勢で弁当をパクつき始める小野町。俺も倣って、惣菜パンの封を開けた。


 考えてもすぐに思いつくことでもない。



 食べ終えてから水やりを済ませると、小野町は膝を抱えてうとうとしているようだった。

 かっちりと守られた鉄壁は風に揺れることもなさそうだ。

 寝かせといてやるか。

 時間も経てばガードが緩むこともあるだろう。

 鉄壁から目線を上げると、こちらを値踏みするような上目遣いの小野町と視線が交錯した。


「寝てていいぞ」


「覗かれそうだからやめとく」


「ご尤もで」


 流石に教室の机で寝るのとはわけが違うのだろう。

 以前何も気にすることもなく屋上で寝こけていた月見山はこちらとしても気になることもなかったので、やはりこれが女子力の違いなのだろうか。


「どうしても、命令と言うならば、確認して考える」


「確認って?」


「見せれるやつかどうか」


「いらんわ。そんなことに使うつもりもない。しかしまた、随分とお疲れのようだな」


 小野町は姿勢を正して伸びをする。

 腕を伸ばすと透けんまでまでも胸の膨らみの線が強調されるので、それは存分に見ておいた。


「勉強お助け隊に駆り出されるテスト期間も、部活が始まるテスト後も、どっちでもろくに変わんないお助け委員長コーナーも、いつも大した賑やかさですよ


 くぁ、と欠伸も漏らす小野町。

 おそらく夜遅くまで長電話なりに付き合わされ、教室でも一人になる間もなし。

 まして今回のテストのように学業や諸々の努力も欠かさない小野町は、一体いつ休んでいるのだろうか。


「別に俺も本でも読んでるし、寝てれば良いだろ。残念ながら、今日の風程度じゃスカートが捲れる気配もなさそうだ」


 ひらひらと、ちょいちょいと、膝上の丈をいじって見せる小野町。

 やがて大丈夫そうと判断したのかその白い背を給水塔に預け、目を閉じた。


「んー、予鈴の5分前には起こしてね」


「アラームでも付けといてやるよ」


 もごもごと何か言ったようだが、言葉にならず。

 俺は俺でそれ以上気にせず、勝利の権利の使い道を考えるのも面倒になり、尻ポケットから文庫本を取り出すのだった。

なお谷坂の最低点は42点。小野町は86点。人間的には大敗北。

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