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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
2章 意欲女となあなあ男
40/44

未遂女、終える。

40話です。

 四日間に分けて行われる定期考査は木曜日から口火を切り、土日などまるで休まる間もなく、瞬く間に最終日の最終科目のテスト時間に終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


 元より成績の評価は二の次の精神だ。今回の目的は個人間でどれだけ高得点を目指せるかを競うことであり、プライドなりを賭けた勝敗のみが懸念である。そのため、足切りの点数を超えればいいだけの入試よりも瞬間的な集中力は上回っていたような気がする。

 月見里とは全教科の内、最高点で。小野町とは現国同士で。それぞれ命令権を一つ欠けた勝負。蓋を開けてみなければどうなるかは分からないが、いずれにせよ俺のクラスでは現国が返ってくるのは木曜日。少し先の猶予である。まずは開放感を味わおう。


「終わったー、自由だ!」「打ち上げ行こ打ち上げ!」「もう殺せ」


 クラス内どころか、教室の外からも悲喜交々声が上がっている。この後ホームルームを終えれば我々一年は午前で解散となり、赤点がある者は補習までの執行猶予、他は晴れて無罪放免だ。


 テストのため出席番号順に移動していた知らない誰かの席から自席に戻り、まずは背筋を伸ばして体をほぐす。息を吐き切ると同時、席が離れてここ数日全く会話していなかった後ろの住民からコツンと椅子の足を蹴られた。

 振り向くと、悪戯気な笑みを浮かべた小野町が身を乗り出している。


「どう、かおちゃん?」


 何を、とは聞くまでもない。


「久々にこまてゃと喋れて嬉しいぜ」


「そんなに愛嬌抜群サービス満点の小鞠ちゃんが恋しかったかぁ」


「そっちこそ、どうだ?」


「今からその余裕ぶった顔を歪めるのが楽しみでならんわ」


 お互いに、不敵に笑っておく。

 実際のところ、手応えはあるがそれこそお互い様だろう。結果が出るその瞬間までは、同じ立場でいられるのだ。内心は余裕なんてさしてあるわけでもない。追考査対策に問題用紙も回収されているため、自己採点もできないし。


「ま、しばし休戦だ。お疲れ」


「うい~、お疲れ~。かおちゃんは打ち上げとか行くの?」


 上級生に午後まで残科目があったり教師陣の都合だったりで、全校的に今日までは部活等禁止。早速至る所で今後のことが話されているようだが。


「まぁ、そうだな。打ち上げというか……」


 目を向けた先では、叫ぶ坊主。慰める部員。混ざる相田等。


「なーにが打ち上げじゃ!勉強教えてくれ!」「赤点確定バカお疲れェイ!」「またカラオケ行くかー」


 同じ方向を見た小野町が苦笑いで口を開く。


「打ち上げというか、慰労会?激励会?」


「笑えるのは、別に道井以外も大概怪しいってとこだ」


「なのに迷わず遊ぼうとしてるの、すごいね」


「一年最初の考査でこれってのは心配だがな」


「挽回もまだまだできるからね。遊べるのも今の内だけだよ」


「そういう小野町は?部活もないんだろ?」


「こ・ま・り。んー、どうしようかな」


 小野町が教室を見渡す。

 特に男子達は道井の叫びを笑うか、あるいは自らの出来不出来を嘆くか、何にせよ大体が似通った反応をしている。

 女子は男子ほど愚かな社会構造をしていないので、ノリのいい坊主がほぼ全員に声をかける、なんてことは発生していなそうだ。いくつかのグループごとに集まっているようだが、そういえば万人と話す小野町が特に仲の良い奴は誰なんだろうと疑問も湧いた。まぁ、こいつならどこに混ざっても上手くやるか。


「かおちゃんがデートに誘うっていうのは?」


「まことに残念ながら、先約がな」


 くい、と顎先で道井達を指す。


「浮気者」


「本当はあんなのどうでもいいんだが、付き合いで仕方なくな。信じてくれよ」


「付いてっちゃおうかな」


「おいおい、流石に馬鹿の群れに紅一点ってのはどうなんだ?」


 クソみたいな茶番を挟みつつ、小野町が「まあ見てて」と席を立つ。向かう先は、クラスでもよく声が通っている気がする、確か……キラリ、とか呼ばれている女子。


「きららー、今日どこ行くの?ボーリングかカラオケ?あたしも行く!んー、運動無理な子だとボーリングは死ねるけど、歌うの苦手でもご飯は食べれるしカラオケかな〜。え、男子もカラオケなの?皆で出来るじゃん、他の子も誘おうよ!あ、でも流石にお店いっぱいかな……?みちい達予約取ってくれるの?ありがとー!」


 恙なく皆を巻き込み、あっと言う間に他のグループにも話を通した小野町がドヤ顔で席に戻って来た。

 俺では逆立ちしてもできないあまりにも鮮やかな手腕に、乾いた拍手を送った。


「ん」


「お見事というか、なんというか」


「みちいがクラスのメッセグループに時間とか貼っといてくれるって」


「後で相田に聞いとくわ」


「ん?」


「ん?」


「なんであいだ?」


「ああ、クラスのグループ入ってないからな」


「かおちゃんも入れとくね」


 寂しげに親切心百パーセントの顔をした小野町がいそいそとスマホを弄る。

 入学後、道井達ともメッセの交換をして話が出なかったわけではないが、別に必要はないと断っていただけだ。未加入なのは敢えてである。相田だってグループに入ってはいるが、ほとんど見ていないと言っていた。それらを話してもよかったが、小野町の表情には二の句を継がせない憐れみが漂っていたので言い出せなかった。


「はい、招待送っておいたよ」


「おう……気が向いたらやっとく」


「ダメ、今やっといて。絶対やんないんだから」


「分かってるならわざわざ……」


「あたしが、皆と喋る時にかおちゃんもいてほしいと思ってるからさ」


 俺は皆と喋りたいってわけでもないんだが。

 逃さないと見つめる小野町に負け、渋々とスマホの画面を操作するのだった。




 ホームルーム後、教師陣に追い出されるように学校から退去を余儀なくされ、相田と飯を食いながら時間を潰していると、ほどなく集合時間が近付いていた。

 少し早い時間に予約のカラオケ店に入ると、随分大きいパーティルームで道井達が待っていた。

 どこの高校も試験は同じような日程だからか、街中には同様に羽を伸ばした他校の制服も少なくない数が見受けられた。よく空いていたものだな。


「この店、軽音の先輩がバイトしてんの。予定より大人数になったけど、予め話し通してたから何とかなったぜ!」


 交友の広い道井の談である。

 それにしても、いざ集まるのはクラスの半分ほどになりそうだ。悲しいかな参加者を照会してみても俺はその内の半分程度しか名前を覚えていないが、相田や適当な男子連中の付近の席を確保していれば何事もない。

 道井達が音楽に乗せてマイクで叫ぶ英単語学習を聴きながら待つことしばらく。女子達がぼちぼちと集まり始めると、混じる声が高くなるのに釣られてか、徐々に男子連中のテンションも上擦っていくようだった。



「それじゃ、前期中間の終了を祝ってー!乾杯ー!!」

「乾杯!」「お疲れ!」「追試頑張れよ!」


 道井が取った乾杯の音頭は、マイクも入れてないのに大音量で部屋に響いた。

 俺も手が届く範囲の人間とドリンクバーのグラスをぶつけ、とりあえず合わせておく。

 中にはわざわざ全員とグラスを合わせに早速歩き回る野郎もいたが、そのまま移動して女子の席の近くに行こうとする魂胆が見え見えである。当然の如く、軽く笑われあしらわれて帰って来るのだった。馬鹿を追った視線の先で小野町と目が合ったので、小さくグラスを上げておいた。小野町も同様どころか、小さくウインクを付けるおまけつきだ。どこで何をしても絵になる女である。


 学生のストレスでも五指に入るテストの鬱憤を発散するのに、誰もが夢中になって時間が過ぎてゆく。

 音楽に関しては真っ当に褒められる道井達にガヤが入ったり、女子達の賑やかな選曲がさっぱり分からなかったり。相田に引き摺られて二人でアニソンを歌わされたかと思えば、趣味が近い層が一緒になって混ざったり。


 しかし他には特に変わり映えもなく、相田とダラけていた時間がほとんどである。強いて言えば、相田以外だと道井達に絡まれたのと、選曲が近かった奴らと初めて話すことがあった程度だ。


 結局小野町とは喋ることはなかった。代わる代わる誰かしらを侍らせ続ける小野町と、小野町との間にいる名前も知らない奴らの層を突っ切る気もない俺と、どちらもわざわざ動くことはしない。

 まぁ、改まって要件があるわけでもない。ないが、一緒の打ち上げに参加しようと手を回した割に何も動きがないのも気にはなる。所詮大勢で打ち上げをするための賑やかしの一人だったと考えればいいのだが、釈然としない。自惚れといえばそれまでである、こういう思考が気持ち悪いんだろうな。

 特に注視してみても、小野町の様子は普段と変わらない。目が合えばこっそりと何かしらの合図を出す程度である。

 変わったことはないが、そんな小野町が歌う段には、驚かされた。そもそも当たり前のように歌も上手いのは置いておいて、印象的なのはその歌声である。普段話す時も小野町の声は十分に耳障りが良いのだが、いつもの声より透き通って(・・・・・)いる。華も色気もあって、透明感の中に女性らしさは感じるのに、いやらしくない。純粋に、綺麗だと感動した。


 長らく皆の歌を聴いていると、小野町に限った話ではないが、女子の声帯とはどうなっているのだろうかと不思議に思った。小野町の歌には素直に聞き入っていたが、その隣の女子はとんでもなく甘い声を出したり、逆に教室で聞いたこともないようなハスキーボイスを持つ女子がいたり。普段から男子より裏声を使うから発声の工夫も違うのだろうか。知らない曲も何だかんだで興味深く聴けて楽しめた。

 男子の馬鹿騒ぎも言わずもがなである。




 長時間の饗宴もあっと言う間に時間ギリギリになり、皆惜しみながらも店を出ると、外は生暖かい暗闇に満ちていた。夏至が近いとはいえ、日没後でも明るい時間帯はとうに過ぎている。


 最後に(ほぼグループで)別れの挨拶程度はしたが、結局小野町とは話さず終いだった。俺と違って小野町は周囲に人が多いのだから、気にしても仕方ない。第一、どの立場で期待しているのやら。場の空気で浮かれたまま、馬鹿なことを考えているだけだ。

 そもそも俺だって、曲のセンスが近かった奴等に絡まれたり、ブチ込まれたメッセグループから友人登録をされたりと、珍しく人と話してばかりで小野町の方に出るタイミングもなかったじゃないか。

 柄にもなく交友が広がって、少し疲れた。


 それでも各自解散後、道井達をはじめ何人かの男子でラーメンの〆までは付き合って行程を終えることにする。


 心身ともにやり切った感を覚えつつ、これにてテスト日程は全て終了である。


 後は、結果を待つのみだ。

話しかけられれば最低限は返す谷坂、自分からは話しかけないだけ。話しかけるに値するかは、人により。

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