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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
2章 意欲女となあなあ男
39/44

未遂女、干される。

39話です。

『月見里友紀:今日来ないの?』


 昼休み、教室で相田とだらだらと昼餉を片し終えたらスマホに入っていたメッセである。


『谷坂薫:テスト一週間前、今日から部活及び委員会活動は原則禁止。職員室への用のない立ち入りも不可、鍵すら取れん』


『月見里友紀:(ショックを受ける少女のスタンプ)』


 窓の外を見ると、あるのは晴れたグラウンドと奥に広がる住宅街のみ。上を向いても、当然天井と電灯が見えるのみ。実際に日の下に立ったわけではないが、絶好の行楽日和と言っても過言ではないだろう。

 鍵の要らないタイプのアホは、どうやら今日も元気に天日干しをされているようだ。



「やっさん、どした?」


「いいや、何でも。あ、そうだ相田、化学の課題の答えこれ合ってるか?」


 首を解すフリをしつつ、鞄に仕舞うスマホと入れ替えに取り出した課題プリントを相田に手渡す。


「んーと?ぱっと見は、大丈夫ー、そうね」


 上から順に設問ごと指差しなぞっていく相田。相変わらず、得意科目の理解は早い。先日行った野郎だらけの勉強会で中学英語の文法を見直していた男と同一人物だとは思えないほどである。


「ほい、間違いなしだと思うわ。テスト前だから?気合入ってんね」


 返却されたプリントはそのまま机にぶち込み、今度は相田に古典のノートを差し出す。


「まぁ、ちょっとな。初テストだし、教えてもらってんのに無駄にするのも何だろう」


 個人的には、どうせ入試の一点二点の違いの方が大きいのだから成績なんてあまり重視しているわけではない。

 しかし相田に、それから小野町に教えてもらったことを感謝しているのは素直な気持ちである。


「やっさんが真面目ムーブすると、賢く見えてヤバい」


「どういう意味だよ」


「俺も勉強しないと置いてかれる感エぐいて」


「んなことないだろ。お前は極端なだけだ」


「だって、なんか生理的に受け付けないんだもん。眠くなるっつーか、理解を拒んでいるというか」


 相田は基本的に感覚派だ。

 理科系は好奇心が先行するので、吸収定着に難がない。計算は好かないようだが、それでも直感的に数字を当て嵌めて解まで持って行く。

 だからほぼ数字そのものしか出てこない数学や、ハナから興味がない英語なんかは向き合うことに難儀するのだ。社会科や文系科目も、ムラが出る。

 先日の勉強会では必要最低限だけ叩き込んだ(と思う)が、付け焼刃もいいところだ。


「別に、興味嗜好の分野があるならいいだろう。最終的にはそういう奴の方が伸びるんだ」


 得意科目はだた理解できているだけ、他は何とか食らいついているだけ。学びたいことも、学ぶべきことも思いつかないだけの惰性の学業。

 俺でなくても、まだ指針が定まっていない人間なんてごまんといる。じっくり悩んでも、十分に遊んで見聞を広めてから決めるのでも良いと人は言う。だが遅い早いに関して言えば、選択は早い方が良いのは間違いがないだろう。

 スタートしながら歩く人間と、スタートもせず早足になっているだけの人間。どちらも遅々とした進行で五十歩百歩だとしても、少なくとも俺は、既にスタートに立った人間の方が一つ上のステージにいると思う。

 だから、相田の「俺に置いてかれる」という言葉には、納得しかねるのだ。態度はどうあれ、お前の方がちゃんと(・・・・)しているだろう、先を見据えてはいるだろうと、言葉通りに受け取ることができない。


「ま、赤点回避できりゃいいよ。多分大丈夫っしょ」


「そこまでひどくはならないと思うが……確証は持てんな」


「こないだ教えてもらったので何となくは理解できた気がするから何とかなる可能性」


「不安しかないが、あれ以上は俺には無理だ。大人しく先生にでも聞いて来い」


「あー無理無理、逆に怒られてる気分になって集中できぬ」


「じゃあ自分でやるか、他の誰かにでも頼むんだな」


「誰かいないかや、優しい方!」


 大声を出し、相田がぐるりと教室を見渡す。

 隣の席のろくに喋ったことがない女子は露骨に目を逸らした。

 遠くで目が合った道井達男子グループは、目クソ鼻クソである。中には平均点程度は取れそうな連中もいるが、笑って腕で大きくバツを作っている。


「くそう」


「諦めるんだな」


 ただでさえ相田の偏食ぶりは割と知れ渡っており、道井達と並ぶバカと目されているとの噂だ。加えて、自分が切羽詰まった状況で、もっとギリギリの奴の面倒を見たい奴はそんなにいないだろう。

 前もって動いていれば何とかなったかもしれんが、既に一週間を切っている。というか、前もって動いた結果、俺が匙を投げている。


「しかし、優しい方、ね」


「やっさん、心当たりが?」


 相田が野次を飛ばす男子を威嚇していた目線を、俺に戻す。

 そして俺の席の横までやって来ていた都合、相田もその存在に気付いた。


「あれ、委員長がいる!お心優しい委員長閣下様がいるぞ!」


「お前、そういうとこだと思うぞ」


「んー、どうしてもっていうなら見てあげないこともないけどさ」


 たまたま自席に一人だった小野町が捕まってしまった。

 俺が思い浮かべていたのも小野町その人だが、推薦する気にはなれなかったのだ。

 それは小野町が先日漏らした苦悩のためであり、もしくは二人だけの勉強会の記憶を誰かに上書きされたくないからかもしれなかった。


「やめとけ小野町小鞠。相田に勉強教えるくらいなら、動物園の動物に芸仕込む方が楽だぞ」


 だから、俺の口からも咄嗟に出たのは否定の言葉だった。


「やっさん言い過ぎでは?」


「おそらく、オウムにでも英単語覚えさせた方が早いのは事実だろう」


 何をこのう、と相田が俺の体を揺らしてくる。小野町はそれを見て、ケラケラと笑い、口を出す様子はない。それでいい。というか、勝負の都合もあるので小野町の勉強の糧になり得る機会を与えるのも好ましいことではない。


「委員長、クラスメイトがイジめて来ます」


「ダメだぞかおちゃん、せっちゃんに言うよ」


「名前しか知らんだろ、ほっとけ」


「ん、かおちゃん?せっちゃん?」


「ほら、しょうもないことで委員長の時間を奪ってやるな。悪かったな、邪魔して」


「んーん、大丈夫だよ、うん」


 唐突に巻き込まれた小野町には降って湧いた災難だが、災難返しに掘り下げられても嫌な名前が出たので早々に切り上げることにした。

 後ろに小野町に声を掛けたそうな奴が待機していたので、絡みすぎても迷惑だろう。フリーにしても良かったのかと少し気にはなるが、気にし過ぎてもどの立場で物を言うのか。

 そもそも相田だって、真面目に小野町に見てもらいたいわけではない。割り切ろう。



 しかし大人しく前を向くと、隣の相田は何か腑に落ちない顔をしている。


「薫さん。かおちゃんって?」


「恐ろしいことに気付いたが、俺はお前の下の名前を覚えてないかも知れない」


「んなことどうでもいいだろ。かおちゃんって?」


 俺も大概失礼なことを言ったが、相田は下卑た笑いを崩さない。誤魔化されないぞと、顔に書いてある。


「ほら、週末に小野町に勉強教え合ってたんだよ。だから、流れで」


「何それ二人で?」


「そうだな」


 昨日の月見山はいなかったことにした。概ね間違ってないだろう。


「何それ呼べよ!てか俺も委員長のこと渾名で呼びて〜!」


「いや、委員長が渾名だろ」


「そうじゃないわい。それで委員長に絆されちゃって、やっさん真面目になったん?課題も自分でやっちゃって」


「平たく言えばそういう節もある」


 ふーん、と相田がジト目を向けてくる。男にそんな目を向けられても気持ち悪いだけである。


「何だよ」


「べっつにー。倍率高いトコ行くなぁって」


「そういう意味じゃねぇよ」


 互いに冗談で好きだの何だの言ってたが、本気にするほど馬鹿ではない。踊らされるほどの馬鹿ではあるが。

 しかしよくよく考えても、小野町から揶揄われる分にはともかく、俺から発するそれらの煽りの気持ち悪いことこの上ないな。

 黒歴史だ、思い出すだけで恥ずかしいったらない。

 顔面に血液が集まり熱を感じるが、同時に背筋に悪寒も走るのだから人体とは不思議なものである。


「ま、確かに委員長は可愛いけど無理だわ。俺ならプレッシャーでゲロ吐いちゃう」


 相田が食えないものでも口に入れたかのように、下品にも舌を出す。本命でなければ、と舌なめずりをしたようにも取れるが、両方だろう。


「プレッシャー?」


「委員長ちゃんは皆の観賞用アイドル枠でしょ。実際に付き合うならよっぽどハイスペじゃないと釣り合わなくね?劣等感で潰れるって。いや、やっさんが頑張るってなら応援するけど」


「あー……いや狙ってないわ」


 あわゆくばだわ、と言いかけるくらいの下心はあるが、斯く言う俺もあわゆくばの域は出ない、つまりはそういうことだ。それに、相田の言い分も理解できる。

 相手は誰もが認める文武両道才色兼備、天下無双の委員長。恋人にしようものなら多方から恨みを買うこと間違いなし、果たしてそもそも誰が恋人に相応しいかやと言った具合だ。

 本気で手折ろうと命知らずはいない、高嶺の花。もしかしたら挑戦した奴もいたのかも知れないが、現状を見て察せる結果だろう。

 仮に俺自身で妄想しても、友人として遊び遊ばれこそすれ、本気で隣り合う光景なんて荒唐無稽である。

 しかし、相田はそうは思わないらしい。


「でも、むしろやっさんみたいなタイプなら、逆にアリだったりすんのかね」


「どういう意味だよ」


「俺もあんま人のこととか気にする方じゃないけどさ、やっさんは何かこう、筋金入りじゃん。何も気にせず付き合えそう」


「お前、それほぼ悪口だろ。俺だって多少(・・)気にすることもあるわ。だがまぁ、ああいう手合いが将来バリキャリの一生独り身になったりするんだろうな」


 顔良し性格良し器量良しの委員長はどうやら耳も良くて人に相談されながら他所の会話を聞き取る聖徳太子の真似事もできるようだ。


「ところで相田、小野町の欠点って知ってるか?」


「何?欠点がないとこ?」


「俺も今知ったんだが、足癖が悪いらしい」


 昼休みが終わっても、後ろの席から椅子の尻を蹴られ続けるのだった。

相田は気分屋マイペース。交友や行動のムラが激しい。トロッコ問題で迷わず5人轢くタイプ。よく見ると女殴りそうな顔してる。周囲からは何考えてるか分かんないヤバい奴、作者からは下の名前が分かんないヤバい奴だと思われてる。

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[良い点] 更新ありがとうございます クラスに一人はいる頭おかしいけど顔が良い奴 次回も楽しみです
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