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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
2章 意欲女となあなあ男
36/44

未遂女、気付く。

36話です。

 月見山を連れて来たのは、ハンバーガーだった。

 最も有名なチェーンの方ではなく、次点で有名な並びの店舗の一つだ。別にどこでもよかったんだが、より人が集まりやすいところはさっきのような邂逅があるのではと保険をかけた次第である。


「谷坂君、谷坂君。ポテトどうするの?二人でおっきいの頼む?それとも他のにする?」


「好きなの頼めよ。俺は腹が満ちればいい」


「わーい!じゃあ私はこれと、オレンジジュースと……」


 無難にボリュームがあるバーガーとドリンクを頼んでおき、案内札をもらって席を取る。

 ここで一人がけの席にでも座っていたら月見山はどんな反応をするだろうと思いついたが、後の弊害を考えて思い留まった。

 しょうもないことを考える俺も俺だが、保身のためとはいえ月見山のことも考えてやっているのは我ながら大概偉いと思う。



 メニューが用意され、いただきますとポテトを齧る月見山は小動物を思い起こさせた。多分、狸とか狢とかハクビシンとか、その辺。


「谷坂君、さっきピッってやってたの何?」


「レジの?アプリ、クーポンあるから」


「え、何それ。先に言ってよ」


「聞かなかったろう」


 何だろう、木の葉で人を化かす狸の絵面が浮かんだ。魔法で実践できなくないのがタチの悪いところだ。


「親切心!親切心が足りない!」


「むしろ使えるもんは使わんと首が回らん」


「ふーん。浪費家だ」


「ま、本買うからな。中古でもいんだが、どうしても新刊欲しい時もあるし」


 たった百円でも浮けば中古本が買える。それが何度か積み重なるだけで新書が買える。文明の利器様々だ。


「そういうお前は、随分豪勢だな」


 向かい合う月見山の方の卓に並んでいるのは、ハンバーガーに、ポテトに、パイに、ドリンクにと、たまに大きめのサイズで所狭しと並び、いっぱいのスペースを取っている。


「朝からお腹減ってるから」


「もっと安くて量がある店でも良かったんだが」


 定食とか、うどんとか、学生の味方になる店舗は近場でも少なくない。


「いいの。ハンバーガー食べてみたかったし」


「……食べてみたかった?」


「うん。ウチ、基本和食だから」


「そういう問題か?」


「だって食べる機会ないじゃん」


 言われてみれば、前回も随分はしゃいでいた気がする。

 別に食べたことがないからどうということはない。アプリを活用しないからどうということもない。朝早い生活にどうということもない。


「……こっちのも、一口食うか?」


 そんな言葉が自然と口を出ていた。


「いいの!?」


「やっぱ考える」


「いいじゃん!こっちのもあげるから!あ、ポテトは好きに食べていいよ」


 月見山がテーブルを見渡し、手を彷徨わせる。やがて探し物がないことを確認すると、困ったように俺を見て、何をとち狂ったのか大口を開けて目を閉じてきた。

 とりあえずそのアホ面に向け、スマホのカメラをカシャリと鳴らした。


「なして!?なして撮った!?」


「見てみろこれ、雛鳥みたいだな。暗に鶏以下の知性だと言っている」


「暗じゃない!あーんだよ!箸とかないじゃん!くれよ!」


「いや、そのままやるから勝手に食えよ」


 包み紙ごと、持っていたバーガーを手渡す。いや、それをご所望だとは流石に分かっていたが、やるわけなかろうに。というか俺がやると思ったのか、こいつ。そこそこ短くもない付き合いになってきたのに。

 意趣返しか、月見山が大口を開けてこれ見よがしに食らいつく。見た目の割に小さめな一口で、精いっぱいに頬を膨らませて見せた。そのままもしょもしょと口を動かし、開かないまま喋り出す。


「いふぃはる」


「イリーガル?そういえばさっき思い付いたんだが、通貨偽造とか出来んのか?」


 誰が意地悪だ。バーガーまで分けてやってるというのに。

 オレンジジュースで飲み下した月見山が答える。


「お金みたいによく分かんない複雑なやつはあやしい。てかおばあちゃんにバレたら死。リアルに死」


「まぁ、そんな気はした。むしろ犯罪より重い刑下されそうだもんな」


「ん。マジでヤバい。あ、ハンバーガーありがと。こっちのも美味しかった」


 月見山が一口食べ終えた俺のバーガーを戻し、続けて自分のバーガーもこちらに手渡そうとする。しかし手放す気配はない。

 包み紙は自分側で握ったまま、可食部を差し出している。


「おい」


「はい、あーん」


「おい」


「ほら谷坂君、あーん。こっちはチーズだよ」


「何のつもりだよ」


「いいじゃん!私にもあーんされてる谷坂君撮らせてよ!」


「絶対やだわ。俺は別にいいから、自分で食え。というかその写真のどこに需要あんだよ」


「おばあちゃんとトモに見せる」


「ほんとどこ需要だよ、絶対やめろ」


「でも谷坂君の話したら、おばあちゃんも会ってみたいって言ってたよ」


「は?!何で俺の話題出るわけ?」


「魔法見られたってバレて、吊るされた」


「拷問なら耐えろ、俺を売るな」


「拷問じゃなくてただの折檻だよ。ほら、今日とかも谷坂君と出掛けるんだーって言ったら修行免除ったし」


「俺を言い訳にするな、修行に向き合え」


 逃げ道を用意したのは俺だが。


「でも、友だちの話するとおばあちゃんも喜ぶからさ」


 月見山はそう言って、少し寂しげないつもの愛想笑いを浮かべた。


「いや知らん。真っ当な友達作れ。俺はあくまで相談相手だ」


「お兄ちゃん」


「お前その関係家族にどう説明する気だよ」


「谷坂君が私の身を案じて必死に庇ってくれたの、って」


「オエ」


「吐くな、ご飯の席でさ。事実じゃん」


「あくまで俺自身の保身のためだ、勘違いするな」


「あー、あー、谷坂きゅんのツンデレフィルターが、すごく仕事しております」


「ぶん殴るぞ」


「まぁまぁ、ポテトあげるから。ほら」


 月見山がポテトを一本摘み、俺の口元に差し出す。


「いや乗らんわ。誰がそのまま食うか」


 まさか手ずから食らうわけもなく、月見山が持つそれではなく山の中から一本から拝借し、自分で食べる。

 ちえっ、と月見山はわざとらしく舌を出しつつ、結局持ったそれは自分で食べていた。


「というかお前さ。冷静に、あーんってのをやる間柄か?俺らは」


「え、友達ならやるもんじゃないの?」


「オーケー。お前の交友関係は知らんが、知りようがない程度の人数しかいないことは分かってる。その考え改めとけ」


「でも、クラスの子とかもよくやってるよ」


「それ、女子だろ」


「うん。男子はしないの?」


「いやキモいだろ。というか、百歩譲って恋人でもない男女がやることじゃないだろ」


「え」


「え、って。あー、いや、お前に常識を問うた俺が馬鹿だった」


 反省する俺と、固まる月見山。

 いったいこいつに常識はどこまで通じるのだろうかと疑問が浮かぶが、確かめる勇気はない。俺がやる必要もない。

 本当に友達いないんだなと、くれてやるのは憐れみだけだ。


「えーと、谷坂君ってもしかして恥ずかしがり?」


「いや誤魔化しきれてないから。そんな『私の島では常識ですが?』みてぇな通用しねぇから。むしろ同性でやる相手いないのまで丸わかりだから」


「何ですって!?」


「お前さ、仮に自分がよく知りもしないクラスの男子に同じこと出来んのか?」


「え無理。でも谷坂君なら別によくない?」


 嘘偽りのない素のトーンで月見山が宣う。

 それは一体どういう意味だよ。

 自分が多少特別な立場にいる自覚はある。だがそれは月見山にとって魔女の理解者か、親しい(不本意だが)友人か、別の何かか。


 思えば、自分が餌を差し出すも差し出されるにも恥の一つも感じさせない女だ。ここまで開き直られると、間違っているのは俺なのではと思わせるほどの清々である。いや、そんな関係とは、違うよな。

 小さな疑心が生まれてしまえば消えずに胸に燻り、自分で放った言葉の正当性も煙に撒かれ始めつつある。一応月見山を見てみると目は黒いので、混乱させられているわけではない。勝手に混乱しかけているのは俺だ。いや、流石にあーんに関して正しいのは俺だろ。そんなことをする間柄では、ない。クラスの女子にでもやってみろ、ド底辺まっしぐらだ。


 ただ、だからこそ自然体にそれをする月見山はどういうスタンスなんだ。仮に俺と月見山があーんをできる間柄だとして、こいつは俺にどこまでの行動を許せるのか、或いは、俺も俺以外にも、どこまでが間違いだと分かっているのか。


 こいつの常識をどうこうしなければ、当面の間は割を食らうのは巻き込まれてしまった俺になるのだろうと、改めて痛感した。


 というか、たかが月見山のただのあーんに引っ張られすぎだ。クールになれ、男子高校生。


「お前、友達作れよ」


「い、いるし!」


「あのな……別にバカにして言ってる訳じゃない。心配してんだよ」


「えっ(とぅんく)」


「括弧まで含めて自分で言うな。お前がやらかす度に俺に迷惑かかるなら、よっぽど他に人柱立ってた方がマシだろ。自分の心配のが大事だ」


「今、私の未来の友達のこと人柱って言った?」


「実際のとこ、俺は離れることは万々歳だが。それでお前、今のままボッチだったら、どうなるんだよ」


「どうって」


「魔女の件まで明かせって話でもないが。現にお前、人生詰みかけてから俺達の関係(コレ)だろ。俺がいなくなったら、色々どうすんだ?」


 そしてその状態で何かあれば、俺はどうなるんだ?将来的に俺が離れるのだって、至極当然だ。

 お婆ちゃんが修行させて自制できるようにしたとして、魔法の制御以外の部分では他に保険がいないままってのも、流石にまずいだろう。

 こんな常識も友達も経験もなくて人とも満足に喋れない、不満の捌け口もないやつが、この先一人で安穏と生きていけるのだろうか。

 もし何かあって、自分だけで完結する魔法なんかならいいが、前みたいに世界中巻き込まれてもたまったもんじゃない。


 たかがあーんから、改めて自分たちの置かれた状況に、もしかすると余談も許されないのではと焦りが湧いた。


 月見山は味合うようにゆっくりとポテトを咀嚼すると、空になった口を開く。


「やだ」


「やだって、あのな」


「谷坂君、いなくならないでよ」


 その影色をした瞳が、徐々に––––––


おまいう

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