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未遂女と屁理屈男。  作者: 田中正義
2章 意欲女となあなあ男
35/44

未遂女、立ちはだかる。

35話です。

「へぇ、やさかって妹いたんだ。よろしくね、あたしは小野町小鞠。お兄ちゃんの前の席で頼りになる美人な秀才だよ」


 偽証は罪であると、はじめて実感を伴って戒めた。どうすんだこれ。


「あっ、あの、えーと、やさ……えっ?」


 ぼつぼつと喋りかけながら、月見山は足を滑らせるように俺の背負ったバッグを盾にするポジションに収まった。

 このポンコツはこのまま前に出すべきじゃない。

 ただでさえ面倒な事情を抱えてるのに、俺との関係性まで勘繰られる可能性を残してたまるか。現に月見山からは不可思議な設定に否定の言葉も出て来ない。同じ学校だが、一度見た程度の顔なら何とかやり過ごせるだろう。地味だし。最悪、他人の空似で押し通す。押し通させる。


「あーすまん小野町。妹は人見知りなんだ。ほら、『俺の』妹だぞ?」


「あ、そっか。まぁ徐々に慣れてくれたらいいよ。お名前は?」


 納得されるのは納得いかんが、あれ、月見山の下の名前って何だっけ。ゆ……ゆき。


雪子(せつこ)


「ん、じゃあせっちゃんだね!」


「ふわっ」


「やーんリアクション可愛い。ほら、そんな冴えないお兄ちゃんなんか掴むよりこっちのピチピチでふわふわでツヤツヤなお姉ちゃんの腕を取りなさい?」


 躙り寄る小野町が手を差し出す。月見山はすっかり俺の後ろから出て来ないので、代わりに俺が手を伸ばしてみたら結構強めに叩かれた。合わせておけと指示を出す訳にも行かないので、叩き落とされた勢いのまま手を後ろに回し、月見山の動きを制しておく。


「ていうかせっちゃん何歳?」


「えーと、一個下」


「じゃあ受験生だ!ウチ受けるの?」


「さぁ、どうかなぁ……」


 角度を変えて背後を覗き込もうとする小野町にその都度体の向きを変え、早く終わってくれと願い続ける。

 後ろめたい魔法やらの背景がなければ説明がつかない関係なので、今後何かあった時のために言い訳を考えた方がいいのだろうか。事情さえなければ放置して構わんのに、もどかしい厄介ごとしか持ち込まない奴だ。


「……なんか、やさかのガード固すぎね?」


 俺が回した手や立ち回りを指して、小野町が訝しむ。

 実際にはそんなことないのに、通行人すらこっちを注視して去って行く気がして落ち着かない。小野町から見れば俺もガチガチに緊張しているようにも見えるのだろう。


「そりゃ、尊敬する委員長に愚妹が礼を失しちゃいかんと思ってだな。小野町は今日はどうしたんだ?何か用事か?」


 急いでますように、と祈る問いかける。


「ん、昨日のやさかのメッセで私も新しいテキスト買っとこうかなって。もし今からだったら一緒に行く?」


 自分で蒔いた種がすくすくと育っていたようだ。確かにあの後におすすめや値段を聞いたが、本当に行動に移すとは。

 本来は小野町との偶然の遭遇なんて喜んでもいい状況なのに、心臓が高鳴りすぎて健康に悪いな、全く。


「折角だが、やま……妹は見ての通りの状態だから、悪いが今度にしよう。ありがとな」


「ん……ん?あれ、やさか。それって手近な高嶺の花で独り身のあたしをデートに誘ってる?」


「そうそう、俺って小野町のこと好きだからさ」


「ん!?ん!!??」


 朗らかな笑みを浮かべていた表情が一転、フレーメン反応を起こした猫のようになる。

 変な反応を起こしているのは俺だってさっきからずっとだ。何言ってるんだろう。本当に何を言ってるんだろう。


「冗談だ、冗談。好ましいのは事実だが、そんな意図はない」


「うーわビックリした。やさかはいつも心臓に悪いね」


「いつもって、普段は何もないだろ」


「あるある。昨日とか、ほら」


 思い出し、ふふっと笑みを溢す小野町。昨日のコンビニの件だろう。


「それは永遠に忘れてくれ」


「や〜だ。今日コクられたのも明日皆に言っちゃお」


「だから冗談だって。悪かったよ」


「えー、嬉しかったんだけどなぁ」


「え」


「無論、冗談だけど。あ、目の前でお兄ちゃん口説かれるのも嫌だよね。ごめんねせっちゃん、またね」


 月見山がずっと出て来ないことを察してか、小野町が立ち去ろうと手を振る。

 俺も安堵からほっと息をつこうと脱力すると、月見山がバッグを強めに引っ張るものでたたらを踏んでしまった。


「あの、あ……兄は、冴えない兄なんかじゃない、ので……その、すみません」


 腕に力を込めすぎたせいか、続く言葉はとても弱々しいものだった。しかしそれだけに、不思議と切実な訴えとして耳に響く。


「あ、ごめんね。やさかは頼りになるお兄ちゃんだもんね。ぞんざいなトコもあるけど、私も尊敬してるよ」


 そう言って小野町は俺にウィンクしてきた。絵になるなぁなんて他人事のような感想を抱きつつ、何だか力が抜けた俺は呆然と私服の小野町も美人だなと単純な事実しか考えていなかった。


「ん、そもそもやさかって言うと二人とも谷坂だ。今度から兄の方は『かあちゃん』って呼ぼ」


「誰が母ちゃんだ」


「母じゃなくて兄か。でも雪子のせっちゃんに、薫のかあちゃんでしょ?」


 不意に名前で呼ばれただでさえおかしな鼓動が跳ねる。呆けてもいられないな。


「それならかっちゃんじゃないのか?」


「知り合いにもうかっちゃんいるんだよね。よし、『かおちゃん』にしよ」


「やさかのままでいいんだが」


「かおちゃんもあたしのこと『こまてゃ』って呼んでいいよ。呼べ」


 そう呼ぶのがあり得ないのは間違いないとして、確かに女子は名前の小鞠や、こまちゃんやらこまやらと呼んでいる。それを俺のような男子に求めるのはハードルが高い。


「小野町のままで」


「ダメ。親密さアピらないとせっちゃんも距離感じちゃうでしょ。せめて名前。でないと昨日のアレ、せっちゃんに話すよ」


「クソ……じゃあこまたそって呼んでやる」


「絶対呼べよ?あたしも呼ぶからな?」


 圧をかける小野町だが、きっとこれも冗談だよな。目が笑ってない気もするが、まぁ明日には忘れているだろう。


「じゃ、あたしはこれで。またね、せっちゃん、かおてゃ」


「早速違うじゃねぇか。じゃあな、小野町」


「小鞠」


「じゃあな、小野町小鞠」


 唇を尖らせて半目で俺を睨む小野町だが、やがて納得したのか改めて笑顔で月見山に手を振って去って行く。


 揺れるポニーテールと制服より丈の短いスカートに目が奪われていることを自覚した途端、体の緊張が解けた。



「はあああ」


 声に出し、溜息を吐く。


「……ウソつき」


「いやお前、クラスメイトに他にどう説明すんだよ。普通は接点ないし経緯的に今の関係説明出来ないんだから誤魔化すしかないだろ」


「知り合いなんて会わないって言った」


「そっちかよ」


 小野町が登場する前を思い出す。月見山が外だと使い物にならないということ話し……。


「いや、言ってない。言い切る前に小野町が来たからノーカン」


「はあああああああ、びっくりした…………」


 月見山は月見山でも溜息を吐き、俺のバッグを掴んだまま凭れてきた。


「重い。邪魔だ」


「かわいい妹の雪子だもん」


「設定な。今度学校で小野町見ても知らないフリしとけよ。顔覚えたか?」


「帽子被ってたからよく見てない」


 振り返ると、身長差の角度のせいもあるが確かに目深に被ったキャスケットで表情はよく見えなかった。


「でかした。何とか誤魔化せ」


「これ毎回やるの?」


「そんな機会が増えないように願う」


魔法かけ(おねがいし)とく?」


「絶対やめろ。そんなだからこんな面倒なことになってんだろ」


 やっと小野町の手が離れた。一応見ると、目は黒い。

 しかし危機が知ったという割には、その表情もまた暗いままだった。多分俺はもっと疲れた顔をしている自信がある。


「お兄ちゃん、さっきの人って彼女?いるわけないか」


「なら聞くな。ただのクラスメイトだ」


「昨日って?」


「アイツに勉強教わってたんだよ」


「二人で?」


「二人で。何だよ」


「ふーーーん。お兄ちゃんは妹を放っておいて別の女と二人きりでお勉強したんだ」


「俺が言い出したのはアレだが、そろそろサムいから妹キャラやめろ」


 淡々とヤンデレの妹を装っているが、魔法が使えるヤンデレとか恐怖以外の何者でもない。そして台詞とは裏腹に、特に不満を持っている様子はない。思われる筋合いもない。

 気に入ったのかお兄ちゃん呼びは続けてくるが、同級生にこんなことをさせてると人に知られたら、それこそ恥でしかないな。


「あの人のこと好きなの?」


「お前よりは」


「ふーーーーーん」


「今の自分のムーブからよく勝てると思ったな」


「お兄ちゃんが思いの外モテてるようで動揺してるんじゃん」


「モテてねぇわ。本当にモテてたらお前なんざ放っといて彼女と過ごすわ」


「まぁこれがモテるなんてあり得ないか」


 俺もお前のことは放っときたいから放っとけ。


「アイツは頭も良ければスポーツも出来る、真面目な奴だ。悪い奴じゃない。頼りになる……はともかく、テスト勉強教えてもらっただけだ」


「お兄ちゃんってそんなに頭悪いの?」


「おそらくお前よりは良いが、そのお前に万一負けないようにしてんだよ」


 なんせ勝負のことがある。何を要求してくる気か知らないが、突っぱねるか無視するかはともかくとして、このポンコツに負けるのも気に入らない。


「つまり私のため?」


「ほら、本屋でまたバッティングしても嫌だから先に飯行くぞ」


「あれ?買い物だけって言ってたのにいいの?」


「事情が変わったんだよ」


「やったー!またこの間の所行こうよ!」


 下らない質問は放置して流れる人波に紛れながら歩き出すと、月見山がはしゃいで着いてくる。その様子を見ていると、本当に妹が出来たらこんな感じなのかと思わないでもない。否、犬猫を見ている感覚である。

シュレディンガーの妹。

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