未遂女、悶々とする。
32話です。
「気にしてなさそうだから、むしろ自然に断る方法とかない?」
「さてな。お前から見て、俺はカドを立たせず人の頼みをぶった切ってるように見えるか?」
「まあ、まあ」
「おいそこ結構なポイントだろ」
置いといて、とジェスチャーを見せる小野町。
「安請け合いしてる自覚はあるの。でも、頼りになる美人な姉御枠も捨てがたいし」
「……事実、お前に助けられてる奴は多いと思うよ」
後ろの席から聞こえる相談事は絶えない。
皆が皆、それだけ小野町に期待しているのだろう。
「だが俺とお前じゃ状況が違うだろう。客観的にも、俺はそもそも頼みごとされるタイプでもなきゃ、お前は断るからには何か理由がなきゃ不自然なほどお人好しだ」
「そう、その理由。やさかは本読んでれば近付くなオーラ出るけどさ、あたしの場合は音楽聴いたり勉強したりしても人気者だから」
「そうだな……小野町に合ったやり方なんざすぐにも思いつかん。同情はするが、自分で蒔いた種なら収穫まで自分でしろ、ってのが筋だな」
「ほら、そういう躱し方してもやさかなら仕方ないって思わせる」
「だから友達いないんだよ、ほっとけ」
悩んでるのは自分なのに、小野町はケタケタ笑う。
「んー、でも、そうだよね。うん、いきなりこんな話しても困らせるだけだった。忘れてくれい」
小野町が残りのパンをかっこむ。
それきり食べ終わるまで小野町から喋る様子もないので、相談は終わりということなのだろう。
思えば、もしかして今日の勉強会を受けたのはこの話をするためだったのではないか。
自他共に認めるしょうもない男の誘いに乗る理由なんて、点数が何とかとは言ってたが、それは教師でも足りること。
もしそうなら悪い気はしないが、現実的に俺が建設的な意見を出せることもない。期待外れだ。
月見山の時は実害があったが、今回は所詮他人事なのだ。
冷めた奴だと自分でも思うが、良い格好をしようにも良案も思いつかなければ演じようもない。
掘り返すのもなんなので、一言だけ添えておくことにした。
「忘れはせんよ。何も言えんが、愚痴くらいならまた聞く」
「……ん」
俺もハムカツサンドを平らげる。
小野町は頬袋を膨らませたまま、一つ頷くだけだった。
しかし、どうにも食べる姿すら絵になるなと、無碍にした返答を撤回したくなる程度には下心も湧いてしまう。
食べ終わってしまえば、せめて煩悩を取り払うよう、てきぱきと水遣りに徹することにした。
午後は俺が教えを乞う番だ。
今日の勉強会だって、対等に見えて、スタートラインは違う。
小野町は足りない加点を補うため、俺はこれ以上の減点をなくすため。
人気で勉強も運動もできるクラス委員と、人間関係も長所もろくにないモブ。
何もかもが劣っているのは俺だ。そんな奴が小野町に何を講釈垂れようものか。
だからこそ、せめて相談には答えられずとも本来求めて求められた役割くらいは果たそうと意気込んでみたが。
「んー、気温が絶妙に良好だねぇ……」
机で片腕を枕に目を細める小野町の姿があるのだった。
理由は分かる。
飯を食った後だから。屋上で日差しに熱せられ、目も疲れれば体も乾く。
そこで火照った身体をひんやりとした机に預け、カーテンで柔らぐ風とぼんやりとした午後の光を受けていれば、眠気は必至。
まして今日は特に人もいない土曜日。気を抜くには持ってこいだ。
「流石にそこまで油断するのもどうなんだ?一応、目の前にいるの、男子だぞ」
「ん、やさかはねむくならないの?」
「多少眠いが、そこまでは」
「なら、起きなきゃだね……」
「別に、休憩してからでもいいが」
思えば今朝も小野町は寝ていたな。
疲れてる訳ではないと言っていたが、本当のところはどうやら。
俺みたいな奴に悩みを相談して、無防備を晒すくらいには精神が参っているのじゃないかと考えてしまう。
力になれないかと、再度下心がどこからか持ち上がる。
普段は過剰なほど自意識が高いくせに、こうして弱みを見せるのが小野町のズルいところの一つなのだと知った。
「しばらくしたら起こすからな」
「やさかは偉いねぇ」
「本でも読んでる。キリいいとこまでな」
何の役にも立たない下心が、目の前の相手を慮るフリをする。我ながら軟弱な対応だ。
美人は得だなと、そう思う。
「なに読むの?」
「推理ものの短編集」
「犯人はヤスー、おやすー」
むにゃむにゃと小野町の呂律も甘くなり、ついに瞼が閉じ始めた。
流石に熟睡はしないだろう。そこまで本の世界にのめり込む気も湧かず、スピンのページを開く前にそっとその寝顔を盗み見る。
整った顔だ。
こんなに綺麗な少女が、どうして俺の相手をするのか。自惚れではなく、純粋に疑問だった。
人間関係を気にしてなさそうな奴に、それなりの処世術を聞く。
理には叶ってるかも知れないが、そこでわざわざ抜擢されるのが俺なのは、なぜだ。
そこにいたから?チョロそうだから?俺以外に該当案件がいないから?
小野町の交友関係なら、他に適当なキャスティングもあるだろうに。
少なくとも自分を選ぶに値するプラス要素は思い当たらない。
おそらく、都合がよかった、ただそれだけ。
こちらとしても助かるのは事実だが、どうにも根拠を求めてしまい腑に落ちない。
裏を気にしても仕方ないとは分かっている。
世の中は本のように劇的に出来ていない。
あり得ないような理由はありふれているものだ。
要するに、慣れない事態で緊張しているのだろう、俺は。
意識しなければずっと見つめてしまいそうな寝顔を視界に収めながら、思考が回り続ける。
この少女からの特別感を得たいという自意識が、明け透けになっている。
らしくない。
眠気を含む欲求に飲まれかけているのだろう。頭を振って、パラパラと本を捲り出した。
手元の物語のように、現実を推理出来れば楽なんだろうがな。
小野町が起きたのは、20分後だった。平日ならチャイムが鳴り響く時間だ。
折角なので普段は出来ない、机の外に足を放り投げた横柄な姿勢で本を読んでいたから、すぐに小野町が動いたのが分かった。
視界の隅にでも小野町を入れておきたかったのかもしれない。
「……んー、何もしなかった?」
「開口一番に疑われる人間の前で寝るなよ」
「犯人の自供待ち。あたしがずっと起きてたとしたら?」
「その垂らした涎は大した演技力だ」
「まてまて待てウソほんとに?」
「寝たふり詐欺は自供したな」
「寝起きのゆるふわ可愛い灰色脳細胞だから咄嗟に頭回んないの」
グイと袖で口元を拭う小野町。
突っ伏した部分は赤くなっているが他に変なところもないと伝える頃には、いつもの小野町に戻っていた。
「んし、勉強再開しよっか」
「お手柔らかに、けれど効果的に頼むよ」
途中休憩を挟みつつ、他の教科も少し手を出しながら、勉強はかなり捗ったと言える。
頭がいい奴でも教えるのが上手いとは限らないが、小野町は教えるのも上手い奴だった。
我ながら、俺も分からないところの具体化ができる、良い生徒でいられたと思う。
途中で見回りに来た教員が気まぐれにくれた問題集もあまり難はなかったし、あとは復習で定着すれば万全に近しい。
まだ日は高い時間帯ではあるが、根を詰め過ぎても効率が悪いので、ほどよく撤退。
帰り道では他愛無い雑談をしながら、テスト前に遊び呆けるのもなんなので別方向につき駅のホームで解散。
結局、小野町はいつも通りの小野町のままで、相談の件を蒸し返すことはなかった。
夜。
丁度昼に読みかけだった短編集を読み終えた頃、投げていたスマホが震えた。
『小野町小鞠:今日は色々ありがとね。まだ勉強してた?』
『小野町小鞠:思ったよりまともで助かったよ〜』
『小野町小鞠:(犬がハートを撒き散らすスタンプ)』
『谷坂薫:こっちこそ。今は息抜き、そっちは?』
『谷坂薫:てか、思ったよりって』
『小野町小鞠:あや、言葉の綾です』
『小野町小鞠:勉強については期待通りでした。花丸をあげよう』
『小野町小鞠:私も息抜き中〜』
『小野町小鞠:(何冊か参考書を重ねた写真)』
『谷坂薫:ま、最低限役に立ったならよかった』
『小野町小鞠:コンビニのは期待を超えて伝説だった』
『谷坂薫:最大限忘れてくれ』
『小野町小鞠:じゃあ、こっちのアレも忘れていいからね』
『谷坂薫:変に言いふらしたりはしない』
『小野町小鞠:それは信じてる』
『谷坂薫:力になれないのはまぁ、申し訳ない』
『小野町小鞠:気にしないで。あたしの都合だし』
『谷坂薫:何か思い付いたら言う。代わりに、俺の困り事でもあればまた頼る』
『小野町小鞠:本末転倒!笑』
『小野町小鞠:あ、友達少ないとかだったらすぐ紹介するよ』
『谷坂薫:それは困ってはないからいい』
『小野町小鞠:う〜ん、ちょっと羨ましい!』
『谷坂薫:やめとけ、色んな意味で笑えない』
『小野町小鞠:笑うほど気にしてないでしょ』
『谷坂薫:バレたか』
図星を突かれたが、見えているのは画面の文字だけ。お互いの心の内までは読み取れない。
所詮俺のは下心、小野町の悩みはどれほどだろうか。
様々な疑問をない混ぜに、凝った頭をほぐすために風呂に向かった。
谷坂君の地頭は悪くない。ただし頭の良さと性格の偏屈さと男子の単純さに関係はない。




